第4話 休日
第二章
生まれてこの方デートなどしたことがなかった。中学の頃は自然科学部という部活に入って共学なのに男子校のような生活を送っていたし、高校生になってからもそんな生活になるんだろうなあとぼんやり思っていた。ちなみに自然科学部とは週一で集まって豆腐を作ったりパズルをしたりする部活だった。我ながら意味がわからなかった。
閑話休題。
デートとはいったものの、決して心躍るものではなかった。
「条件を二つつけるわね」
昨日、カフェにて彼女は唐突にこう言い出した。
「まず一つ目。『明日』、デートをしましょう」
「ちょっと待って、全然ついていけてないんだけど」
「明日、デートをします」断定の形にわざわざ言い直し、有無を言わさず続ける。「いくら君島君といえど、土曜日には予定が入っているでしょう。でも安心して。その予定を変更する必要はないわ」
「ねえ、一回さ、一回僕の話を聞こう。そこから始めよう。お互いそんな生き急いでいる訳じゃないしさ」
「条件二つ目。あらかじめ立てていた君島君の予定に、全部乗っからせてもらうわ」
「話を聞いてくれ!」
「よかったわね君島君。いくら初デートだからっても女の子をエスコートしなくていいの。いつも通りの休日を過ごせば満足してくれる女の子なんて、そうそう居ないわよ」
「は、初デートとか、決めつけないでよ」
「という訳で、明日、何時にどこに何を持って集合する?」
ーーここまで彼女は口元でしか笑っていなかった。
その後カフェにて三十分くらい押し問答を繰り広げたものの、結局根負けしてしまった僕は彼女に連絡先を教え、メッセージを送ったーー
「午前九時。改札前。運動着と室内シューズを持って集合。・・・・・・うん、ちゃんと待っててくれたのね。偉い偉い」
そう言いながら彼女はきっちり午前九時に到着した。
彼女は昨日と変わらず制服を着ていた。
「まだ私服を見せるほどの仲じゃないわ」
「そこは別にどうだって良いよ」
「嘘ばっかり。げんなりしてたわよ。というか女の子をみた直後にげんなりするとか、本当によくないから。『休日にも制服を着るタイプの人なんだハァハァ』くらい言いなさい」
「実際言ったらアウトでしょそれ」
「言ってみれば良いじゃない」
「・・・・・・休日にも制服を着るタイプの人なんだハァハァ」
「クソ気持ち悪いわね」
「朝から何なのこの仕打ち!」
女子がクソとか朝っぱらから言うのはどうなのそれとも叫んだが、彼女は全く意に介さず「さ、行きましょうか」と一言発した。「今日一日どういうスケジュールかあえて聞いてないんだから、しっかりエスコートしなさい」
「・・・・・・エスコートしなくて良いって言ってなかったっけ」
「何か言った?」
「いや、何も」
不満は大量にあったがいつも通りの休日を送って良いということならば、彼女がいてもいなくても問題ないと考えた。
「今日は三つ予定があるけど、大丈夫?」
「良いわね。充実した休日になりそう」
「了解」
それに、多分、一つ目の目的地で彼女は愛想を尽かすと思う。
*
「運動着と室内シューズってそういうことだったのね・・・・・・」
無表情ながらも、彼女の語気が動揺しているのは手に取るようにわかった。
それもそのはずだろう。
女性とのデートで間違いなく選ばないところだし、しかも初デートという場面でここを選んだらその人は女性と付き合うという概念から一旦離れた方が良い。
僕が最初に向かったのは、ジムだった。
それも、公民館によく併設されている安価なジムではなく、鍛えることを目的としているゴリゴリのジムだった。
「あなた、いつ頃から通ってるの?」
「・・・・・・一年前くらいかな」
「・・・・・・なるほどね」
一年くらい前は、ちょうど、あの事件が起こった時だっただろう。
「一年通っている割にはそれほど鍛えられていないように見えるけど、そんなものなの?」
「元々痩せ型で、筋肉にするための脂肪がついていなかったから」
「ふうん」
