「人を統べる王」
『世界を変革する力など 言葉には必要ない
きみを愛していると伝わるのなら
それ以上のことを 僕は言葉に求めない』
◇ ◇ ◇
「緊張しますね」
謁見の間へと続く大階段を上る詩人は、後ろから聞こえて来たフィナの声に足を止めた。
階段の途中で止まり、振り返った詩人を見て、フィナは慌てて首を横に振る。
「あっ、違うんです。
嫌だとか、辞めようとかそういう意味ではなくて……単純に久しぶりだから」
詩人は気遣わしげに彼女を見つめていたが、嫌じゃないならと歩みを再開した。
少し遅れてフィナも歩き出す。
「私が思っていたより長い時間が過ぎてしまったようなので。
何を話そうかなーとか、何を聞かれるかなとか、考えてしまって。
我が王とアルバス様には会いたいんですよ」
そうか、と詩人は頷いた。
彼女の言っている意味はわかる。
人間にとって八年という月日は大きいものだと理解はしていても、実感を伴って認識することは、フィナにとって難しい。
フィナが昨日のことのように思い出す、「城を出たあの日」は、城の人々にとって遠く過ぎ去った過去なのだ。
ミーティアや使用人たちと再会したことで、自分と人との違いを再認識したフィナは戸惑っているのだろう。
詩人は気の利いた事を「言う」ことが出来ない。
彼女の緊張をどう軽減するか考えているうちに、階段を上り切ってしまった。
目の前には謁見の間へ続く大扉があり、左右には兵士が微動だにせず立っている。
開けるかどうか、フィナを伺う詩人の横に彼女は並び立つ。
「緊張しますけど、楽しみです。
そうでしょ、あなた」
楽しげな笑顔を向けられ、詩人は驚いて目を見開いた。
緊張しているのは事実だろうが、それ以上に楽しみでわくわくとしているのがフィナの表情から伝わって来る。
心配する必要はなかった、そう気付いて詩人も笑みを返す。
フィナは何でも楽しめる人。
……手を引かれる側ではなく、引く側なんだ、いつも。
詩人は大扉へと手を掛ける、謁見の間は昔から変わらぬ姿で二人を迎え入れた。
◇ ◇ ◇
──レテランドは星の国、長寿族と共に生きて来た。
精霊の声を良く聞いて、確かな繁栄を築いた人の国。
古くから続く、始まりの場所。
窓から来る陽射しの下、謁見の間の中央にレテランドの王がいる。
傍には王子アルバスが立ち、入ってきた二人の姿を見て笑みを浮かべた。
玉座に腰掛け、王は詩人とフィナが目の前に来るのを待っている。
王を見上げたフィナが立ち止まり、右胸の徽章に触れながら深々と礼をした。
詩人も同じように頭を下げる。
「レテランドの詩人ソウヤと、長寿族の長リーンの娘フィナが、王に拝謁いたします」
「……此処に君たちを咎める者はいない。
楽にしなさい、フィナ、ソウヤ」
堅い挨拶を左手で制し、王は柔らかな微笑みをフィナに向けた。
フィナは安堵の息を吐いて、その意向に甘えることにする。
「ありがとうございます。
お久しぶりです、第二の父よ」
「久しぶり、二人とも息災なようで良かった、顔が見られて安心したよ」
王は詩人とフィナに交互に目を合わせ、頷きかける。
微笑み返すフィナ、詩人はいつもよりはっきりと分かるよう意識した笑顔を返した。
詩人が会話をしない理由については王室の皆が理解している。
誰も咎める様子はない。
「さて、城下町での暮らしはどうかな。
外にはもう慣れたのだろう?」
「……はい、最初は大変なこともありましたが、今は穏やかな暮らしが出来ています」
フィナが王の言葉に明るく答え始める。
話すうちに緊張が解けてきたのか、天真爛漫ないつものフィナだ。
王は慈しむように目を細めて、我が子にするのと同じように二人に語り掛ける。
