第12話 価値


 今日は昨日に引き続き晴れの良い天気です。季節が初冬を迎えましたが、お日様が照って暑いくらいです。私は羞恥心で更に暑いんですけどっ!


「お嬢さん、そのノーツがどうかしたのかね?」

「あっ!いえ…… そのぉ〜 あははは……

 良い車だなぁと思いまして…… 」

 私はさりげなく振り返って、背後の声の主と向き合いました。そこにはシワひとつないジャケットを羽織る、好々爺っぽいお爺さんが笑顔で立っていました。車を見に来たお客さんでしょうか?

 しかし、めっちゃ気まずいです。完璧に不審者だと思われているでしょう!


「そうかのぅ?そっちの方が良い車が並んでおると思うのだかのぅ」

「わぁ〜 本当ですかぁ〜 」

 どうやら余り気にしていない模様です。もしかすると芝居時見た素振りも見られていなかったのかも知れません。よし、このまま誤魔化してこの場をやり過ごしま……


「ところでお嬢さんは 宝塚でも目指しておるのかの?」

「ぐふっ!」

 いやぁぁぁん!やっぱり見られていました。恥ずかしい……

「いやぁ〜 そのぉー あっ!アレです、演劇の演し物がありまして。『このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ』なんて…………」

「ほう、『ハムレット』じゃな。練習熱心で大いに結構」

 お爺さんは私の熱演(?)にいたく感心した様子で、拍手で応えてくれています。


「あっ、ありがとうございます…… 」

 超恥ずかしい……! もう何でもいいです!今度こそ適当に誤魔化してドロンしちゃいましょう。そうだ!そうしよう、誰かぁシータク呼んでくれないか、ザギンでシースーでも食べようじゃないかっ!

「………… あの〜 お爺さんも車を探しに来られたのですか?」


 よし、これで話題をかえられる。

 するとお爺さんはかぶりを振って否定しました。


「いや、ちと違うのぅ。儂はこの店のもんじゃ」

「すっ、すみません!失礼しました」

 うわぁ、さらに気まずい……。

 私はてっきり他のお客さんが話しかけてきたのだと思っていました。品が良く身なりから察するに、大ベテランの営業さんなのでしょうか?

 ならば渡りに船とばかりに、ずっと気になってた疑問を確かめてみようと思いました。


「あの〜 すいません。此処に並んでいる車は如何して値段がついていないのですか?」

「此処に並んでいる物は下取りに出された車で、手を掛けても商品にならない物じゃ」

「商品にならない…… この車もでしょうか?」

 その時私の胸に鈍い痛みが走りました。何故かとても哀しくて寂しくて、今にも力いっぱい叫びたくなる様な気持ちをぐっと抑えました。


「…… なんじゃ、お嬢さんはコンパクトカーが欲しいのかね?だったらそっちの方に沢山並んでいるぞ。フィッタとかベッツとか」

「商品にならないこの車達はどうなるんですか?」

「上手く買い手が見つかれば良いが、大体はロシア行きかのぅ。それでも残ってしまう故障車や事故車などは鉄くずにしてリサイクルじゃろう。…… その車もボロボロじゃから潰すつもりじゃ」

「買い手が見つかれば良いんですか?でしたら私が……」

「買うというのか?商品でも無い物を」

「買います」

「悪い事は言わん、よしなさい。ちゃんと整備された自動車がそこらに並んでおるじゃろう」

「いえ、この子がいいんです!」

「だからその車は駄目じゃ!売り物ではない」

「見栄えが悪いからとか、気に入らないからだとかで棄ててしまうなんて、凄く身勝手じゃないですか!」

「お嬢ちゃん……」

「棄てられた者の気持ちが解りますかっ!?

 蔑まれた者達の辛さが解りますか! 」

「…………」

「はぁはぁはぁ…… すみません」

「いいんじゃよ、間違ってはおらん」

 なぜこんなに声を荒らげたのか自分でも解りませんでした。ただ、いらなくなったら棄てられてしまう車達と、今まで受け止めざるをえなかった自分の人生が重なったのかも知れません。


「じゃがの、お嬢ちゃん。この車はもう売り物には出来ん。エンジンが焼き付いてしまっておるのじゃ」

 何かが崩れていくのが解りました。結局、未成年の私は無力で、お爺さんに突き付けられた現実を受け入れるしかなかったのです。


「そ、そうですか……」


 力なく項垂れる私を、お爺さんは気にかけてくれているようでした。

「………… ここは寒かろう。中に入ろうか」





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