第7話 抵抗

第三章


「毎日会いましょう」

 これが時任さんからの提案だった。

「えぇっ?」と真っ先にうろたえてしまったけれど、時任さんの言うことは最もでしかない。

 彼女は一日に一回危険予知に巻き込まれる。 であるならば、僕らの目的達成のためには毎日行動を共にする必要がある。

「おはよう」

「・・・・・・おはよう」

 という訳で、僕らは翌日の日曜日も一緒に行動することになった。集合場所は土曜日と同じ改札前。ひとまずカフェに行き、砂糖とミルクを豪快にコーヒーにぶち込む様子にどん引きしながら「それで」と話しかける。

「今日はまだ危険予知に巻き込まれてないの?」

「ええ、まだよ」

「普段はいつ頃発生することが多いの?」

「平日は登下校の時が多いわね。ありがたいことなのかはなんとも言えないけれど」

 学校に居る間に危険予知が発生していたらおちおち学生生活も送れないだろう。

 都合が良いと言ってしまえばそれまでだが、何か打開策につながる情報かもしれない。一応スマホにメモをしておくことにした。

「なんでメモしてるの・・・・・・?」

「あ、ごめん。人が話している前でスマホいじったら失礼だったね」

「そういう意味ではなくてね、私との会話をメモする必要は無いんじゃない? こっぱずかしいのだけれど」

「少しでも早く時任さんのことを把握出来るようにまとめようと思ったんだけど・・・・・・ダメかな・・・・・・?」

「・・・・・・まあ、いいわ。気にしないことにする」

「ありがとう」

 ちびちびとコーヒーを飲み一呼吸おいてから改めて話しを続ける。

「休日は・・・・・・そうね、巻き込まれるとしても朝か夕方・・・・・・平日と同じかも」

「あれ? なんか曖昧だね」

「休日、基本的に家から出ないようにしてるのよ。危険予知を聞くとしてもかなり遠くから若干聞こえる程度だからいつ・どこでっていうのは意識してないわ」

「なるほど」毎日危険予知に巻き込まれるとしたら、家にずっと居た方が確かに安全かもしれない。「でもそれ、親御さんは不審に思われない?」

「思われないわよ。私、一人暮らしだもの」

「・・・・・・え、あ、そ、そうなんだ」

 思いがけない発言にうろたえてしまった。こういうときは間違いなく冷静に反応するべきなのに。

 それ以上聞かずとも容易に想像出来た。

 彼女は、とっくの昔に両親から不審に思われてしまっているんだ。

「面白いくらいしどろもどろになるのね」目つきは冷ややかながらも、彼女はほほえんでいた。「ありがとう。でも気にしなくて良いわよ。昔のことだもの」

「・・・・・・ごめん」

「謝る必要は無いわ。仕方の無いことだし」

「・・・・・・ありがとう」

「はいはい。どういたしまして」

 ゆっくりとコーヒーを啜る。熱さは緩和されたようだった。

「だから私はずっと家に居たの。家の中で危険予知が放送されても被害は私一人だけで済むしね」

 だからね、と彼女は続ける。

「こういう風にお出かけするの、久しぶりなの。いつぶりなのかはちょっと私にもわからないくらい」

 コーヒーを飲み終わると、彼女は立ち上がった。

 足早に駆けていく様子を見ると、楽しそうではあると思う。

 ーー守らなきゃ。

 彼女がこうやって外で遊ぼうとしているのは、他でもない、僕が行動を共にすると言ったからだ。

 もう二度と見放したりしない。 

 彼女の後で代金を払った後、店を出た。


 *


 今日は映画館に行った。世間を賑わしている話題作・・・・・・ではなく、いわゆるB級映画だ。映画館は最寄り駅から歩いて十五分で、路地裏の角を二回曲がったところにあり、良い感じにさびれている。

 観たい映画は『サメ対ゴースト』。

 安直かつざっくりとした邦題が僕の興味をそそった。

「ありがたいけど、無理に人が居なさそうな場所を選ばなくてもいいのよ」

「いや、単純に僕が観たいっていう・・・・・・」

「えっ、これを? あ、ごめんなさい、言い方悪かったわね・・・・・・えーと、この、人を選びそうな映画を観たいの?」

「そうだよ。『サメ対』シリーズっていうのがあってね、これはちょうど五作目なんだ」

「そんなにやってるのこれ・・・・・・」

「日本だとこの映画館含めて五十カ所くらいしかやってないんだよ」

「一県に一カ所以上あるのが衝撃で仕方が無いわ・・・・・・」

「観終わったらカフェで感想言い合おう!」

「・・・・・・わかったわ、楽しみにしてるわ」

 何故か気合いを入れているようにみえたがこの映画の前では些細なことだった。前作の『サメ対チェブラーシカ』では意外とサメが苦戦していたが、今作はどうなんだろうか。楽しみだ。

 映画の冒頭は、こんなナレーションから始まった。

『危険予知放送が全世界に広まってから早数十年ーー。その危険予知に唯一影響を受けない存在がゴースト。そして、危険予知そのものである存在が、サメだった』

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