「次の仕事」


 休日が終わるのは早い、日が暮れない内に屋敷へと戻ってきた二人はいつも通りに茶器を用意して、静かな茶会を開いていた。

 

 詩人は言わずもがな、フィナも一言も発さない。

 二人を包む静寂は気まずいものではなくて、むしろ居心地の良いものである。

 ──互いの息遣いが聞こえるということ。

 それがなによりも、二人にとって重要なことなのだ。


 フィナは賑やかな場所も好きだが、静寂に身を任せ、体を紅茶で温めながら、長椅子でうつらうつらとするのも好きなひと。

 詩人は脱力して、背もたれに身を預けながら、フィナの隣で手帳をぱらぱらとめくる。


 そして、間に挟んであった手紙をフィナの方へ差し出した。

 昼間にウォルデから渡された、あれだ。


 眠り掛けていたフィナは、突然視界に入ってきた高級そうな紙を眺めた。

 差し出してきたのだから受け取れということだろう、と夫の考えを理解してフィナは手紙を受け取る。

 裏返してみれば開封済みなことが分かった、もう彼は中身を読んだということだ。


 わたしも読めってことなのかしら。

 封蝋に押された星形を見てフィナは目を見開いた。


「王室から……?」


 レテランド王国を象徴する一番星の意匠をフィナの指先がなぞる。

 静寂に響いた彼女の声に詩人は頷いて、読んでごらんと手紙を指差した。

 フィナは綺麗に畳まれた便箋を開く。


 純白の上では見覚えのある文字が並んでいて、二人に「登城せよ」と告げていた。





「安心しました、お仕事の話ですね。

 ……何かあったのかと」


 レテランド王室から直々に届いた手紙を読み終えたフィナは、安堵の息を吐く。

 何でも王室から詩人に頼みたい仕事があるという、ついでに二人とも顔を見せに来いという話らしい。


 詩人が溜息を吐いたのをフィナは聞いた、面倒くさがっているに違いない。

 まあまあ、と彼の肩を撫でて宥める。


「近況を報告しにいきましょう、あなた。

 陛下にご挨拶したいです、それにアルバス様やミーティア様にも」


 深い夜色の目が伏せられた、きみがそういうのなら、と声が聞こえた気がする。

 フィナは嬉しさを抑えずに、満面の笑みを詩人に向けた。


「それに……お墓参りもしたいですし」


 最後に、おずおずと自分の要求を重ねて伝えてみれば、詩人は笑みを浮かべ、頷いた。




 ◇ ◇ ◇


 

 あまり先延ばしにすると嫌になってくるから、という詩人の訴えにより、城へ向かうのは二日後に決まった。


 行く前に幾つか仕事を終わらせておく、と詩人は書斎にこもっている。

 フィナは寝室で髪を梳かしながら、寝台の脇に置いた件の手紙に目を向けた。


「……お城か」


 王城に行くのは何年ぶりだろうか、純粋に楽しみで、フィナは思いを馳せる。


 ──フィナは親を亡くした後、長寿族の長と旧知であったレテランド王に引き取られ、幼少期を王城で過ごした。

 王子であるアルバス様と、王女であるミーティア様と、フィナは共に育ったのだ。


 だからフィナにとって王室は家族同然で、王城は特別な思い出が沢山あるところ。


 詩人と出会ったのも、あの城だ。


 レテランド王に引き合わされた彼もまた親を亡くしたばかりで、二人で本を読んだり、ミーティア様とアルバス様も含めた四人で、中庭を駆け回ったり。


 まだ彼が「声」を出して話していて、私が外の世界なんて何も知らなかった頃。


 あれから、何年も経った。

 フィナは今でこそ、詩人の妻だけれどこうなるには様々な出来事があって。

 

 色々と思い出したら楽しくなってきて、フィナは小さく笑った。

 ……そろそろ眠る時間だ。


 仕事に追われる詩人のことを、ただの夫に戻してあげよう。

 フィナは寝台から立ち上がって、書斎へと歩く。


 ──きみには、いつも幸せでいてほしい。


 いつだったか掛けられた、幼い少年の言葉を思い出しながら。

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