ピッチサイドのから騒ぎ

「ありがとうございました……はぁ……」

「浅葱さん、どうかしました?」

「ああいえ、なんでもないです」


 主に胸なんですけど、お釣りを渡した時、超ガン見されただけですから。会計中にナンパされたとかじゃないですから。


「ならいいけど……また変なお客さんに絡まれたりしたら言ってくださいね? 二度と浅葱さんにちょっかい出せなくなるようくたばる一歩手前までブン殴ってあげますから!」

「で、出来るだけ穏便にお願いします……」


 物腰こそ柔らかいけど、なんともおっかないったら。二つ年上のこの先輩は、温和な見た目からは想像出来ない血の気の多さを感じる。怒らせないよう気を付けとこ。


 高校二年の半ばからアルバイトを始めたこのコンビニ。当たりか外れかで言うなら、当たりと言っていい。立地も給料もシフト調整も、人間関係だって良好だ。団地から自転車で十分以内なのも大きい。そのくせ学校の方向とは真逆だからか、うちの生徒の利用はほとんどない。マイナス点と言えば、たまにナンパされたりバイト終わりに待ち伏せされるくらい。そこはあたしのスルースキル次第だし、ヤバイなと感じたらお店の人呼ぶし、なんならあいつら召喚してもいいし。


 土曜のシフトは夕方五時まで。あと二分で終わり。今日は客の入りが良くなくて暇してる時間が長かった。楽チン楽チン。


「いらっしゃいませー。あ」

「どうかしましたか?」

「いえ、なんでも」


 ただ、知った顔が自動ドアを抜けて来ただけなので。いくつもの買い物袋を抱えたその子はあたしに向けて控えめに手を振って、飲料コーナーの方へと向かって行った。ほーんと可愛いんだから。


「ああ、幼馴染さんでしたか。今日はあの元気な方々は一緒ではなさそうですね」

「その節はごめんなさい……騒がしくしてしまって……」


 先日、あのバカチビとアホ金髪がセットで来た。あとはもう察して。あいつらにだけはここ知られたくなかったんだけどなあ。


「いえ! 決して怒っているわけではないんです! 賑やかでいいなあとか! 生まれてこの方友達の一人も出来た事がない僕の目には優しくないなあって思っただけですから!」

「は、はあ……」


 そういうのやめてください。リアクションに困るどころの話じゃないので。


「お願いします」

「はーい」


 騒がしいあたし達を遮る、可愛い声。この子はいいなあ。こうしてあたしのバイト先に来ても、節度を持って関わってくれるから。あのアホ共みたいに冷やかし目的じゃないし。荷物重たいだろうに、こうしてジュース買ってってくれるし。わざわざ二本って事は、片方はあたしのかな。ほんと気が回るんだから。


「あと少しで終わりだよね?」

「もう一分切ったよ」

「じゃあ外で待ってるね」

「うん。お金いいよ、奢るから」

「ダメ! こういうのはちゃんとしなきゃダメなの! はいこれ! あ、レシートください!」

「はいはい。あんまり大っきい声出しちゃダメだよー?」

「あ……ご、ごめんね……」

「ありがとうございましたー」

「う、うん……」

「ありがとうございました! またいらしてくださいね!」

「はひ!? あの、あにょ……どうも……」


 あたしの背後にいた先輩が見えていなかったらしく、途端に縮こまってしまった。おどおどしながら店外へ出て行く姿の可愛さったらないね。昔から変わらない人見知りっぷりさえ、可愛らしさを引き立てるスパイスでしかない。大丈夫かな? あたしが行くまでにナンパとかされちゃったりしないかな? ああ心配だ……。


「可愛らしい人ですね! 確か大学生さんでしたっけ?」

「同い年です……」

「そ、そうなんですか!? 歳の離れた幼馴染さんだとばかり……」


 事情を知らない人の大抵がこんな反応。まずはあのタッパで勘違いされちゃうみたいだね。そのうえ生活感満載の買い物袋を持ってる姿が異様に絵になるし、ママチャリに乗る姿もめっちゃ様になるし、レシートを逐一取っておいて家計簿付けたりなんかしちゃってるし、裁縫も上手いし衣類のシミ抜きめっちゃ上手いし、というか炊事洗濯家事全般何から何まで匠の技感じるし、近所の子と戯れてる姿なんて完全にお母さんのそれだし。挙げたらキリがないなあ。


 ずーっと一緒だったあたしも時々思うもん。この子、お姉さん属性というか、人妻の波動を纏ってるなって。黒髪ロングという属性が一回りも二回りも拍車を掛けてる感もある。プロポーションも抜群だし。本人自覚無さげだけど。


