第9話 私とおんなじだね④




「わぁ〜、カッコイイなぁ」


 卓上のモニターを見つめて、目を爛々とさせている奈津美ちゃん。あの様な表情を初めてみました。いえ…… 初めてではないですね、何処かで見ています。そうそう、高校一年生の頃、隣のクラスのイケメン男子を遠くから見詰めていた時の表情にそっくりです。あの時は色々と付き合わされて大変でした。まあ、それも良い思い出ですが。

 モニターに映し出されていたページには、黒いスポーツカーの写真と手書きで記された履歴書の様な物が有り、坂下さんは細かくクリックしながら確認しているようです。


「そうねぇ、けっこう綺麗な車だけど……

『平成十八年度式 スーパーチャージャー

 六速マニュアル 距離・二百キロ 車検なし 点検記録簿付き 当社デモカー展示車両』 ふ〜ん…… うん、思ってたよりも掘り出し物かもね」

「本当ですかっ!」

「うん、これくらいの物なら多分大丈夫だと思う。もし奈津美ちゃんがうちで買ってくれる事になったら、その時言ってもらえばこんな感じで探してあげるよ」

「ありがとうございます。でもオークションって事は、この車が残っているとは限らないってことですよね?」

「そうねぇ、同じ物は残ってないと思うわ。シェリカは生産が終了して十三年程経っているし、この車も最終型の様だから……」


 そんな坂下さんの困惑気味な態度に間髪入れず反応した奈津美ちゃんは、ショルダーバックからスマートフォンを取り出し何処かへ電話をかけ始めました。


「もしもし、お父さん。奈津美だけど…… うん、うん、あのね、この前言っていた車の…… そうそう、その件だけど欲しい車見つけたから…… うん、ちょっと早いけど良いよね?…… OK、わかった 、ありがとう」


 どうやら奈津美ちゃんはお父さんと話しているようです。私と坂下さんが固唾を飲んで見守っていると、奈津美ちゃんは通話を終え意を決した様に叫びました。


「その車、私が買います」

「えっ? 良いの? 未だオークションにかかっているから、値段は解らないよ?」

「構いません!父の許可は取りました。だから絶対落札してください」


 うわぁあ、凄いよぅ。なんかテレビで観たことある。巨大マグロの競り市で似たようなやり取り見たことあるよぅ。奈津美ちゃん、あなた何処のお寿司屋の社長さんかね?


「奈津美ちゃん、値段は二百万円からの入札になるよ。この他にオークションの手数料と陸送代が十万円くらい加算されてくるわ。そして落札できたら整備費用と車検取得費用で、二十万円まではかからないとは思うけど」

「問題ありません。父も一応予算は二百万円くらいとは言ってましたが、それよりも私が愛着の持てる車がどうかが一番重要視していたみたいですから」

「へぇー 奈津美ちゃんのお父さん凄いねぇ」

「そ、そんなことないです」

「奈津美ちゃんのお父さんは富山とみやま電鉄の社長さんなんです」

「ちょ、胡桃!それなら胡桃の家だって有名なお酒の蔵元じゃん」

「うちはそんなに裕福じゃ無いよ。ただ歴史が古いだけ」

「えっ、もしかして胡桃ちゃんのうちって秋元酒造さん?」

「あ、はい。そうです」

「はははっ、何時も秋元酒造さんの”大日岳だいにちだけ”にはお世話になっておりマース」

「あ、ありがとうござい…… ます」

 何でしょうか?この感じは心当たりがあります。母が休みの前の日の晩に、お酒を飲んで見せる…… あ、呑んべぇの顔ですね。何か困ったら『てへぺろっ!』で片付けてしまう困ったちゃんの匂いがします。

 そんな坂下さんの新たな一面に動揺を抑えきれない私を他所に、坂下さんと奈津美ちゃんは話をどんどん進めて行きます。


「はい、これで入札完了っと。あとは夜の締め切りまでに、他所からの入札が入るか注意しておくわね」

「よろしくお願いします」


 それから私達は坂下さんとのティータイムを小一時間程楽しみ、帰ることにしました。


「今日は色々と教えて頂きありがとうございました」

「坂下さん、どうぞよろしくお願いします」

「こちこそ、ありがとうございました。奈津美ちゃん、オークションの結果は今晩連絡しますね。胡桃ちゃんもまた遊びに来てね」

「「はい、ありがとうございます」」


 笑顔で見送る坂下さんと別れて、私達は沢山の中古車が並ぶ大展示場を歩き初めました。まるでテレビで見た何処かの大統領の歓迎式典の儀仗隊の様に、整然と並ぶ中古車達。意気揚々と横目に謁見しつつその場を後にしようとした時、奈津美ちゃんがぴたりと脚を止めました。

「あっ、スマホ忘れてきちゃった」

「えぇっ、じゃ取りに戻ろうか」

「いいよ、私行ってくるわ。ちょっと待っててね」


 そう言い残すと奈津美ちゃんは、元来たショールームの方へ走って行きました。

「さぁ…… って」

 ぽつんと取り残された私は、ただ待っているのも勿体ない気がしたので、休日の家電量販店で手持ち無沙汰に歩くお父さんよろしく辺りを歩いてみることにしました。

「そういえば、あの辺りは見ていませんでしたね」

 私は広い展示場のまだ見ていなかった奥の一角に行って見ることにしました。

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