第2話 そこにあった当たり前が当たり前ではない



「いつも来てくれる学生さん達ですよね」

 私達に声をかけてきたお姉さんは、清潔感のあるショートカットのヘアースタイルにグレーのスーツ、黒系のインナー、足元には機能的な白のスニーカーを履いています。とても優しそうな人懐っこい笑顔で立っていました。

「あ、こっ……こんにちは……」不意をつかれた私は返事がぎくしゃくしてしまいます。────私はどちらかと言えば人見知りな方で、クラスでも大人しめなグループに属しています。誤解を恐れずに言うならば、柔和属人見知り目ぼっち科が私としての見立ててあり、社交的に友達付き合いをこなす奈津美ちゃんが居なければマスターぼっち確定です。マスターって極めてる人って感じで格好良いですね。あれ、どうして涙が出ちゃうんだろう……


「こんにちは~ 私はこの娘の付き添いで来た春山と申します。この娘は……ほらっ、胡桃!」

「あ、はい……秋元です。初めまして……です」

 不覚です!しどろもどろな反応しか出来ませんでした。この性格を治したい!奈津美ちゃんに急かされる様に挨拶を返してしまいましたが、優しい微笑みを浮かべたお姉さんはうんうんとうなずいて、両手を前に添え軽くお辞儀をして応えてくれます。


「春山さんに秋元さんね。ご丁寧にどうも。初めまして、私は”まるっと自販”の坂下と申します。ところで……お目当ての車でも有るのかな?」

 緊張していた私達(私だけ?)の雰囲気を悟ったのか坂下さんは、くにゃっと姿勢を崩して中腰になり、フランクな態度で接してくれました。固まっている私を見兼ねた相棒が呆れた様子で「そうなんですよ~ ほれっ!」と目配せをしてくれます。私も奈津美ちゃんに背中を押され、覚悟を決めてこの可笑しな初恋を坂下さんに打ち明ける事にしました。

「なるほどねぇ」

 坂下さんがニコニコと此方をうかがってます。これはアレです……初版で予約して発売日当日に購入したコミックを、逸る気持ちを抑えて表紙からじっくりと味わって拝読し、不意に青春の甘酸っぱい一ページに出逢ってしまった時のあの顔です!例えがまわりくどいですが、面倒臭い女だと諦めて下さい。


「聞いてくださいよぉ〜 この子ったら『彼の事を想ったら御飯二杯はいける』って言うんです」奈津美ちゃんは面白可笑しく坂下さんと私について話しています。そんな事言ったかな?と記憶を辿ってみましたが、恋は盲目であり何を口走ったか記憶にございません。今ちょっとだけ国会答弁に臨む政治家の気持ちに寄り添えました…… すぐ離れますので悪しからず。なるほど、こうやって黒歴史が生まれるんですね。


 一通りキャッキャウフフと満足気な顔で【秋元胡桃・初恋グラフティー】を堪能した二人は、ふと我に返り私を見るや否や、流石に気不味くなったのか反省した仔犬の様な目で謝ってきました。悔い改めよ!

「それで、その愛しの君はどちらさん?」

「こちらの殿君でございます。そうですよね、胡桃氏」

「もしもし、貴方は何処の公家様で?」

「よよよよよっ…… 麿を知らぬと申すか!無礼でおじゃるぞ!」

「ほほう、抜かせ春山氏。貴殿をこの蹴鞠の露にしてくれようぞ」

「きゃー」

 滅茶苦茶な文法で馬鹿騒ぎする私達。一応断っておきますが、私達学年では成績上位に加わってますからね!何時までも秀才を演じるのは大変なんです。

 ですがその時です、その場の異変に気付いたのは。坂下さんの反応が少し変なのです。ずっと考え込んでた彼女は何かを思い出したかの様に、ずっと右手で抱え込んでいた書類の束を見詰めました。

「あっ…………」

 どうしたのでしょうか?”彼”に視線を移し一瞬固まったかの様に見えた坂下さんは、哀しげな表情で此方を振り返りました。

「 秋元さん、ごめんなさい。この車、さっき商談が決まってしまったの」

「えっ……」

 私達にも解りました。先程と明らかに坂下さんの雰囲気が変わっている事に。つまり冗談ではなく真面目な話をしているということに。

「本当にごめんなさい。今、その件で来たとこだったの」

 申し訳なさそうに謝った坂下さんは、”彼”の車内に掲げられたプライスボードを取り外しました。そして代わりに”売約済み”のカードをそっとダッシュボードに置いたのです。


 これが私の初めての失恋でした。




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