「口を開けば幼い子なんですけどね……」

「へえ……素敵な方なんですね」

「それはもう。じゃあ私はこれで」

「はい! お疲れ様でした!」

「お疲れ様でしたー」


 バックヤードに引っ込んでパパッと身支度を終え、業務中の皆さんに挨拶をしながら気持ち急ぎ足で店を出る。


「お疲れ様、美優ちゃん」

「ありがと、夏菜」


 レモンティーを差し出しながら微笑む幼馴染、白藤夏菜。スーパーモデル顔負けなスタイルを持つ、超超超可愛い女の子。


「荷物こっち積んで」

「うん」

「まだ寄るとこある?」

「ううん」

「んか。帰ろー」

「うんっ」


 どうやら、荷物を持つのを手伝ってもらおうという算段もあってここへ寄ったらしい。案外ちゃっかりしてる子なのだ。


「ああそうそう」

「んー?」

「髪、整えてくれてありがとう」

「この前聞いたよ?」

「かもだけど、お披露目してからちゃんと言えてなかったから」

「真面目ちゃんだねー夏菜は。恩義に感じてるなら、鏡見ながら自分で切るのはもうしないって約束してね」

「うん。美優ちゃん頼るね」

「よろしい」


 そうしてそうして。っていうかしなさい。いつかやらかしちゃったおもしろ前髪はもうウケないから。


 おしゃれだったり化粧だったりヘアスタイルだったり。夏菜は自分を良く見せる事に対して頓着がない。ありのままでこんなにも可愛いし、目立つのが苦手なのも充分理解してるけど、いつまでも茶目っ気のないおかっぱとか、母親のお下がりばかり着てるってのはどうなのよ。


 って事で高校二年に進級した辺りからあたしと千華の二人で、夏菜ちゃん改造プランと言う名のお節介を始めた。もち、本人が望まない事はしない方向で。身なりを中心にあーだこーだと口も手も出しまくった結果、効果は徐々に出ているのか、夏菜の意識が高まってきた感がある。


 それに、明らかに男子からのアプローチが増えた。声を掛けられる、連絡先を聞かれる、放課後付き合ってよなんて直球な誘いもチラホラと。そういった手合いにオロオロしながら応対する夏菜ったらひっじょーに可愛くて困る。まあタチ悪そうなのは全力でお邪魔してやるんだけど。


「でもよかったね。直ぐに気付いてくれたじゃんあいつ」

「そうだね……」

「嬉しかった?」

「……うん……嬉しかった……」


 はーもう可愛い。始業式の朝、顔真っ赤にしてたもんねー夏菜。前髪整えるのメインで全体はそんなに手付けなかったのに、即座に気付いてたもんなーあいつ。そういうとこ勘がいいんだから。他にも気付かなきゃいけない事あるでしょとは思うけど、そこは周囲が無理矢理気付かせても意味ないよね。


「素直でよろしい。あいつ今日はおじさんとこで?」

「うん。終わったから帰るってさっき連絡来てたよ」

「何それ。夫婦みたいじゃん」

「ふ!? ふーふ!? ちが! ちががくて! ちょっとお話してたらそういうお話になっただけで!」

「ごめんごめん、迂闊な事言ったあたしが悪かったから前見て走って」

「だから……そ、そんなんじゃ……ないもん……」

「じゃああいつとはどういう関係なの?」

「う、うう……美優ちゃんがいじめる……」

「てへへ」

「てへへじゃないよぉ……」


 まーたうにゅうにゅふにゃふにゃし始めちゃった。ほんと可愛い超可愛い。容姿こそ絵に描いたような綺麗なお姉さんなのに、口を開けば庇護欲唆りまくる妹系女子。このギャップが最高なのよねーほんと。ちなみに最近のマイブームはスイーツ巡り。今日はこれ食べたのーって逐一写メ見せながら語ってくれる夏菜マジ天使。


 夏菜を揶揄ったり身内の話で盛り上がったりしながらのんびりペダルを踏んでいると、あっという間にあたし達の住む団地。帰路が一人じゃないと、それこそ一瞬で辿り着くように思えちゃう。


「おー?」

「あ」


 敷地内に入り、駐輪場へ向かう途中、14号棟の下にある児童公園に人集りが出来ているのに気が付いた。今日も団地っ子達が騒いでいるのかなと思ったら。


「修ちゃんと……」

「奏太……?」


 緑のフェンスの向こうに、スポーツジャージに身を包んだ修と奏太がいた。二人はあたし達に気付いていないらしく、たくさんのちびっ子達が見守る中、砂上を転がるサッカーボールを一心不乱に追い掛けている。


