川ノ宮高校 三年六組

 川崎市立かわみや高校は、県下有数の進学高校だと評判だ。


 自称進学校を声高に叫ぶ高校が増加する中、他校はもちろん世間様から、お前んとこマジ進学校、と言われる程度には結果を残しているとか。


 学科は普通科、国際科、スポーツ科の三学科。部活動が盛んで、部活動に籍を置く生徒が多いのも我が校の特徴の一つと言えるかな。


 運動部文化部共に並以上の成績や実績を納めている中、特筆すべきは男女バレーボール部。大会での実績はもちろん、卒業後プロ選手になった生徒は片手じゃ足りないくらいらしい。


 文武両道だ質実剛健だなんだと硬めの文句を掲げる本校ではあるが、さほど校則は厳しくない。髪染ピアス化粧等々は、行き過ぎなければオッケーとの事。許可制ではあるがアルバイトも可。進学校でそんなに緩くていいのかしらと在校生でさえ首を傾げている始末。あと、制服が可愛いと女子連中には評判だ。


 などなどの理由により県内でも有数の人気高である我が校は、総勢七百名弱の生徒が在校。全学年共通で6クラス、1クラスにつきおよそ四十名の生徒が所属している事となる。そう思うとさ。


「結構な確率だよな……ふぁ……」


 同じ団地の同じ階に住む、生まれたその日からの付き合いの六人が、同じクラスになるってのは。


「奏太?」


 ボーッと考え事をしていたのだが、欠伸のついでに口から出してしまっていたらしく、一つ前の席の修に声を掛けられた。


「奏ちゃん寝不足?」

「アレだろ!? 新しいクラスが楽しみ過ぎて寝れなかったんだろ!?」

「そうなのー? 奏太ってばお子ちゃまなんだからー!」

「正にその理由であたしの部屋で爆睡してた千華に言えた事じゃないけど、奏太がお子ちゃまは同意」


 と思ったら、女三人男一人にも声掛けられた。さっきまで新しいクラスメイト達とわーわーしてたと思ったんだが、なんでここに集まってんのさ。


 ベクトルこそ違うけど、こいつら五人は結構な人気者だ。それだけに、つい数分前まではこいつらの周囲こそ騒がしくて騒がしくて仕方がなかった。


 囲ってるヤツらの性別や態度を見れば人気の度合いや方向性が見えてくると思っている俺調べによるとだ。


 修と美優は、同性はもちろん、それ以上に異性が近くにいるのが目に付く。


 こいつらはモテる。とにかくモテる。二人揃って容姿端麗で好成績で運動神経も抜群。美優は若干クセがあるキャラをしているが、二人とも人当たりが良く、取っ付き易い。自身の人気や立ち位置を理解しているが、それを鼻にかける事もないし、謙遜し過ぎる事もない。嫌味じゃないカッコよさと可愛さを持ってるのだ。


 元気と千華の周りは性別問わず、とにかく賑やかだ。いつでもバカ騒ぎの中心にいる、みんなの人気者、って感じかな。


 残念な事に、ウザいとか調子乗ってるとか、そういう手前勝手な陰口を言うヤツも中にはいる。ある時、そういうヤツがいたぞと遠回しに二人に伝えたところ。


「なんだそりゃ? 面と向かって文句の一つも言えねえヤツの言葉気にするバカなんてこの世界にいねーだろ。意味わかんねー」

「ふーん。で、それが何? あ! もしかしてもしかして! あたしと友達になりたいっていう遠回しなメッセージなのかな!?」


 だってさ。無敵かよお前ら。


 気弱で人見知りする所がある夏菜の周りには、同性の子が何人か、ってとこか。


 昔から友達作りに悪戦苦闘してばかりの夏菜だけど、一見しただけでは想像出来ないだろう幼いキャラクターのウケがいいらしく、まるで妹分かってくらい女子連中には可愛がられ、男子諸君らは密かに羨望の眼差しを注いでいるとか。少々硬さはあるものの、最近はいろんな生徒と話す姿を目撃している。どうやら俺ら以外にも仲の良い子達と同じクラスになれたらしく、今朝からずっと表情が明るい。よかったよかった。


