発式世界の式闇師
谷遣航
第1章 発式世界と式闇師
第1話 交界の邂逅
空間が裂ける――。
突如として目の前の景色が水面を揺らしたように波打つ。そして歪み、縦に引きちぎられるようにして禍々しいほどの大きな口を開けた。俺の身長ほどのそれは、周囲の風景に溶け込むことなく異質な存在感を放っている。
5月も半ばの綺麗な夕日が水平線に沈む。お決まりのジョギングコースの終点、町を見下ろす小高い丘の頂上、一息ついて呼吸を整える俺の目の前に広がった空間は不気味なほどの暗闇を孕んでゆっくりと開いていく。
そこから現れたのは……、
って何呑気なこと考えてんだ!
ヤバいヤバい、一体何が起こってんだ⁉
映画の撮影か? 未知なる自然現象か?
ってかそもそもここは本当に俺の知ってる世界か⁉
知らないうちにパラレルワールドにでも飛ばされたか?
俺、
この町は人口こそ少ないが山と海に囲まれた自然豊かな土地で、その地の利を活かした漁業では一時期近隣の市町村にも引けを取らない水揚げ量を誇っていたそうだ。しかしそれも過去の話。二十年前に人口減少によりその役目を終えた船着き場は、今は個人所有の小さな船が十数隻停泊しているだけである。過去の栄華に取り残されたようなその場所は、いつしか俺のお気に入りの場所となり、ジョギング終わりに必ず立ち寄ることが習慣になっていた。
そんな思い入れのある船着き場と同じ方向に、ちょうど俺の視界からそこだけを隠すかのようにその口は鎮座している。
何も大きな事件など起こらない。ただゆったりとした時間が流れる平穏な町。少なくとも今までそう思っていた俺にとって、その考えを根底から覆すことが起きようとしているのかもしれない。
なんてことを考えながら空間の裂け目に目を奪われていた俺は、そこでやっとその中でもぞもぞと何者かがうごめいていることに気が付いた。
あれは、女の子?
空間の裂け目に手をかけて、またぐようにしてこちら側に足を踏み入れようとしている。
「よいしょっと……」
裂け目をまたいだ彼女は、俺の目の前の地面に足を着けた。
「…………」
眼前に広がるあまりにも非日常な風景に困惑していると、彼女は黒く綺麗に輝く長い髪を揺らしながらゆっくりと振り向いた。
「あれ、こんなとこに出ましたか。……ん? 誰かと思えば夕後さんじゃないですか。こんなところで何をしているんですか」
黒髪の彼女は怪訝な表情を浮かべることなく、さも日常の1コマであるかのように俺に質問してきた。
「ここはいつものジョギングコースのゴールで……ってあれ? 君は俺のことを知っているのか? ってかそもそもこの裂け目は何なんだ?」
そこで初めて彼女は怪訝な表情を浮かべた。
「……? わたしがもしかして間違えてますか? 人の顔覚えるのは自信あるんですけど」
そう言って彼女は俺の顔を覗き込んでくる。大きな瞳に不意に吸い込まれそうになった。
「ちょちょっ、待って!」
思わず俺が後ずさりすると彼女はさらに顔を近づけてきた。
「逃げないでください。記憶違いなんてことはないはずです」
彼女は俺の言うことなどおかまいなしに顔を覗き込んでくる。俺は努めて冷静になろうと、深呼吸してから疑問を投げ掛けた。
「そもそも君は俺に会ったことがあるのか? それで俺の名前を知ってるってこと?」
すると彼女は首を傾げながら心配そうに問いかけてきた。
「夕後さん、どうしちゃったんですか? 昨日のこと、覚えてませんか?」
「昨日のこと?」
俺が彼女の言葉を反芻すると、目の前の少女は「そうです、昨日のことです」と頷いた。
そんなことあったっけ? 俺は拙い記憶力をフル稼働させて思い出してみる。
そういえばあの時――。
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