「よいしょ……これ置いてくるね」

「あたしも」

「いいのいいの。直ぐ戻って来るから、修ちゃんと奏ちゃん見てて。こんなの久し振りなんだから見逃しちゃダメっ」

「あ、ちょっと」

「いいからそこにいるっ。荷物ありがと」


 足早にエレベーター内に消えていく夏菜を見送る以上の事はさせてもらえなかった。変なとこ頑固ちゃんなんだから。


「さて……」


 せめてこれくらいはと、夏菜の自転車とあたしの自転車を駐輪場に停め、夏菜にもらったレモンティーをお供に公園全域が見渡せるベンチに腰掛けた。


 修と奏太がやってるのは、オフェンスとディフェンスに別れて行う一対一の練習みたいだ。ディフェンスがボールを奪う。オフェンスがディフェンスを抜く。ボールがタッチラインの外に出る。などなどによりプレーが止まったら攻守交代。それをひたすらに繰り返して対人スキル向上を促す練習だ。


 それはいいんだけどさ。


「何マジになってんの……」


ちょっとガチ過ぎじゃない? 全力で抜きに行って、全力で止めに掛かって。接触プレーも遠慮なし。体をぶつけ合う音さえ聞こえてくる。あまりの白熱っぷりにギャラリーの団地っ子達も黙り込んじゃってるじゃん。


 だからこそかな。浮いてる。何が浮いてるって、二人の表情だ。あんなに激しいプレーの最中なのに、児童公園で見せるのに相応し過ぎる顔してるの。


「久し振りにあんな顔の奏ちゃん見た気がするね」


 随分と急いで戻って来たのか、少し息の上がっている夏菜が隣に腰掛けた。


「うん。修も」


 二人揃って心底本気で、心底楽しそう。


 あんな顔して一つのボールを追い掛ける二人を見るの、本当に久し振りだ。


「なんか懐かしいね」

「だね。お、修が抜いた」

「でも直ぐにやり返した。凄いね奏ちゃん。サッカーやめてもう五年くらいになるのに、現役の修ちゃんに負けてないもん」


 そっか。修と奏太が同じユニフォームに袖を通していたのは、もう五年も前の話なんだね。


 修と奏太は元々同じサッカークラブに所属していた。けどある日、本当に唐突に奏太が、このクラブをやめると宣言した。周囲の制止も聞く耳持たず、本当にあっさりとやめてしまった。他のクラブに入る事も部活に入る事も選ばなかった奏太はそれ以降、ほとんどボールに触らなくなってしまった。ご飯出来たから戻っておいでと親に呼ばれるまで毎日毎日大騒ぎしながら練習していたのに。キャプテンマークが似合う、チームの中心。ピッチの上の王様だったのに。


 気が付けば、今でもサッカーを続けているのは修一人になっちゃった。あたし、好きだったんだけどな。ピッチの中で勝った負けたを共有する修と奏太。ああ、ついでにあいつも入れといてあげるか。奏太の後を追うようにやめちゃった、あのバカも。


「今でもサッカー好きなのは変わってないからね。ネット使って試合とか結構見てるみたいだよ。あんまそういう話したがらないから触れないようにしてるけど」

「昔の事、気にしてるのかな」

「それもあるかもね」

「でもじゃあ……どうして今になって?」


 修と、本気でプレーをしているのかな。夏菜が飲み込んだ問い掛けの答えはきっと。


「振り切りたいんじゃない? というか、考えないようにしてるのかも」

「……それってもしかして」

「あのアホの子の置き土産だよ」


 あのブロンド娘だ。間違いなく、あの子が発端だ。


 何かを振り切りたい。考えたくない。だから頭じゃなく、体を動かしてる。あたしにはそう見える。この前の早朝、修の日課に付き合ったのだって千華の件は無関係じゃないんだなと、今更ながらに気が付いた。千華の発言は、それだけの動揺やダメージを、奏太に与えたんだ。


 まだ幼稚園の頃に千華のママが亡くなって、千華が山吹家で暮らすようになってから、二人はずっと一つ屋根の下。そりゃあの子といつも一緒のあたし達だって相当なダメージだったけど、あたし達より長い時間を共に過ごして来た奏太が抱えた物は、あたし達とは質が違うんだ。


 それに囚われるのが嫌だから、少しでも考える時間を削っているんだと思う。それに今の奏太、超楽しそうにプレーしてるけど、まるで何かに追い詰められて、踠いてるみたいにも見えるの。なんとなくね。


