第2話


 思えば、由香子との友情は受験に始まっていた。

 高校受験の時、偶然出会ったのだ。なんと受験番号がひとつちがいだった。

 同じ中学の友達がいない部屋で、私は緊張していた。腕から外して机の上に置いた時計とにらめっこしながら、次の試験の時間を待った。


 ——ゆとりがある人はいいなぁ、なぜこの中で笑いあえる友人がいるのだろう?


 緊張で手が震えた。

 うっかり転がしてしまった消しゴムを拾ってくれたのが由香子で、そのときは

「ありがとう」

 と声をかけ、かすかにぎこちなく笑っただけだった。普通に微笑んでくれた由香子のゆとりに、私はますます焦った。

「がんばろうね」

 という言葉に、この人は私よりも頭がよさそうだなぁ……などと、感じてしまったのだ。



 由香子との偶然の再会は、合格発表のときだった。

 北の国だ。桜の代わりに白いボタ雪が降っている、じめりとした重たい空の日だった。

 このような日は嫌いだった。雪の上を歩いているのではない。水の上を歩いているみたいだ。

 信号待ちで、車がはねあげるシャーベット状の泥水をかぶってしまい、なんだか嫌な予感がした。

 しかし、私の番号は白い掲示板に黒々と書かれてあった。だめだと思っていたのにだ。

 私は歓喜にはしゃいだのだが、それは由香子も同じだったのだ。

 並んだ番号を同時に指差して悲鳴をあげている人がいた。さらに飛び上がって喜び、気がついたら、隣で彼女が同じ行動をとっていたというわけだ。


 受験番号が隣同士だから、ありえないことではなかったが、発表を見た時間まで一緒というのは運命的とも言える。

 受験の時に消しゴムを拾ってくれたことは、私の記憶のスミッコに追いやられてしまい、すぐにお礼とかおめでとうとか、そういう言葉は出なかった。

 しかも、顔なども覚えている自信がなく、やや色素の薄い瞳や、色白の顔から、利発そうに見えた受験当時のイメージとの相違に戸惑っていた。

 別に声を掛ける必要性も、感じていたわけではなかったのだ。

 そんな状況で、なぜ、由香子と言葉を交わしたのか、あまりおぼえていない。


 確か……。


 由香が飛び上がった瞬間に、何かがきらりと光ったのが見えた。

 それはスローモーションのように落ちていって、音も立てずに彼女の足元で消えた。

 忘れ物をしたような複雑な表情で由香子が去ったあと、私は気になって足元の雪を靴で蹴り、掘ってみた。

 銀色のものがきらりと光った。自らの重さですぽりと雪に埋まってなかなか拾えない。

 五百円玉だった。

 雪を払うと、冷たく濡れていた。

 私はすぐに追いかけて

「あの、ちょっと……」

 と声をかけた。

 そして、五百円玉を載せた手のひらを開いて見せた。

 彼女は校門を出かけたところだったが、少し怪訝そうな顔をして、それからステンコートのポケットを探った。

 思い当たるふしがあったのだろう。

 紺地のコートは中学生のコートにしては着古した感じで、袖口が時計で擦れてほころびていた。

 後から知ったのだが、それはお姉さんのお古だったらしい。

「あぁ、どうも……」

 と、彼女はポケットを返しながら言った。

「でも、それは賽銭用にもらった使いそこねの五百円だから」

 一瞬、ばつの悪そうな顔をして、彼女はにこっと微笑んだ。

「あ、そうだ! あなた、一緒にお茶していこうよ」

「え?」

 当時の私はファーストフード店にすら入ったことがなかった。

 中学生なのに、知らない子をお茶に誘えるなんて、この子はすごい子に違いないとびっくりした。それともこの子の学校では当然のことなのだろうか?

 それも後からきけば、姉の影響のせいだなどと、由香子は笑ったものが。

 とにかくそんなこんなで、由香子と私は友達になった。

 クラスだって、どういうわけか三年間一緒だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る