「うるせ。つーか……」

「奏ちゃん?」

「賑やかになりそうだな、このクラス」


 五人が頷くのを見届け、まるで祭りの真っ只中にあるかのような騒がしさの三年六組を見渡してみた。


 久し振り。今年も同じクラスだね。初めまして。元気だった? あいつとクラス別れちゃったー。やった、あの人と同じクラスだ。などなど、とにかく騒がしい。


 ざっと見た感じ、それなりに人間関係の出来上がっているメンツが集まった感がある。少なくとも一人ぽつんと席に着いているヤツは見られないし、なんとか輪に溶け込もうと無理をしているヤツもいないように見える。本当、あっという間に打ち解けそうなクラスだな。高校生活最後の一年を過ごすのに相応しい、いいメンツが揃ったなと思う。もち、こいつら五人も含めて。


「おーい席付けー。ホームルームやるぞー」

「あ! やっちゃん来た!」

「やっちゃんって言うな。ほれほれ、さっさと座れ」


 えらくバスの利いた声が、騒がしい室内に響いた。途端全員が、蜘蛛の子を散らすように自らの席へと戻って行った。お出ましだな、みんなの人気者が。


「よし始めるぞー。えーと、一応自己紹介しとくか。三年六組の担任になった、佐藤弥一郎やいちろうです。卒業までよろしく」


 眼鏡の似合うおじさんが簡単な挨拶をすると、途端にさっきまでの活気を取り戻した。


「よろしくお願いしまーす!」

「やっちゃん硬いぞー!」

「奥さん候補は見つかったのかー!?」

「あたしが結婚したげよっか!?」

「うちもいいよー!」


 この人気振りである。自身の年齢の半分にも満たないお子ちゃま達にデカイ声で喚かれた張本人は、心底鬱陶しそうな顔をしているが。


 中にはフランクな先生もいるが、我が校の教職員の大半はお硬いというか、お役所教師とでも言えばいいのかな。仕事だからやる、過度な干渉はしない。そんなスタンスの先生が多い。


「うるせぇ騒ぐな。誰がお前らみたいなちんちくりんを嫁さんにもらうかっての。キッズ同士でよろしくやってろ。ああ、節度は守れよ? あとやっちゃんって呼ぶな。テスト難しくしちまうぞ」


 そんな中、五十代半ばを過ぎているにも関わらず、やっちゃんなんて可愛い愛称で生徒達に親しまれているこの人は、 随分と毛色が違う。


 言う事は厳しいし容赦なかったりするけど、裏を返せば言い難い事でさえビシッと言ってくれるという事。生徒側が何か相談を持ち掛けたら親身になって考え答えてくれる。突き放す時は突き放すけど、見捨てはしない。これを当たり前にやってくれるのだ。ノリも軽いし、距離も近い。友達のノリと言ったら大袈裟かもしれないが、当たらずも遠からずかも。実際この人、昔の教え子と飲み友達だったりするからね。そういう関係、ちょっと羨ましいなと思う。


 とにかく。やっちゃんこと、国語科担当の佐藤弥一郎先生は、頼りになる先生であり、人生の先輩であり、みんなが尊敬する兄貴分なのだ。


「よーし、とりあえず委員会決めるぞ。まずは学級委員なー」


 ぴーぴーうるさい連中を余裕でスルーし進行し始めた。この辺のスルースキルは流石のやっちゃんである。


 その後は快調。やっちゃんの軽妙な仕切りと各委員会への参加希望者がチラホラ見えた事もあってか、とてもスムーズに話が進み、あっという間にホームルーム終了となった。


 ちなみに、俺も修も元気も千華も美優も夏菜も、どの委員会に当てがわれる事なく済んだ。よかったよかった。


「じゃあホームルーム終わり。この後は教科書取りに行ってそのまま下校で構わん。明日からの時間割り、しっかり確認しとくように。そうそう、体育祭実行委員は早速明日から集まりやるからな。ああ、もう一つ言っとくぞ。進級祝いだ縁を深めるだなんだって名目でハメ外して、俺の仕事増やしてくれるなよ? 以上。学級委員、号令」


