M.2「ヒーローとヒーロー」

 赤に、憧れた。


 基本は緑で、良くて青。時々白とか黒とか黄色とか銀とか。


 でも赤は、いつだってあの二人どちらかのものだった。羨ましいと思ったし、自分も赤がいいなと思った事は一度や二度じゃない。お願いしたら赤をくれたと思うけど、いくつになっても言えないままだった。


 だって、ケンカしたくなかった。嫌われたくなかった。そんな事にならないってわかっていても、もしかしたら一人になっちゃうかもと思ってしまう弱虫な自分からは、どうしても言えなかった。


 それに、いつだってみんなの先頭に立っていた二人には、ものすごく赤が似合っていたから。そんな二人を見ていたら、みんなの後を付いて歩くだけの自分なんかが取っちゃいけないんだって、いつからかそう思うようになった。


 心の底から楽しいけど、心の底から満足出来ていない。歯痒くなるような温度差を認めながら、いつも曖昧に笑ってた。


 そんな不恰好に笑う人間は、赤の似合うその二人、みんなのリーダーに。みんなのヒーローに、憧れていた。


 二人共目立ちたがり屋で、騒がしくていたずら好きで、とにかく楽しい事が大好き。いつだって底無しの活力でもって大暴れでしていた二人の周りには、自然と大きな人の輪が出来ていた。


 自分はあくまで、その輪の中の一人。そう思っていた。けれど、思ったよりも自分はその二人に好かれていたらしい。気が付けばどんな時だって二人が近くにいて、一緒のサッカークラブに入ったりもして。


 二人はあっという間にチームの中心になった。補欠の自分とは雲泥の差だった。あまりにへたっぴな自分が恥ずかしい。惨めだ。もうやめようかな。入って直ぐはそんな事ばかり考えていた。


 けど、二人は言うんだ。あの女の子達も言うんだ。


 頑張れ。お前なら出来る。


 一体、自分の何を見てそう言うんだろう。ずっと不思議だった。


 あいつみたいに誰が見てもわかる圧倒的な才能もテクニックもない。あいつみたいに抜群の運動神経もリーダーシップもない。


 自分には何もない。何もないのに、何処から何を捻り出せって言ってるんだろう。


 ピッチの中で躍動する二人をベンチから眺める自分は、いつもそんな事ばかり考えていた。


 悔しかったし、羨ましかった。だから練習をした。チーム練習が終わっても一人で練習したり、二人に付き合ってもらったり。あのままベンチに座っているのが悔しいとかじゃない。あの二人と同じピッチに立ちたい。それ以外、何もなかった。


 幼稚な反骨心と承認欲求を燃料に自分なりに頑張っていたら、同じピッチに立つ時間が増えた。嬉しかった。楽しかった。自分だってあの二人と同じ所まで来れたって、負けてないって、そう思えた気がしたから。


 それに。自分が結果を出すと、笑ってくれる人がいたから。自分の事のように喜んで、たくさん褒めてくれる人達が。それが嬉しくて嬉しくて。


 だからそれからも頑張れた。頑張ったらその分いい事があるってわかったから、頑張れる事を頑張り続けた。


 生まれた日からの付き合いのその子達と毎日毎日笑い合ったりケンカしたり、好き放題に過ごしていたら、あっという間に十年以上の月日が流れていた。


 如何にもひ弱そうで、いつも誰かの跡を付いて歩くだけだった自分は、いつの間にか六人の中で一番身長が高くなってしまった。昔は誰より大きかったあいつなんて、今では背の順で一番前に位置取るようになってしまったし、昔はあんなにちびっこかったあの子なんて、スーパーモデルさんかくらい大きくなってしまった。こんな話、十年前の自分に言っても信じてもらえないんだろうな。


 けれど。いろんな事が変わってしまったとしても、根本は何も変わらない。河原町団地のガキンチョ六人組は、相変わらずだ。


 だから、そう。俺だって、何も変わっていないんだ。


 いつだって誰かにとっての特別で、常に俺の前を歩くあいつに。


 小さな体から発する大きなエネルギーで、たくさんの人を惹き付けるあいつに。


 あの二人への憧れは、今でも色褪せないままなんだ。


 いや、違う。それは違う。そんなに行儀の良いものじゃないんだ。もう気付いたんだ。知ってしまったんだ。


 少しだけ大人に近付いた今ならば、もっと適当な言葉に置き換えられる。それはなにか? 簡単だ。


 嫉妬。


 二人の背中は、まだ遠い。

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