「楽しく穏やかに暮らせているのなら、私が言うことは何もない。
ソウヤ、体に変わりは?」
会話の殆どをフィナに任せて立っていた詩人は、王から問い掛けられたことに驚いた。
すぐに表情を改めて、問題はない事を伝えるべく笑みを返す。
「ならば良い。
フィナも変わりはないな?」
「はい、大丈夫です。
何も変わったことはありません」
老年の王は満足そうに微笑んだあと、横に立つ息子に目配せをする。
レテランドの王子、アルバスは嬉しさが滲んだ表情を幼馴染二人に向け言った。
「ミーティアに感謝せねば。
またこうして二人と顔を合わせる日が来ようとは、夢のようだよ」
「アルバス様、お久しぶりです。
皆さんがお元気そうで私たちも安心しました」
フィナの満面の笑みを受け止めたアルバスは、感慨深そうに彼女と詩人のことを見つめる。
「セシルの告霊の儀について、ミーティアから聞いたのだろう?」
「はい、喜んで協力します。
旦那様もそう望んで下さいました」
フィナの言葉を肯定するように、詩人は頷いた。
アルバスが良かった、と呟く。
二人とアルバスのやり取りを見守っていた王は、真摯な声音で感謝を述べた。
「二人が祈ってくれるのなら……あの子の未来は安泰だろう。
レテランドの王として、心より感謝を」
告げられた王の言葉に対して、フィナと詩人は滑らかな動作で頭を下げた。
玉座に背を預けた王は、胸に下がった星の意匠を撫でている。
これ以上ないほど穏やかな時間が、謁見の間に流れていた。
「この後は墓所に赴くのだろう?
日が暮れてから帰らせるのも心配だ、謁見はこの辺りで終わりにしよう。
……アルバス、お前も下がって良い」
二人の近況を一通り聞き終わった王は、肘掛けに右腕を置きながらそう言った。
詩人が確かにその予定だったな、とフィナの方を見れば、彼女は何処か寂しそうにしている。
……珍しい顔だ、今日の終わりが近付いて来たから、だろうか。
楽にせよとは言われたが国王の前、近付いて手を握ってやることが今は出来ない。
「ありがとうございます、父上。
フィナ、ソウヤ、私が墓所まで共をしよう」
玉座の傍から離れる許可を得て、歩いて来たアルバスはソウヤの横に立った。
「我が王、お会い出来て本当によかった。
……また来ます、必ず」
「いつでも帰っておいで。
此処はお前たちの家なのだから」
フィナは王に向かって深々と頭を下げる、潤んだ瞳を隠すように。
詩人も礼をしてから顔を上げ、王の瞳を見つめる。
──どうか健やかに、変わらず。
銀色の瞳は穏やかに詩人を見つめ返し、言葉を発せぬ青年の気持ちを確かに受け止めてくれた。
アルバスに促される様にして、詩人とフィナは謁見の間を後にする。
八年前、城を出たあの日もこうやって歩き出して、今に至るまで一度も戻らなかったことを詩人は思い出す。
鳥籠のような安寧の中で生きていくことを、二人は選ばなかったのだ。
そしてあの日も、王は穏やかに二人を送り出してくれた。
二人が本当の意味でこの城に戻ることは、きっともう無い。
そう分かっているのは王も同じだろうに、あの人は此処を家だと言ってくれる。
子どもの頃、親と死に別れた後に咄嗟に掴んだ腕が、こんな未来に繋がっているなんて思っていなかった。
自分の中に半分だけ残された、人としての心を満たす温もりの正体を、なんと呼んだら良いのか詩人には分からないけど。
熱の中心にいるのは、きっとあの王なのだ、そう思ったら不思議と嬉しいような。
半身で詩人が振り返れば、王は此方を見つめていた。
大扉が完全に閉まるまで、王は二人の姿を見つめ続けていた。
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