第6話 私とおんなじだね①
坂下さんに案内されて、私達は展示場に所狭しと並べられている中古車を見ています。
まるっと自販さんはこの辺りではかなり大きな中古車販売店なのだそうです。坂下さんの話では常時2百台近く並べて有るのだそう。これだけ並んでいると、意味もなくテンション上がってきますね。なんかこう…… フリーマーケットで色々な売り物が雑多に置いてある中で、掘り出し物を見つけてやるぞ的なやつです。それとテンションが上がるのにはもうひとつ理由があります。
「わぁー! これも可愛い。ちょっと見ても良いですか?」
そうです。奈津美ちゃんがハイテンションで困っています。私達まだ高校生ですよ。まだ運転免許証だって持ってないんですよ。
「すいませーん、この”オーディオは当店でサービスします” って事は、タダで付けて貰えるって事ですか?」
(そんな、奈津美ちゃん…… )
図々しいにも程があります。いくら親しくなってきたからって、『モックナゲットにはバーベキューソースとマスタードソースから選べるんですよね?』 みたいな聞き方しちゃいけないと思うのです。私はマスタード派ですが。
「うぅ〜ん…… 」
そんな奈津美ちゃんの満面の笑みとは対照的に、坂下さんが難しい顔で悩んでいます。ほらご覧なさい、『親しき仲にも礼儀あり』です。坂下さん、ごめんな……
「奈津美ちゃん、ごめんね。これ古い機種だった。今サービスしてるのはもっと新しい機種で…… 」
「サービスあるんかーい!」
「うわっ、びっくりした〜 どうしたの、胡桃? 」
「い、いや、何でもない」
驚きました。本当にタダ…… 無料でサービスして頂けるそうです。坂下さんの話では、以前”カーオーディオ・キャンペーン”なるものを開催していたそうで、その時に纏まった数のカーオーディオを『安く』仕入れたそうです。その”残り”が在庫になってしまったらしく、もうすぐ旧モデルになってしまう前に販売促進の武器としてサービスしているのだとか。なるほど、奥が深そうです。
「あ、これカッコイイィー」
奈津美ちゃんがヨロヨロと赤いスポーツカーに吸い寄せられて行きます。彼女は展示場に来てから、終始スポーツカーを見ては「可愛い」だの「カッコイイ」だの言って興奮していますがとても滑稽ですね。子供みたーい!…… 何でしょう?胸がモヤモヤしますよ?
「え〜っと、『トヨヨ・86』はちじゅうろく?」
「これは『パチロク』って読むのよ」
「へぇー、良いなぁ〜 でも二百八十六万円かぁ、予算オーバーだなぁ」
「えっ? 奈津美ちゃん、予算オーバーって…… 買うつもりだったの?アイポンの新機種と交換するのとは訳が違うんだよ?」
いえ、アイポンのスマートフォンも充分にお高いですけどね……
「大丈夫ぞな。パパが進学祝いで買ってくれるそうだから。自動車学校も大学決まったら行かせてくれるって」
「うわっ、良いなぁ。流石、セレブリティ」
「でも予算オーバーなのよねぇ。パパが『どうせ擦ったり、へこましたりするだろうから、最初は中古車で運転に慣れなさい』だって」
「ふぅ〜ん」
「でも奈津美ちゃん、『最初に本人の気に入った新車を与えた方が、大事に乗ってくれる』って考え方の人もいるわよ?ちなみに当店でも国内メーカーの新車を取り揃えております。チラッ」
「チラッて言われましても」
奈津美ちゃんは苦笑しつつ考え込むも、また明るい笑顔を取り戻して坂下さんに応えます。
「そうですよね。でもスポンサー様の声は無視できませんから、中古車にしておきます」
「ちぇっ、残念。まあ、それはいいとして予算はどれくらいかな?」
「そうですね、二百万位で抑えろと言われています」
私は耳を疑いました。二百万円…… 娘の進学祝いに二百万円の車をポンと。でも、車社会が当たり前の地方の学生には、珍しい事では無いのだそうです。勿論、それぞれの家庭の事情で左右はされるのですが。
(二百万円。お酒何本売れたら回収出来るのだろう)
私は額に汗を浮かべて働く母親の笑顔を思い出していました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます