第5話 事件

 ひとしきりジムのマシーンを体験した後、次の目的地へと向おうとした。ちなみにジムにはシャワールームやサウナもあるため、朝行ったとしても汗を洗い流してその日を楽しむことが出来る。シャワー上がりの彼女を見て若干良いなと思ったのは心の中だけで「留め切れてないから」   

「うおっ! いきなり何!」

「別に」

 受付の方にリストバンドを返却しながら彼女は言う。

「それで? 一つ目の目的地は終わり?」

「うん」

「良かった・・・・・・」

 唐突にほっとした表情を見せてきた。たじろいでしまった僕だったけれど、「何が?」と何とか口にだした。

「何でもないわよ」

 そう言われて聞き返せるほど僕は彼女と仲が良くはなかった。

 次の目的地へとむかうため電車に乗ろうとする。正午間際の時間帯だったため、座ることが出来た。

「・・・・・・あと何駅?」

「三駅くらいかな」

「そう」

 この会話の後、僕らは無言だった。

 聞きたいことは多かった。

 何故今日一緒に行動しようと思ったのか。

 何故突然カフェに誘ったのか。

 何故僕と同じ横断歩道を歩いていたのか。

 何故、茜の話をしてこないのか。

 ーー茜は今、どうしているのか。

 これらを聞く権利は僕にはなかった。彼女が話してくれるのを待つ以外に選択肢はない。『次のニュースです』

 出入り口の上に設置されてあるテレビにて今日のピックアップニュースが流れている。

『昨日、久屋大通の交差点にて衝突事故が発生しました』

 どうやら僕と彼女が巻き込まれた事故がニュースになっているらしい。その瞬間をどこからともなく撮影した映像が流れている。こういう映像は一体誰が撮っているのだろう。わからないが、危険予知の放送と、僕と彼女が背中ではあるものしっかり映っていることが、事故現場を撮影した何よりの証拠だった。 事故や事件のニュースを流す際には大抵危険予知の放送が挟まれる。ただ事件や事故などそうそう起きないから、発生してしまった場合にはこうしてニュースに取り上げられるという訳だ。

「ねえ。あと何駅?」

「あと一駅だけど・・・・・・」なぜ同じ質問をしてくるのかわからなかったので彼女を見てみた。

 ガタガタと、全身が、震えていた。

「だ、大丈夫!」

「大丈夫。平気。あと一駅なら大丈夫」

「いや、そんな震えながら言われても!」

 こういう時に何をすればいいのかがわからない。

 慌てふためいた僕は、とっさに、彼女の手を握った。

 勝手なことだとは思うが、少しでも震えが落ち着けば良いと思った末の行動だった。柔らかい手が一瞬たじろぎ尚も震えるが、それでも、徐々に和らいでいくように感じた。

 そうして次の駅に着き、多くの人と共に電車から降りる。

「一旦落ち着こう、そうしよう」

 そう言いながらホームの椅子に座ろうとした。

「ダメ!」しかし彼女は、全力で拒否をした。「今すぐこの場から離れましょう!」

「わ、わかった・・・・・・」

「早く、早く・・・・・・」

 ぶつぶつとつぶやく彼女が何故そこまで追い詰められているのかがわからなかった。

 けれども、ここまで追い詰められている彼女の意見に逆らわない訳がない。何を言っても冷めた目で対応していた彼女が、今は冷や汗をかいて狼狽している。

 とにもかくにも駅から出て落ち着かせようと思い、彼女の手を握りながら走り改札を出たーー

 そのときだった。


「まもなく、死者一名の事故が発生いたします。ご注意ください」


 警報がなりながら女性の声がホームを響かせる。

 まるで次に来る列車の予告のようだった。

「嘘だろ・・・・・・」

 そう思うのは僕だけではなく、ホーム内に居る人たちもだった。全員が「急げ急げ!」とあおるようにホームから出ようとする。階段に居た人は勢いよく降りる。改札は危険予知が放送された直後に機能をストップし、全員を通すようになっていた。

 彼女の手を握り人の荒波から外れながら、かろうじてホームの中を一瞬見た。

 ーー一人だけ、ホームに残っている人がいや。

 スーツを着ていた。二十代前半くらいかと思う。何故あの人だけ何もうろたえず、まるで何かを待っているかのようなーー

 次の瞬間。

 その人は、何の前触れもなくホームの中に落ちようとした。

 次の瞬間。

 電車がやってくる。危険予知は流れたものの止まりきれないということだったのだろうか。

 ーー次の瞬間。

 電車が、何かを引きずりながら、ホームに到着した。


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