さして興味なさそうにしながら、受付の肩から黄色いリストバンドを受け取っていた。これを着けていればジム体験者だと一目瞭然になる。ちなみに今はキャンペーン期間なので、会 員と一緒に体験をする時には無料になる。ジムに女子を連れて行くと決意できた要因としてはこれが一番大きい。
そんなこんなで、彼女は運動着に着替えた。半袖半ズボンで、上がピンク色、下が黒色という色合いが特徴的だった。
ひとしきりウォーミングアップとストレッツをした後、いよいよ筋トレという具合になった。
「それで、何をすればいいの? トレーナーの人が教えてくれるの?」
「体験の場合はマシーンの使い方くらいは教えてくれるけど、トレーニングの指示はないんだ」
「まあ、無料で使わせてくれるだけでも太っ腹だものね」
特に不満げな様子はなく、彼女はじっと僕の方を見た。
「初心者は何をすればいいか・・・・・・君島君は最初何をしたのか、教えてくれる?」
「オーケー」
まずはこれかなと僕がオススメをしたのは、『ラッドプルダウン』というマシーンだった座った後、クッションを用いた固定具で膝を固定できる位置を見つける。ちょうど良いなと感じたら軽く立ち上がり、上にあるバーを手に取る。そのバーには重りがついていて、そのバーを座りながら胸に近づける動作によって背中の筋肉をつける。
「とまあ、こんな感じ」
僕が見本を見せながら説明すると、彼女は「なるほどね」と言った。「やってみても良い?」
やる気をみせてくれて若干うれしかったものの、昨日の理不尽さを思い出し顔に出すのは止めた。
重りを三十ポンドにし、ラッドプルダウンを試みてもらう。
「ン、フウ、ウンッ、ンンッ」
「・・・・・・」
なんか、なんだろう、異様に艶めかしかった。
声の漏らし方もさることながら、胸に向けてバーをおろしていくもんだから、胸の部分が強調されてしまっていた。
運動着に着替えた時には気にならなかった部位が、やけに気になって仕方が無い。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・何か変なこと考えてない?」
「考えてません!」
「そうなの」と一言返しはしてくれたものの、彼女は完全にジト目になってしまっていた。やばい、このままだとそういう目でみたいからジムに来たという感じになってしまう。
「つ、疲れたよね! そんなにきつくない筋トレしよう!」
そういって連れて行ったのはロータリートルソーというマシーンだった。簡単に言えば横腹を鍛えるマシーンだ。まず座り、前側にある固定具を抱きかかえる。椅子が百八十度回転するので左端もしくは右端に椅子を動かす。椅子に重りがついているので、抱きかかえながら椅子を前側にもっていくことによって横腹が鍛えられるという仕組みだ。
「フンッ、ンンッ、ン、フッ」
「・・・・・・・・・・・・」
固定具を抱きかかえているせいで先ほどまで強調されていた部分が押しつけられていた。 明らかに男性にはない弾力が押しつけられている様子がずっと続く。
何だこの情景。
そもそも僕は何をしにジムに来たんだ。
この時間は何なんだ。
「ねえ、君島」
「はいっ」
想像以上に冷たい声だった。呼び捨てにさえなってしまっている。
「あなた、これが目的だったの?」
「ど、どれでしょうか!」
「さっきからあなたの視線が気持ち悪いんだけど」
「そんなことないっすよ! 僕は、単純に、普段やっている筋トレに励みたかっただけで!」
「ふうん・・・・・・」
尚もジト目ではあったものの、一息ついた彼女は、「まあいいわ」とつぶやいた。「筋トレ自体は楽しいし、チャラにしてあげる」
「・・・・・・ありがとうございます」
「そこで感謝した時点でおしまいだから」
「ああっ、そうか! ごめんなさい!」
「もういいわよ」
ーー後に、彼女はこの時を振り返ってこう言う。
ーー「この時が初めて貴方に笑顔を向けた時だったかも」と。
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