「そっか……」

「多分だけどね」

「……私ね」

「うん?」

「海外に行くって言われて、驚いちゃったの。しかも千華ちゃんなら叶えちゃう。いっぱい頑張って、きっと海外に行っちゃう。そしたらなかなか会えなくなっちゃう。そう思うと……ちょっとショックだったの」

「うん」

「でもね? いつまでも考え込んでたり俯いちゃってたら、千華ちゃんを不安にさせちゃうかなって思ったの」

「うんうん」

「だから決めたの。千華ちゃんを全力で送り出そうって。私に出来る事して、笑顔でいってらっしゃいしようって」

「そっか」

「だから……その……まだ難しいのかもしれないけど、奏ちゃんにもそんな風に思って欲しいというか……なんていうか……」


 そっか。夏菜はもう、前を向いているんだね。なら、負けてられないや。


「大丈夫。わかるよ」

「ほ、ほんと?」

「いつまでもふにゃふにゃしてんなって、奏太の事ぶん殴りたいんでしょ?」

「わかってないじゃない! そうじゃなくて!」

「でも大体合ってるでしょ?」

「そ、それは……その……」

「とにかく。奏太にはちゃんと吹っ切ってもらって、そうだなあ……盛大にお別れ会するとかどうかな?」

「やる! やりたい! 絶対やる!」

「わっ」


 可愛い夏菜が両手をグーに握って急接近。びっくりさせないでよ。可愛過ぎるでしょそれ。


「私お料理するから! 美味しいご飯たくさん作って千華ちゃんに喜んでもらうの!」

「そっかそっかー。夏菜がそんなに言うんならやるっきゃないなー」

「決まりだから! 元ちゃんにも修ちゃんにも奏ちゃんにも今のうちからお話しとかなきゃ!」

「随分気が早くない?」

「だって少しでもいい物にしたいもん! 今のうちから千華ちゃんに喜んでもらえる事いっぱい考えておかないと!」

「ならあいつらと会議しなきゃだね」

「会議する! いっぱいする!」


 やるぞやるぞーと鼻息荒い夏菜ほんと可愛い。こんなにもその気にさせちゃったんだ、あたしが適当やるわけいかないか。


「あ。この音……」

「ん?」


 キラキラ目を輝かせるばかりだった夏菜の表情が変わった。何の音が聞こえたのやら。


「おーい! ただいまー!」

「あ、あいつか」


 音の正体は、原付が吐き出す排気音。あの無駄にデカイ声を聞かなくとも、隣であわわし始めた夏菜を見れば運転手の正体も知れるってもの。なんとまあわかり易い。っていうかよく排気音で判別付くね。夏菜の耳どうなってんの。


「よっと! おうお前ら! どしたどした、やけに賑やかじゃんかー」


 如何にも肉体労働してきました感全開。作業着姿の元気が帰ってきた。


「あ! 元気だ!」

「おかえりー!」

「お仕事終わり!?」

「遊んで遊んで!」

「遊ぼーよー!」

「サッカーしよ!」

「ぼく野球したい!」


 この人気ぶり。明け透けな性格に面倒見の良さも手伝ってか、ちびっ子達にえらく好かれている元気。同年代にも同様で、男女問わずに頼られるし友達も多い。そんな元気を見た大人達は声を揃えて言う。絵に描いたようなガキ大将だと。近所に山吹奏太っていうパンチのあるガキ大将がいた所為で独裁政権って訳にはいかなかったけど。昔はしょっちゅうケンカしてたっけ、あいつら。


「元気みてみて! 奏太くんと修くんがサッカーやってるの!」

「マジか!? 超久し振りじゃね!? どういう風の吹き溜まりだよ!?」


 バカっぽいリアクションしてるけど、どうやらガチで驚いてるらしい。


「僕に聞かれてもわかんないよー!」

「っていうか吹き回しだよ元気ー」

「だったな……」


 小学生に的確なツッコミを受けながら、今だにガチガチやり合う修と奏太に近寄って行った。ちょっと、何する気?


