「永劫の墓所」
長寿族は精霊の声を聞く。
人間が生まれてくるより昔、この地に現れた長寿族は精霊に「世界を豊かにすること」を頼まれた。
長寿族は言われた通り、世を発展させて豊かにし、遂には人間が生まれる。
すると精霊は長寿族に使命を与えた。
「人と共に生き、世界を動かせ。
決して止めることがないように」
それから、長寿族は生まれると共に、精霊から使命を与えられるようになって。
使命を果たすまで決して死なない生き物になったのだ。
「……でもね、フィナ。
覚えておいて」
──幼い娘を膝に乗せ、昔話を語り聞かせる母親は、小さな頭を撫でながら言った。
「私たち長寿族は使命を果たさない限り、永劫すらも生きるけど。
一度使命を果たしたら、呆気なく死ぬものなのよ」
幼い娘には母の言っていることが良く分からなかった。
母はまだはやかったかな、なんて笑いながら娘の頭を撫で続ける。
そんな幸せな日から、あまり時も経たないうちに。
娘は否応なしに知ることになった。
──長寿族が、自分がどういう生き物なのか。
目の前で、糸が切れるように死を迎えた母の姿、それは母が娘に残した最後の教えとなった。
◇ ◇ ◇
王城の裏手には、長寿族の墓所がある。
レテランド王国と共に生きる彼らは、使命を果たして死を迎えた後、此処に埋葬されることになる。
人の始まりの地であり、長寿族の故郷であるレテランドの大地に還るのだ。
フィナの母親、長寿族の長リーンの墓も此処にあった。
無数に並んだ墓石の間を迷いなく進んだフィナは、他のものより少しだけ大きな墓の前で足を止める。
母の名が刻まれた墓の上には、花冠が乗せられていた。
王室の人々は、皆でこの場所を守ってくれている。
手入れの行き届いた墓からはそれが良く感じとれた。
「リーン様もお喜びになるだろう。
此処に訪れる長寿族は年々減っているから」
手を組んで祈りを捧げているフィナの背後で、アルバスは詩人に話しかけた。
花束を右手に下げ詩人は、一心に祈る華奢な背中を見つめている。
風に揺れる金色の髪を眺めていた彼は、懐から手帳を取り出し筆を走らせた。
書き連ねられた言葉に、精霊が宿る。
緑色の光を掬った指先で、詩人は手に持つ花束に触れ、淡い輝きと共に墓前へ。
アルバスは詩人の行動を黙って見守り、二人は並んで祈りを捧げた。
祈る彼らの周りを、精霊は漂う。
緑色の軌跡を描いて舞いながら、まるで包み込むように。
フィナが立ち上がったのは、暫くした後だった。
祈る間に彼女が何を考えていたかは分からない。
母親に近況を伝えていたのか、過去に思いを馳せていたのか。
だが少なくとも、詩人とアルバスの方に振り返った表情に悲しみは無かった。
むしろ晴れ晴れとした、満足している様子でフィナは微笑みを浮かべる。
「来れてよかったです。
……旦那様、ありがとうございます」
フィナは緑の光を纏う詩人に礼を言った。
母親の為に弔いの詩を書いたことに対してか、それとも今日、此処に連れてきたことに対してか。
どちらもなのだろう、と詩人は考える。
詩人の体から離れ、誘われるように飛んで行く緑色を、彼女は大切そうに受け止めた。
「母君へ報告は出来たか?」
「はい、アルバス様。
お墓を守っていてくれて、ありがとう」
子どもみたいに笑って言うフィナに、アルバスは気にすることはないよと返した。
王家の者として、此処を守るのは当然の責務だし、幼馴染のために出来ないことなんてアルバスには無い。
フィナは昔から不思議だった、いつも笑顔で、彼女の笑顔は周囲をあっという間に和ませる。
優しい彼女はアルバスよりも、永い時を生きるのだろう。
自分が死んだ後もずっと、この場所が守られて行くようにするのがアルバスの務めだ。
「いつまでも、僕たちはここを守る。
だから安心してほしい、フィナ」
アルバスの言葉にフィナは嬉しそうで、眦に浮かんだ涙の理由は、きっと心底からの安堵だった。
「ソウヤもフィナも体には気をつけて。
告霊の儀で会えるのを楽しみにしている」
アルバスは王城を後にする二人のことを、中庭まで見送ってくれた。
やるべき事が多い身の上のはずなのに、幼馴染のために最大限の時間を取ってくれたアルバスに、フィナは深々と頭を下げる。
「良い儀礼を行える様に、頑張ります。
……旦那様については、あまり心配しなくてもよさそうですけどね」
フィナに笑い掛けられて、詩人は自身ありげに胸を叩いた。
アルバスが思わずといった様子で笑い出す。
「やはり二人は仲が良いね。
きっと永遠にその調子なんだろう」
「もちろん、死ぬまで仲良しでいるつもりです」
明るく答えるフィナのことを、詩人は愛しそうに見つめていた。
──長寿族は、自らの使命を果たした時、死を迎える。
彼女が持つ使命が何なのか、詩人は知らないけれど。
いつか来るその日まで、共にいることを望まれた。
今の詩人を形作る全てが、彼女だ。
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