まるっとなびのび!
たて あきお
第1話 きになるあのひと
晩秋の北陸・富山に冷たい風が吹いています。気が付けば金木犀の花も見る影も無く、雪吊りに励む業者さんが忙しそうに縄を枝に結んでいます。コンビニエンスストアで購入した暖かい飲み物が、冷えた体にとてもありがたい気持ちになりますね。ふむ……ですが、このぽっかぽっか暖かい気持ちなのには、別に理由があったりします。
私の名前は秋元 胡桃。特に特技ものめり込む趣味も無く、これといって特徴も無い高校三年生です。あ、勉強はまあまあ頑張ってマス。
他に何か無いのかと問われれば無い事も無いのですが、実は私ずっと片思いの相手が居るんです。
えっ、相手はどんな奴だって?
う〜ん、ちょっと恥ずかしいですね。ふぇっ!別に隠している訳では有りませんが……有りませんがですよぅ、そんな個人情報をペラペラと人様に話すものでは無いと、お母さんからもキツく念を押されてますし。えっ!?いや、その……早くしろと言われましても──
「胡桃?」
──ちょっと待ってください!『別に良いじゃないか!減るもんじゃ無いし』なんて!ちょっと初めてお会いしたのに馴れ馴れしくありませんか?無傷な訳無いじゃないですか!
「お〜い、胡桃さーん?」
──ええ!減りますよ!減りますとも。減りまくりのコンコンチキです!”乙女のマイレージ”が……
「とりゃあ!」
私の脳天に一刀両断の空手チョップが直撃した。
「あいたぁ!」
「痛いのはこっちだよ。呆け胡桃!何ブツブツ言ってるのよ」
彼女の名前は春山 奈津美。幼稚園の頃からの幼なじみです。私の都合で小・中は別々の学校になってしまいましたが、高校で偶然にも再会出来ました。
「奈津美ちゃんのチョップはホント痛い!少しは手加減して欲しい」
「却下します」
「横暴だァ!独裁政治だ!我々はァ、待遇の改善を要求するぅ」
「何言ってるの。また妄想して盛り上がってたんでしょ?歩きながらブツブツ呟く女子高生(不審者)を更正させてあげたんだよ。感謝しなさい」
何時の事です。私はしっかり者だと自認しておりますが、この奈津美ちゃんは超が付く程のしっかり屋さんです。奈津美ちゃん曰く、「『あんたはポワッポワしてて危なっかしいから、私が注意してあげてるのよ』」だそうです……心外です、軽く凹みました。
毎日飽きもせずに通う通学路。私と奈津美ちゃんは最近、下校時に寄り道をする様になりました。主に私の都合なのですが。
それはある秋晴れの日の下校時の事です。奈津美ちゃんの用事に付き合っていた私達は、通学路の途中で進路を変え知らない通りを進んでいました。そんな時です、私に運命の出会いが訪れたのは……
「アンタも毎日・毎日ホント飽きないわねぇ……」
「だって彼、かっこいいんだもん」
あはは……恥ずかしながら……毎日通ってます。彼に一目惚れだったんです。
「ハイハイ、それは良ござんした。でもさ、”彼”って何なの?車なのに」
うううっ……そうなんです。私の初恋の相手とは、自動車の事だったのです。この事を友人達に話す度に笑われてしまいます。それが普通の反応なのでしょうが、私は本気で恋してるんです!朝起きた時も、夜寝る時も、授業中も、お風呂の時も、文字通り寝ても醒めても彼(自動車)に夢中なんです。
「彼は”彼”なんだよ。キリッとしてイケメンさんですし。あの青色だって爽やかで男っぽいじゃないですか」
「ふう〜ん。そんなものかね。じゃあ、隣の黒い奴は?同じ車だよね」
「こっちはダーティな人なんだよ」
「あははは。わけがわからないよ」
変人扱いされたって良いのです。だって今迄の私の人生で、これ程夢中になれた事なんて無かったのですから。勿論?ラブレターを貰った事も有りますし、告白された事だって一度や二度……でも成就した事は有りませんでした。コホン!これは個人情報です!個人情報。これ以上は話しませんからね!
「ふぅ〜」
この様に近頃は暇さえあれば此処を訪れ、彼をスマホで撮影し午前の紅茶(ミルクティー)を啜る迄が私のルーティンとなってます。何時もならしばらく眺めて帰途に就くのですが、この日は違いました。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか」
朗らかな感じのお姉さんが、声をかけてきてくれたのです。
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