「……そりゃ!」

「うお!?」

「なんだ!?」

「うーし取ったー!」


 二人の足元からボールが離れた瞬間に急加速して、ボールを掻っ攫っちゃった。相変わらず機動力あるね、あのチビは。


 あの瞬発力と反射神経を武器に、自陣のゴール目掛けて飛び込んで来るボールの悉くを両手で叩き落とす姿は本当に頼もしくて、守護神って呼び名がぴったりなゴールキーパーだった。


 そういえば、あいつがボール触る姿を見るのも久し振りだ。


 ほんと、今日はなんなの? 懐かしいもんばっか見せられてさ。隣の夏菜なんてうるうるしちゃってるんだけど。可愛い。


「元気……」

「いつの間に……」

「いや気付いてなかったのかよ! どんだけガチでやってんだよお前ら」

「悪い悪い。とりあえず返してくれ」

「っていうか帰れ」

「奏太は辛辣過ぎじゃね!? つーかガチでやるのは構わんがよ、時と場合を選べよな。周り見てみろよ。みんな暇そうにしてんじゃねえか」

「う……」

「む……」


 心底驚いた顔を見せる修と奏太。どうやら本当に周りが見えていなかったらしい。


「お前ら高校生が公園独占してどうすんだ。ここはこの団地みんなの場所だろうが」

「それは……」

「確かに……」

「って事で続きはまた今度、みんなの迷惑にならない時にやれ。それかここじゃないどっかでやれ。いいな?」

「なんでそんな上から……」

「元気のくせに……」

「返事!」

「わかったよ」

「わーったよ」

「よし! おーい! 全員入って来いよ! チーム分けするぞー!」

「いいの?」

「いいんだよ! みんなで遊ぼうぜー!」

「やるー!」

「ぼく元気と同じチームがいい!」

「ねーねーわたしたちも?」

「女の子も混ざっていいの?」

「男も女も何年生でも関係ないぞー! ほら! おいでおいでー!」

「うんっ!」

「行こ!」


 元気が声を貼ると、修と奏太の声ばかり聞こえていた公園が途端に活気付いた。あのバカはバカなくせに、しっかり周囲を観察していたり、意外に空気が読めたりするのだ。バカだけど。


「ならあたしも混ざるー!」

「おういいぞいいぞー! ってなんだ、千華かよ。お前は帰れ。うるせぇから」

「なんであたしにだけそんな辛辣なの!? あたしも混ぜてよー!」


 今日は自室に缶詰でお勉強しているから宣言していた千華が全力ダッシュで現れた。休憩タイムとかち合ったっぽいね。


「転んでケガするのがオチだから帰れ」

「するか! 大体ね、みんなあたしの事侮り過ぎだから! サッカー超得意だから! リフティングとか楽勝だから! ちょっとボール貸して! 見てろよーっ……ほっ! ふぎゃ!」

「ぷっ! ははは! バカでーこいつ! 自分の顔面にボール当ててやんの!」

「ひ、ひはひよぉ……」

「おいおい鼻血出てんぞー!? だははは!」

「わ、わりゃうにゃー!」


 千華のキンキン声と、元気の笑い声と、ちびっ子達の笑い声が響く。ものの数分前とはまるで違う場所に来たみたいだ。


「何やってんのあのアホの子は……」

「けど……凄いね」

「うん?」

「元ちゃんと千華ちゃんが来たら一気に明るくなっちゃった。ほら見て。奏ちゃんも修ちゃんも」

「……だね」


 ひーひーとお腹を抱えて笑う奏太。耐えようにも耐えきれず、千華を看護しながら全身をふるふる震わせている修。


 二人共、さっきまで滲ませていた逼迫感は何処へやら。あの頃、毎日あたし達に見せてくれていた、無邪気な笑顔だけが二人の顔に張り付いていた。


 そうそう。あんた達は、そんな顔してた方がいいよ。絶対そうだよ。


「なんだよー! みんなして笑ってー! 修も! 心配してるフリして超笑ってるし!」

「だ、だって……ぷっ……!」

「むーっ……! 知らないからね! あたし応援しないからね! 五組に負けて修が坊主になっても知らないからねーだ!」

「ん? 何それ?」

「トボけてもダメなんだから! 体育祭のクラス対抗リレーで五組に負けたら、修が丸坊主にするって賭けしてるんでしょ!?」

「……は?」

「え? 違うの? ツイッターで見たし、もうかなりの生徒が知ってると思うんだけど……ちょっと修?」


 隣の夏菜に目配せすると、即座に首を横に振った。夏菜は知らなかった。あたしも初耳。


「な……」

「んー?」

「なんじゃ!」

「そりゃあ!?」

「うえ!? あ、あたしに聞かないでよー! 修に聞いてよー!」


 やっぱり知らなかった奏太と元気が息を合わせて千華に詰め寄る傍で。


「お、俺が坊主……?」


 学校屈指のモテ男は、口元をヒクつかせて、変な笑顔を浮かべていた。

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