第10話 危険予知の天敵
第四章
昼休みの校舎裏というのは誰も居ないのが通説だと思う。普段は有明君と教室で昼休みを過ごしていたので実際に来たことはなかったけれど、案の定誰も居なかった。
だから今、この場には僕を含めて三人しか居ない。
「どういうつもりなの、君島君?」
危険予知を一日に一回聞いてしまう体質をもつ、時任さん。
「それで話って何? 早く済ませて百合とご飯食べたいんだけど」
そして、普段は天真爛漫な表情を振りまいているけれども、今はこれ見よがしに不機嫌な表情を見せる柳さんだった。
この場に僕ら三人しか居ないことは事前に確認済みだ。有明君には野球部の人たちと昼ご飯を食べてもらうようにお願いをした。有明君は終始「後で説明しろよ」とうなっていたが、説明できるかどうかはこれからの時間で決まる。
「まず、これを二人に知ってほしいんだ」
不審げに僕を見る二人に、とあるページを開いたスマートフォンを渡した。
「・・・・・・何が言いたいの?」柳さんが訝しげに発言する。
柳さんの隣に居る時任さんも不安げに僕を見つめている。
まあ無理もないだろう。
何も情報がない状態で画面を見たらーー何の変哲も無い滝東高校の衛生画像しか見えないのだから。
「画面をスライドしてみて」
「・・・・・・こう?」
少しスライドして、見つけたアイコンを一度押した柳さんは、不信感を増大させた。
隣に居る時任さんはーー衝撃を受けていた。
それもそのはずだ。
画面に映し出されているのはーー『今年度に危険予知が発生した場所と内容の一覧』だから。
危険予知が広まった時から防衛省がまとめている情報である。最大は世界地図、最小は近所の公園レベルにまで拡大縮小可能なマップに、危険予知の場所と詳細がまとめられている。
滝東高校以外の場所では危険予知が発生し、滝藤高校では危険予知が発生していなかった。 今年度に入り三ヶ月になるにも関わらずーー時任さんが在学している高校にも関わらずーーだ。
「君島君、これ・・・・・・!」
「ねえ時任さん。柳さんにはあのこと話してないの?」
あり得ない事実に思わず詰め寄ってきた時任さんを制止ながら質問をした。
「え、ええ、そうだけど」
「何で?」
「・・・・・・これまで君島君以外には誰にも言ったことはないわ。言わなくても離れていったから。私と一年も一緒に居てくれたのは、薫だけ」
時任さんが気づけなかったのも無理はない。これまで誰とも一緒に過ごすことが出来なかった時任さんが唯一過ごせたのが柳さんだけだったんだ。
その嬉しさにただただ浸っていたいのも仕方の無いことだと思う。
「柳さんが時任さんと一緒に居られるのは、何も柳さんが優しいからだけじゃない」
「それって・・・・・・」
「柳さん」
「ちゅっと、百合とどんな関係なの?」
信じられないという表情で左を向く時任さんの視線の先には、話の方向性がわからいままとりあえず僕を睨む柳さんが居た。
「柳さんは、危険予知って聞いたことある?」
「え? 無いけど」
平然と、そう言いのけた。
「え、何、なんで二人ともそんな驚いてるの?」絶句する僕らをみてあからさまにうろたえた。「そんなパンパン目の当たりにすることないよね? 事件とか事故とか、そうそう巻き込ま」
「時任さん、話して良い?」
「・・・・・・私から話すわ」
柳さんの話を遮って申し訳ないけれど、有無を言わさず切り出すことにした。
「ねえ百合、君島君とどういう関係なの? なんかやけに親しげじゃ」
「薫。私ね、一日に一回危険予知を聞いてるの」
「え・・・・・・な、え?」
急展開の連続で柳さんには申し訳ないが、それでも必要な時間だった。
柳さんは「何言ってるの?」と最初は疑っていた。でも真剣な表情の時任さんを見て、次第に落ち着きを取り戻していく。
「そんな訳なくない? だって私、百合と一緒に居て一度も危険予知聞いたこと無いよ」
「それなんだよ、柳さん」
必要な情報と状況は全て揃った。
回り道はせず、直球で話を進めよう。
「柳さんは、危険予知を回避出来る性質を持っている可能性が高い」
「・・・・・・うえええええええ?」
より一層意味がわからないと言う表情をみせる柳さんにかまわず、「それだけじゃない」と話を続ける。
「しかもその性質は、時任さんの性質よりも強いものだ」
僕は、こう言い切った。
「ど、どういうことよ」
「危険予知を発生する性質をもつ時任さんと危険予知を回避する性質をもった柳さん。二人が一緒に居て結果的に回避出来ているのなら、柳さんの性質が時任さんの性質に勝っていることになる」
