モチベーター

「いた! おーい謙之介ー!」

「そんなでけぇ声出さなくても聞こえてるっつの……」


 午前中から散々暴れ回ってたはずなのにまだまだエネルギーに満ち溢れた元ちゃんが謙ちゃんを捕まえ無理矢理屈ませて肩を組んだ。謙ちゃん背伸びたもんね。それでも私の方が大きいんだけどね……辛い……。

 

「いよいよだな。つーかよ、結局あの話どうなったんだ?」

「あの話?」

「ほら、あの話だよ、あの話!」

「あれか……」

「結局誰にも中身言ってなかったろ? それじゃあ成立しないじゃんか。どーすんだよ」

「それは……俺らのクラスが勝ったらその時に言うわ。それでいいか?」

「構わねえけどよ、そんなに言い辛い事なのか? お前の事だから弁えちゃいるんだろうけど、あんま無茶な事は聞けねえからな?」

「わーってるって。そんな滅茶苦茶な事は言わねえから」

「ならよし! ま、俺らが勝つからわざわざ聞くまでもねーんだけどよ」

「言ってろ」

「ギタギタに叩きのめしてやっからな!」

「ケンカじゃねえっつの」


 そう言いながら謙ちゃんは、クラスメイトの元へと戻っていった。また目を合わせてももらえなかったし、挨拶もしてもらえなかったな。そんなに怒らせるような事しちゃったのかな……それとも私からもっと声掛けるようにした方がいいのかな……うう……全然わかんないよお……。


「よし……よーっし! 来たぞ来たぞー! 遂にこの時がー!」


 入場ゲート裏に、鼻息の荒い元ちゃんの声が響く。この時を待ちに待っていたんだろうね。興奮を抑えられていない。


 体育祭もあっという間に後半戦。私達のクラスは各種目で好成績を収めている為、総合ポイントでトップ争いを演じていたりする。正直、次の種目に意識が向き過ぎていた為、開幕からここまでの事は記憶が薄い。元ちゃんと千華ちゃんが大騒ぎしていた事は大分鮮明なんだけどね。


「スコアも五組と拮抗してる! 勝った方が学年トップ! もう勝つしかねえよな!?」

「あーはいはい」

「だなー」

「がんばるぞー」

「おー」


 元ちゃんの呼び掛けに答えるクラスメイト達は、見るからにやる気なし。なんでもいいから早く帰りたい感全開だ。


「んだよお前ら! 超盛り上がる展開だってのにどんだけローテーションなんだよ!?」

「いやさ? 昨日までは俺らもノリノリだったんだよ? ミスコン二連覇中の修の毛髪がかかってんだ。やるしかねえなってさ」

「で、いざ当日になってみれば修と五組の赤嶺の賭けが無かった事になってるじゃんか。そんなんやる気もどっか行っちまうわ」

「萎えるよなーなんかなー」

「それなー」

「お前らなあ……」


 やる気ないですアピールが止まらないみんなを見て露骨に渋い顔を作る元ちゃん。


「なんか俺の所為みたいになってるな……」


 そんなみんなを見て、困ったように笑う修ちゃん。大丈夫大丈夫。修ちゃん、なんにも悪くないよ?


「確かにその賭けは流れたけどよ、それでも負けられないだろこうなったら!」

「やーわかるんだけどよー」

「なんかなー」

「ハリがねぇよなー」

「ぐ、ぬぬ…………なら! お前らに負けられない理由を与えてやる!」

「はあ?」

「負けられない理由?」

「おうよ! じゃあ……じゃあじゃあ……よし決めた! 言うぞ! 心して聞け!」


 クラスの男女入り乱れたど真ん中で声を張る元ちゃんに、みんなの視線が集まる。一体何を言うつもりなんだろう。


「クラス対抗リレーで五組に勝ったら! 美優のスリーサイズを教えて」

「やるかっ!」

「ふべっ!?」


 紫色の学校指定ジャージの上着が元ちゃんの顔に直撃。もちろん投げたのは美優ちゃん。珍しく元ちゃんに負けないくらいのボリュームだったし、顔も真っ赤だ。


 元ちゃんがわざわざ美優ちゃんの名前を出したのはきっと、美優ちゃんがこの学校で一番の女の子だから。身内の身贔屓とかじゃないよ?


 川ノ宮高校は毎年、文化祭に併せてミスコンテストを開催してるんだけど、美優ちゃんってば、一年生の時と二年生の時にグランプリを取っちゃったの。この学校の歴史上、二連覇を達成した事がある女の子は美優ちゃんだけらしい。


 でも、あくまでそれは、女の子限定ね。男の子にもいるの、ミスコン二連覇を達成している人が。さっきクラスの男子が言ってたよね。


「今のジャージ投げ、凄い綺麗なフォームだったな」


 的外れな感想を述べている、修ちゃんだ。


 男の子部門は修ちゃん。女の子部門は美優ちゃん。どうどう? 私の幼馴染、凄いでしょ!?


 ちょっと脱線しちゃったけど。実際、美優ちゃんはすっごい可愛いからね! ちーっちゃい頃からおしゃれでお茶目で、そのうえ勉強も出来るし運動神経も抜群。いつだって誰より可愛くて、誰よりカッコいい女の子。


 大きくなってもいい所そのまんまの美優ちゃんだけど、スタイルだってすっごい事になったんだから。今だってほら、ジャージを脱いだ美優ちゃんに男の子の……エ、エッチっぽい視線が集中してるもん。すっごく可愛いから仕方ない部分はあるってわかってるけど、そういう目で見ちゃダメ!


