Be The One

「凄い凄い! 二位まで上がった! あともうちょっと!」


 喉が痛い。明日には声ガラガラになってるかもしれない。でもいいの。出来る事は、まだやりきってないんだから。


 レースも終盤戦。じわりじわりと追い上げてきて、残りの走者が五人になったところでとうとう二位になった。一位から四位までの差は詰まってる。ちなみに一位は、謙ちゃんのいる五組。今となっては謙ちゃんがあんなに自信満々だったのも頷ける。あれだけ強いクラスなら強気にもなれるよね。


 っていうか、私があんなミスしなければ今頃……ダメっ! 考えない考えない! そんな事考えてる暇があるなら声を出すのっ。


「頑張れ頑張れー!」

「まだ行けるよー! って……次は千華かぁ……」


 不安です感を隠そうともしない美優ちゃんの視線の先。テイクオーバーゾーンの中には、一際目立つ金髪美少女がいた。


「千華ちゃーん! 頑張ってねー!」


 私の声が聞こえたのか、こっちを向いて親指を立てる千華ちゃん。凄い、余裕あるんだなあ……。


「余所見しない! 後ろ来てる!」


 美優ちゃんの叫び声に反応してゆっくりスタート。バトンパスは成功。ここから一気にスピードが上が……らない。


「うーん……安定の千華クオリティ……」


 隣を見なくても、美優ちゃんが苦笑してるのがわかる。遅いって言い切らないだけ優しいのかな。


 脳のスペックにステータス全振りした結果の運動音痴っぷり。いつだったかあの天才美少女を指して、奏ちゃんがこう言っていた事があったっけ。


 実際、千華ちゃんは運動が苦手だ。陸上競技も球技もとにかく苦手。はなまるや5だけが並ぶ成績表の中で、体育の欄だけはいつも残念め。中学校の頃にやった創作ダンスで千華ちゃんが披露したダンスを、しのおどり、って元ちゃんが名付けた事もあったりしたくらいだ。笑い過ぎて笑い死ぬかと思ったからなんだって。


 高校三年生になっても安定の千華ちゃんクオリティかもしれないけど、人一倍一生懸命なのも変わらない。だからかな。応援したくなるの、千華ちゃんは。


「千華ちゃん頑張れー!」

「転ばないでよー!」

「東雲ー!」

「いい感じいい感じー!」

「千華ー! 負けんなー!」


 変わり者で人気者な千華ちゃんへの声援が響く中、一人に抜かれた。もう一人にも抜かれそうって所で、ギャラリー達から黄色い声援が飛び始めた。


「桃瀬せんぱーい!」

「修くん頑張ってー!」

「修ー! 全員抜いちゃえー!」


 テイクオーバーゾーンに、修ちゃんが立ったからだ。その修ちゃん、歓声なんか何処吹く風。真っ直ぐに千華ちゃんを見据えていた。千華ちゃん、修ちゃん待ってるよ! あとちょっとあとちょっと! 頑張れっ!


 女の子を中心に一気に盛り上がる声援の中を千華ちゃんは懸命に駆け抜け、バトンが修ちゃんへ……渡った!


「はっや!」

「また足速くなってない!?」

「修くんカッコいいー!」


 バトンパスの際に四位に転落したと思ったんだけど、即座に抜き返しちゃった! 長い手足を駆使して走る姿が凄くカッコいい。絵になるなあ……。


「修ちゃん凄ーい!」

「ほんと、昔の修からは考えられないスピードだよねー」


 しみじみ呟く美優ちゃんの言う通り。昔の修ちゃんは、そこまで運動が得意って子じゃなかった。奏ちゃんと元ちゃんと同じサッカークラブに入った時も、最初は補欠だった。そんな自分が嫌だったんだろうね。だから修ちゃんは頑張った。みんなの見てる前でも、誰の見てない所でも。その頑張りの積み重ねの結果足も速くなったし、フォワードのポジションも勝ち取った。


 人は努力で変われる。最近の音楽とか、何かを成し遂げた大人はそう言うけど、それは決して嘘なんかじゃないんだよって私に教えてくれたのは、いつだって何にだって一生懸命な、修ちゃんなの。