「・・・・・・それだけ聞くと、私ってとんでもないんじゃ」
「その通りだよ、柳さん」
僕は当然のことながらーー時任さんも、今すぐ笑い出したい衝動を必死にこらえていた。
危険予知に打ち勝つどころか、危険予知を回避できる。
その可能性が今、はっきりと提示されたのだから。
「そ、それなら、さ」
柳さんはというと、何故か両ほほを手で押さえながら、もじもじとさせていた。
「私と百合は、ずっと一緒に居た方が良いってこと?」
「そう、それを今まさに提案しようとしていたところなんだ!」
僕の予定していた発言を先回りして言ってくれたことに感謝しつつも、柳さんが上気めいた表情をしていることが不思議だった。
「え、いつも柳さんってこんな感じなの?」
わからないことは悩んでも仕方が無いので、時任さんに聞いた。
「ええ、たまに」
「どんな時に?」
「コーヒーを回し飲みする時とか、お昼ご飯を分けてあげる時とか」
「・・・・・・それって」
「じゃ、じゃあ、さ!」
僕が指摘するよりも先に、柳さんは右手を思い切りあげてこう叫んだ。
「これから私、ずっと百合と一緒に居る!」
言葉を選ばず表現しよう。
この瞬間、柳さんは明らかに悦んでいた。
そんなことも露知らず、時任さんは「嬉しいわ! ありがとう、薫!」と素敵な笑顔で柳さんに抱きつく。
「え、えへへ、や、やった、やった・・・・・・フヘヘ・・・・・・」
柳さんは、緩みきった口の端からよだれを流していた。
「・・・・・・・・・・・」
時任さんが意外と鈍感ということを学びながら、僕は若干の苛立ちを感じていた。
何故苛立ちを感じるのかはよくわからないし人の色恋沙汰にケチをつけるつもりはないけれど、それでもむざむざと二人をずっと一緒にしてはいけないと思った。
「そこで提案があるんだ」
二人の勢いを遮るように、こう言った。
「三人で、時任さんの家に泊まろう」
この発言を聞いた柳さんはそれはもう表情を明るくし。
時任さんは、それはもう世界で一番汚い汚物を見るかのような目で僕を睨んだ。
心外といわざるを得ない。
何も邪な目的ではないからだ。
時任さんが一人暮らしということは知っていたし、女性が二人ーーしかも一人はソフトボール部の女神と来たらーー僕が一人暴走したところで返り討ちになるという前提があってのお願いでもある。
「・・・・・・言いたいことはわかるのよ」
時任さんはため息をつきながらそう言う。
「要は実験でしょう。君島君の仮説が正しければ、もしかしたら私の性質を抑えられるかもしれない。けれどもそれに薫を付き合わせるのはどうなのかしら。ねえ、薫はどう思」
「私と百合ちゃんがお泊まり・・・・・・お泊まり・・・・・・!」
話をふられた柳さんはハァハァと息を荒げながらなんとか反応していた。
「最高・・・・・・最高だよそれ・・・・・・ありがとう君島君・・・・・・ごめん、君のこと誤解してたよ・・・・・・!」
「うん・・・・・・僕も柳さんのことを誤解してたよ・・・・・・」
「良いアイデアだと思うよ! お泊まりしてあんなことやこんなことしよう!」
「ありがとう、私も家に招待したい気持ちはあるのよ。でもそれにしたって、汚ぶ・・・・・・君島君も一緒というのはどうなのかしら」
「今僕のことを汚物って言いかけなかった?」
「確かに君島君は邪魔でしかないよ」柳さんは尚も興奮しながらも、時任さんの肩を思い切り掴んだ。それはもう決死の表情だった。「でもね、それでいいと思うの。初めてのお泊まりが二人きりだと何するかわからないし」
「何って・・・・・・?」
「何でも無い、何でも無いの! とにかく! 私は賛成! ぐっじょぶだよ君島君!」
「ありがとう・・・・・・」
全力で雄叫びをあげる柳さんを前にして大変申し訳ないけれど、この提案をして本当によかったのだろうか不安になってしまった。柳さんの暴走を助長させる結果にならないだろうか。
それでも、時任さんの今後のために必要な時間という事実は変わらない。
「・・・・・・わかったわよ。ありがとう、君島君」
「どういたしまして」
やれやれとでも言いたげな口調の中で、微妙に微笑みを浮かべていることに気づいた。唐突な展開ながらも柳さんが家に泊まりにくることが嬉しいのだろう。
「何にやにやしてるのよ気持ち悪い」
「辛辣すぎでしょ本当に!」
鉄は熱いうちに打て。
放課後、僕ら三人は柳さんの家に集合した。
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