 何人かの生徒が引きつった笑顔を見せている。やっちゃんにはお見通しか。じゃあ今日は、やっちゃんに迷惑かけない程度に遊びますか。


「ああそうだ。東雲」

「あたし?」

「ん」


 礼を終えた途端に騒がしくなる室内でも、やっちゃんが千華を呼ぶのがはっきり聞こえた。呼び付けられた千華さえ首を傾げているが、なんだ? 千華のヤツ、早速何かやらかしたのか?


「なになにどしたのー?」

「なんですかだろうが。まあいい……」


 周囲が一層盛り上がり始めた事、やっちゃんがボリュームを落とした事もあり、堂々と聞き耳を立ててみても碌に聞こえてこないが、ただ一言だけ聞き取れた。俺の耳が狂っていなければ。


「進路って言ってたっぽいね」

「だな」


 お節介というか、悪趣味なのは前列のモテ男も同様らしく、聞いてもないのに答え合せをしてくれた。


「千華の場合は学校からの期待もあるだろうから、細かい事言われてるんじゃない?」

「あー」


 ああそうか。いつもアホっぽくニコニコしている千華ではあるけど、俺らとは質が違うヤツなんだって事忘れてた。俺らにはわからない事情とかあるのかもな。


 その辺、あいつは何も言わない。ずーっと昔から言い続けている、非常に大雑把な将来の夢ならば知っているが、そこに辿り着くまでの道程となるとなーんにも。秘密主義とかじゃなくて、マイペースなヤツなのだ。というか、ただの変わり者だな。


「進路かあ……」


 進路。人生に於いて、重要な分岐点の一つ……らしい。


 大雑把に区分してしまえば、進学か就職か。この二つの道のどちらかに、時が来れば足を進めるしかない。例えどんなに嫌だとしても。進路指導の先生曰く、俺達が高校三年に進級する頃にはとっくにその分岐点に立たされているんだそうな。


 しかしどうにも実感が得られない。時が進むに連れて進路ガイダンスだ進路調査票だ会社見学だと、未来のビジョンを鮮明にする為の手助けが手厚くなっていく実感はある。それでも、何をどうしようどこで何をしようこうしようああしようこうなろうだなんて未来図は、未だに描けていない。


 実際、やりたい事なんて何もない。行きたい大学なんてない。勤めたい会社なんて思い浮かびもしない。趣味くらいはあるけど、それで手に職付けられるとは思えない。


 将来は普通の会社に就職して、普通に暮らせればそれでいい。嫁さんや子供に恵まれたのなら言う事なし。もう少し言えば、税金とか年金とかと無縁でいられたらいいなって。なんか面倒臭そうだし。あと、嫁さんの胸が大きければ言うことなし。どっちも無理なんだろうなあ。辛い。


 ただ、今のはあくまで願望だ。進路調査票に進学と書くのが精一杯な俺が、その更に先の景色なんて見える訳もない。先の事はわからないけど、なんだかんだと俺達六人は来年以降も近くにいるんじゃねぇかなとか、どんなに考えてもこんな程度が関の山。


 そんな俺には、明確な夢を持ち、そこまでがむしゃらに突っ走れる能力と根性を持っている千華が羨ましかったり。


「わかってるって! あたしも色々考えてるから! その辺はちゃーんと報告するって事で! もういいよね!? はい解散! また明日ねーやっちゃん! ねーねーお話終わったよー! 教科書取りに行こーよ! んー? どったの奏太ー?」


 ちょっと、眩しかったりする。

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