「修ちゃん頑張れー!」

「いけるいけるー!」


 前を走る男の子達も速いけど修ちゃんの方が少し速いみたいで、徐々に先頭グループとの差が詰まってきた。けれど流石に修ちゃん一人でごぼう抜きは無理そう。


 でもまだだ。うちのクラスにはまだ、ものすごーく頼れる男の子がいる。しかも、二人も。


「はぁ……はぁ……ど、どうだった……あたしの走り……」

「奏ちゃーん!」

「奏太ー! カッコいいとこ見せてよねー!」

「ねえ聞いて!? 少しは労って!?」


 その一人。奏ちゃんは、ゆっくり体をほぐしながら、修ちゃんが来るのを悠々と待っていた。遠くから見ても、とんでもなく集中しているのがわかる。


 小さい頃から人一倍運動神経のよかった奏ちゃんは、集中力も段違いだった。普段みんなの先頭になってバカやってるのに、勝負事となるとまるで別人みたいに無口になるの。けど点が決まったりした時は誰より大はしゃぎするの。おかしいよね。


 中学生になって直ぐにサッカーはやめちゃったし、最近は家でマンガ読んだりしてばかりだけど、持ち前の身体能力が錆び付くわけもない。地力が求められるこの終盤戦には打って付けの人だ。


 二位のクラスの直ぐ後ろに付けて帰って来た修ちゃんを見ながらゆっくりスタートを切ると、最高速の修ちゃんから逃げるみたいに躊躇なく加速していく。既に結構なスピードだ。バトン大丈夫かな、なんて声も周りから聞こえたけど、私じゃあるまいし、何も心配する事ないよ? 


 そもそもね。小学校の頃から何度も何度もバトンパスをし合ってきた二人が、受け渡しを失敗するわけないもん。


「任せた!」


 ここまで聞こえて来た修ちゃんの声とバトンを受け取って、奏ちゃんが行く。すると、あっという間だった。


「わ! もう抜かしちゃった!」

「やるじゃん奏太ー!」

「あたしは!? あたしも頑張ったよ!?」


 少し前を走っていた人をあっさり躱しちゃった! まったくもう奏ちゃんは! 涼しい顔してとんでもないスピード出しちゃうんだから!


「奏ちゃん凄い凄ーい!」

「行け行け奏太ー!」

「あぅ……えーい! 頑張れ奏太ー!」


 いつの間にか合流していた千華ちゃんと一緒に大きな声で後押し。実は女の子達にかなりの人気らしい奏ちゃんの力強い走りに黄色い声援が飛び交う。その声援全てを振り切ってしまいそうな速さでトップに追い縋る。向こうも速くて簡単には追い付かせてくれないけど、あとちょっと。いけるよ! 


「げ。五組のアンカー謙之介じゃん」


 美優ちゃんの呟きで気が付いた。うちのクラスのアンカーより先に用意をしていたのは、謙ちゃんだった。


 謙ちゃんもものすごく足が速い。私達三人はもちろん、修ちゃんも奏ちゃんも元ちゃんも良く知ってる事だ。


 なんて言ったってあの四人は、同じチームで、一つのボールを追い掛けていたんだから。


「謙ちゃんかあ……」

「足速いもんねー謙之介」


 最後の最後に強敵が出てきた。けど。


「あいつ、謙之介に話し掛けてるし……」

「なんかめっちゃ笑ってない?」


 ゆーったりと謙ちゃんの隣に並んだ男の子だって負けてないもん。


「楽しいんだよ、この状況が」

「だろーね」

「もっと盛り上げろー! とか叫び出しそうだよねー」


 当然緊張はある。けどそれ以上に、このギリギリな状況を楽しんでいるんだ。もう結構昔の話だけど、PK戦になった時とかもそうだった。ゴールの真ん中で手を広げて、いつでも笑っていたじゃない。追い詰められればられるほど、燃えるんだよ。


 奏ちゃんが肉薄する。五組との差は縮まった。あと少し。ほんの数メートル。その数メートルを埋めるのが大変。


 けど、うちのクラスのアンカーなら。


「いよっしゃあ! 来いよ奏太!」


 元ちゃんなら、きっと。


 あの自信満々の笑顔は、いつだってそう思わせてくれるんだ。


 謙ちゃんにバトンが渡り、一足先に最後のランナーが土を蹴った。けどこっちも負けてない。ほんの僅かの間を空けて、奏ちゃんが突っ込んで来た。


「ヘマすんなよ!」

「するか! あとはまっかせろーい!」


 そのスピード維持しながらどうして喋れるのとか絶賛したばかりの集中力どこいっちゃったのとか色々言いたい事はあるけど、いつも通りな二人のやりとりに、こんな時だっていうのに頬が緩んじゃう。