「いってぇな! 何すんだよ!?」

「何すんだよじゃない。何デカイ声でセクハラ宣言してんの……バカとかアホとかそんな次元越えてるでしょあんた……」

「ダメか?」

「ダメに決まってるでしょ殺されたいの?」

「ダメかあ……そういうもんかあ……」

「真剣に首傾げてるあんたが怖いんだけど……」

「うーん……じゃあどうすっかなあ…………あーじゃあもういいや。超妥協してよ、千華のスリーサイズなんてどうだ?」

「えっ? えぇー? あ、あたしぃー? いやーそういうの困っちゃ」

「誰にも需要ないだろうけど」

「あるよ! あたしのスリーサイズ超需要あるからっ! ってか超妥協ってなんだ超妥協って!」

「じゃあ誰か、千華のスリーサイズ知りたいヤツいるか?」


 しーん。まったくの、しーん。


「一人くらい名乗り出てよ! 泣くぞ!」

「あ、あの……実は俺……前から」

「ガチっぽく一人だけが名乗り出てきちゃったらそれはそれでなんか変な感じになるでしょ! 察してよ!」

「えぇ……?」

「うわーん夏菜ー! みんなしてあたしの事いじめるよー!」

「あーうんうん大丈夫、大丈夫だよー。千華ちゃんは可愛いよー世界一可愛いよー」

「知ってる……ぐすん……」


 私の胸に頭を押し付けおいおいと泣く千華ちゃん。よくよくみんなに弄られているけど、本当に可愛いんだから。


 アメリカ生まれのお母さんから受け継いだブロンドを靡かせる千華ちゃんは、まさに天使って言葉がぴったりな、超超超超美少女なんだから。


 いつでも笑顔を絶やさない、エネルギーに満ち満ちた女の子。ちょっと変わった発言が多いけど、それでも千華ちゃんは誰にだって愛される。持ち前の明るさと人懐っこさとアホの子属性があれば、なんでも可愛くなっちゃうんだから。世界一可愛いんだよ、千華ちゃんは。


「じゃあ……」

「ん!? んーん!?」

「だよなあ……」


 元ちゃんと目が合っちゃった。慌てて首をブンブン横に降ると、大きな溜息を吐き出すのが見えた。そもそも元ちゃん、それダメなヤツだからね!? 女の子達の冷めた視線に気付いてる!?


「ま、この案は無しだな。そもそもセクハラギリギリだしよ」

「ギリギリセーフのつもりで言ってるんだろうけどギリギリアウトだからね……まったく……」

「そっか。ところで美優。美優? なあ美優ってば!」

「あーはいはい何よ?」

「お前身長何センチだっけ?」

「166」

「じゃあバストは?」

「はちじゅ……」


 瞬間、時が止まる。


「……あ……!」


 美優ちゃん、痛恨のうっかり。勢いって怖いね。気の緩んだ所を見逃さなかった元ちゃんを褒めるべき……いやいや違うよ褒めちゃダメだよ!


 美優ちゃんの呟きを聞いてか、クラスの男の子達のヒソヒソ話が加速した。


「は、はちって言ったよな?」

「一の位の話じゃないよな?」

「はちじゅまで聞き取ったぞ俺の耳は!」

「ま、マジか……」

「浅葱美優半端ないって……」

「我が校のマドンナはエイティオーバー……」

「元気、カップ。カップも聞いてくれ。後生だから」

「お、おら! なんかワクワクして来たぞ!」

「ああ! 今ならなんでも出来そうな気がするぜ!」

「俺もだ!」

「俺も!」

「うおーっ! テンション上がってキターッ!」

「この勢いで五組とその他大勢ギタギタにしてやっぞテメーら!」

「おおーっ!!!」


 ちゃっかり他クラスをやっつける方向に煽った元ちゃんの影響もあるのか、異様に盛り上がる男子達。それを見守る奏ちゃんと修ちゃんは、なんだか気不味そう。


「げ、元気……!」

「今のはお前の自爆だろ」

「あんたねぇ……」

「お? ケリ付けっか?」

「上等じゃない。帰ったら覚えてなさいよ」

「忘れるかよ。今日こそ決めようぜ。どっちがマリカー最強なのかをよ!」


 マリカーかよってツッコミがあちこちから上がる中、どうやら二年生達によるクラス対抗リレーが終わったらしい。いよいよ、私達の出番だ。


「けどその前に、三年最強を決めようぜ! 美優のバストの加護を受けたお前達ならいくらでも走れるだろ? なあ!?」


 おおー! って呼応する男の子達。赤面する美優ちゃん。ドン引きする女の子達。


 なんだかんだと勝負事になると燃えちゃう気質な子が多いのもあってか、俄然盛り上がる六組。変な方向にだけど。


「よっしゃ! 行くか!」


 クラスの優勝と、まだ全容がはっきりしていない賭け事の行く末が決まるレースの時は来た。


「ふぅ……よしっ……!」


 私一人だけの、戦いの時も。

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