「告霊の儀」
『偉大なる祖、精霊の王に愛しい我らが子の名を告げん。
子の名はセシル、人として生まれ、民を導き、やがて国を率いる王である』
──歌うように、語り聞かせるように。
長寿族の巫女は言葉を声にする。
声は光を震わせて、現れた精霊が踊るように漂い始めた。
精霊を見る事ができるのは、選ばれた存在か、王族しかいない。
だから使用人たちには、言祝ぎの言葉を読み上げる巫女の姿しか見えないのだけど、皆が立ち尽くし放心して、語る巫女の姿に見惚れていた。
この世の者とは思えないほど、美しい巫女は揺籠に手を翳し、微笑んで語り続ける。
日の光を集めたような髪が揺れる度、光の粒が弾けて飛んでいく。
『才に恵まれ、幸に溢れ、清き命の輝きで、未来を切り拓く力をどうかこの子に。
長寿の巫女が、人の願いを祀り上げる』
精霊は大広間を埋め尽くすほどになって、光の波が宙を漂う。
レテランド王が波へと手を入れれば、精霊たちは王の掌で踊りを披露した。
アルバスが穏やかな微笑みを浮かべて、美しい光を纏う幼馴染のことを見守っている。
ミーティアもまた、心底から嬉しそうな笑顔で、言祝ぎの言葉を聞いている。
『偉大なる祖、精霊の王よ。
──我らが未来に言祝ぎを』
声が結ばれると同時に、長寿族の巫女は七色の光が集まる右手をはしゃぐ赤子の額へ触れさせた。
精霊たちの見せる奇跡は、まだ世界を知らない王家の子へと確かに宿る。
銀色の無邪気な瞳が見開かれ、踊る光の粒たちが、きらきらの両目に映っていた。
◇ ◇ ◇
大広間が和やかな空気に包まれ、静まり返った儀礼の雰囲気が霧散した途端に、フィナは深々と息を吐いた。
「……言えた」
──いつも詩を読み上げるのと同じように言葉を声にしたら、踊るように現れた精霊たちが大広間を埋めて、漂う光は波となり、セシルを祝福で照らしてくれた。
詩人の書いた言祝ぎの言葉が引き起こした奇跡を思い返すフィナの目の前を、桃色の精霊が通り抜けていく。
大広間にはまだ、輝きの残滓を思わせる微細な精霊たちが漂う。
レテランド王とアルバスと眼差しを交わす、二人は執事長と侍女長を連れて、一足先に大広間を去っていった。
彼らにはこのあと重大な仕事が待ち受けている、その為の準備をしに行くのだろう。
本当は、お喋りをしたかったけど。
今日また顔を見られただけでも、よかったとフィナは思った。
「フィナ、ありがとう」
ぼぅっと、泳ぐ精霊を見つめていたら、ミーティアの声が聞こえてくる。
フィナは笑みを浮かべて、安堵した表情をしている彼女に言った。
「私に出来ることなら、何でもしますよ。
……セシル様にも会えましたし」
呼び掛けに応えるように、セシルは声を上げて腕を伸ばす。
またフィナの髪を掴みたいらしい、今度は二度と離してくれなくなりそうだ。
フィナは髪が揺籠に入らないように抑えながら、セシルへと告げる。
「どうか健やかに、セシルさま。
また会えたら良いですね」
可愛い可愛い、と囁き掛けると、セシルはくすぐったそうに身じろぎをした。
ミーティアがセシルの頰を撫で、一呼吸を置いてからフィナに言う。
「ソウヤにも、ありがとうって伝えておいて……本当は直接言いたいのだけど」
ミーティアは大広間をぐるりと見回す。
何度見ても詩人の姿は見当たらず、残念そうな彼女にフィナが笑いながら頷いた。
「今日も来てはいるんですよ?
ただあんまり、人の多いところは何があるか分からないから来たがらないだけで」
「そうなのね、ソウヤなりに気遣ってくれたみたいで嬉しいわ」
笑い合っていた二人は、近くで控えている侍女がそわそわとしているのに気付いた。
伝わってくるのは、時間的に声を掛けなければならないけれど、二人の話を遮るのはどうなのか……という侍女の葛藤。
名残惜しいが、そろそろお開きにしなければならない。
フィナはセシルにもう一度微笑んで、揺籠から離れる。
「では、私はこの辺りで。
……ミーティア様たちはこの後、パレードですよね?」
「民たちへセシルをお披露目する為のね、私たちは此処からが本番だわ」
ミーティアに抱き上げられたセシルの、きょとんとした顔がフィナの方を見ていた。
その眼差しに手を振り、フィナは大扉へと歩き出す。
巫女の仕事はこれで終わり、後は帰っていつもの生活に戻るだけ。
……彼は今、何処で待っているだろうか、と考えを巡らせるフィナの背中に、ミーティアの声が掛けられる。
「フィナ、また遊ぼうね」
聞こえてきたのは少女のようにはしゃいだ声、懐かしい、悪戯っ子の呼び声だ。
フィナは思わず笑い声を上げ、振り返りながら親友へと挨拶を返した。
「またね、ミーティアさま」
一緒に育って、別々の道を行く。
自分が選んだ場所で、自分なりに頑張って生きていく。
決して強くは無かった自分たちが、弱いだけではいられなくなってから随分と経つ。
だがそれも悪いことばかりでは無いな、と二人は思っている。
少女だったあの頃のように笑い合える時間を、自分の力で作れるくらい、強くなったということだから。
長寿族の巫女は大広間を後にした。
銀色の瞳に見送られながら。
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