「頼むぞ!」

「おう!」


 力強いバトンパスを受けて、元ちゃん発進。瞬く間に、グラウンドが湧き上がる。


「うおー! 松葉はええー!」

「どうなってんだあいつ!」

「元気すっげー!」

「ただのバカじゃないって事忘れてたわ!」

「うるさい以外にも取り柄あったなあそういや!」

「チビ呼ばわりしてごめんな!」

「今日からババンギダって呼んでやるよ!」

「古いわ!」

「負けんじゃねーぞ元気ー!」


 三年生男子を中心に言いたい放題な歓声の中を突き進む姿はピストルの弾丸……ううん、ロケットみたい。凄い迫力だ。


 アンカーは前の走者達より30メートルくらい走る距離が長い。元ちゃんくらい速い人が30メートル多く走るってだけで、多少の不利ならひっくり返せる。実際、二人の差は確実に縮まって行く。前を行く謙ちゃんだってすっごく速いのに。


 多分……いや。間違いなく、この学校で最速なのは元ちゃんだ。だって私、元ちゃんより身体能力優れている人、今日まで間近で見た事ないもん。入学当初は陸上部の上級生さん達に、お願いだからうちへ入ってくれって何度も何度も言われてたっけ。無理っす! 理由はないけど! って雑に断り続けてたのが懐かしいなあ。


「元気ー! 負けたら承知しないからねー!」

「謙之介目の前だよー! 負けるなー!」


 美優ちゃんと千華ちゃんの一際大きな声が聞こえてハッとなった。懐かしさに浸ってる場合じゃない。まだ勝負は終わってない。


 ゴールテープが張られた。もう直ぐ最後の直線に入る。レースは追い縋る元ちゃんと逃げる謙ちゃんの一騎打ち状態。腕を伸ばせば謙ちゃんの背中が掴めそうな距離にまで差は縮まってる。


「元気!」

「いけるぞ!」

「馬力見せなさいよ!」

「もうちょっとだよー!」


 奏ちゃん修ちゃんも合流で、誰より元ちゃんを知ってる四人が背中を押す。


 もう二位以上は確定だと思う。けどそれじゃあ意味ない。私も全部出し切って、二位じゃ絶対に満足出来ない性分の元ちゃんを応援するんだ。


 それに、もう一つ。


 もしもこのまま二位で終わっちゃったら、それはもちろん私の所為。悪者は、私。


 元ちゃんは……奏ちゃんも修ちゃんも。私を悪者にしない為に。責められたり、陰口とか言わせない為に。だから負けられないって、そう言ってくれたの。


 わかるよ。みんなみんな、いつだってそうしてきてくれたんだもん。


 けど。守られてるだけになんかもうしない。こんな私でも、少しでも力になれる。絶対そうだ。だから。


「元ちゃーんっ! 頑張れー!」


 応援するんだ。頑張れしか言えないなら、精一杯頑張れと叫び続けるんだ。


「頑張れ! 頑張れー! すーっ……」


 校庭に吹く風より早い二人の男の子が土を巻き上げながら、目の前を通り過ぎた。ゴールテープまであと10メートルもない。あと少し。もう少し。まだだ、もう一押し出来る。やるんだ。


 あんなにも大きくてカッコいい背中を、私が押すんだ。


「頑張れーっ!」


 ゴールテープが切れたのか、会場がワーワー言ってるけど、叫び過ぎて目瞑っちゃったから、その瞬間は見逃しちゃった。でも。


「いよっしゃああああああ!」


 歓喜に溢れたこの大声の主を、私が間違えるわけない。


 更に大きな歓声が上がる。誰がなんて言っているか聞き取れないくらいだ。


「勝った! やったやったーっ!」

「ほんとに大まくり決めちゃったよ……はは……!」


 飛び跳ねて喜ぶ千華ちゃん。半ば呆れたように笑う美優ちゃん。


「やりやがった……こりゃしばらくうるせーぞーあいつ」

「案外素直じゃないよな、奏太って」

「うっせーぞ」

「はは……ほんと、美味しい所持ってく達人だな、元気は……」

「それな……ん」

「ん」


 控えめにグーとグーをぶつけて笑う、奏ちゃんと修ちゃん。


「やったぜー! くーっ!」

「こら松葉! 整列だ整列!」


 先生に促されても完全無視。満面の笑みで校庭を飛び跳ねる、レースの主役。どうだ? 俺スゲーだろ? 自分を見てる全ての人に、全身でそう言ってるんだよ。


 昔からあのまんま。何も変わらない。


「ん?」

「あ……」


 暴れ回る元ちゃんと目が合った。


「ひひー!」


 大きくガッツポーズを作って、今日一番の笑顔を、私だけに送ってくれた。


 その姿はちっちゃな子供みたいで。けど誰よりも頼りになって、誰よりもカッコいい。


 元ちゃん。私ね?


「ありがと……」


 そんな元ちゃんが、大好きなの。

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