第2話 理由

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 商店街の中にある古びたカフェに入った後、僕らは何もしゃべっていなかった。もっと言うと移動にかけた五分間、彼女の方からは何も話しをしてくれなかった。

 いくら僕が「恩返しなんて気にしなくていいよ」「ちょっと待ってよ、どこに行くの?」「まずコミュニケーションしよう。そこから始めよう」「聞こえてる? ウォオイ!」と話しかけたところで何も反応してくれなかった。彼女の手を振り払おうに女子とは思えないほど力強く、思うようにいかなかった。無言で商店街に入り、無言でカフェの入り口を開け、初老の店員さんには「二人、コーヒーで」と言葉を発した。

 向かい合わせで座った途端、彼女はじっと僕の方を向いていた。

「な、何でこっち向くの」

「・・・・・・・・・・・・」

「何か言ってよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 何を言っても彼女はずっとこの調子のため、完全に諦めた。なるようになれという感じだ。とにもかくにも彼女の気が早く済めばそれに越したことはない、と思った。

「はい、コーヒー二つね」

 初老の店員さんが持ってきてくれたのはホットコーヒーだった。砂糖とミルクも一緒に持ってきてくれて、僕はホッとした。ミルクを入れないとおいしくならないのがコーヒーだからだ。

 と、思っていたら、目の前の彼女は机においてあるミルクと砂糖をすべて自分のコーヒーの中に入れた。

 唖然としている僕と初老の店員さんを尻目に、「いただきます」と言った後一口飲む。これ以上無いほど幸せな表情をしていた。

「・・・・・・砂糖とミルク、要るかね?」

「ミルクをお願いします、ありがとうございます」 

 改めてミルクを頼むのはブラックコーヒーが飲めないことをカミングアウトするようで若干恥ずかしかった。けれども強がることなく素直にお願いすることは、人生において必要なことだと思う。

 そんな僕の葛藤など意にも介さず、ちびちびと飲んではご満悦な表情をしている。豪快な行動のくせにちびちび飲むんだなと思ったら、時折「熱っ」とつぶやいていたので、単なる猫舌だった。

「冷めてからのめばいいじゃんか」

 呆れた感じを少し含んで僕は言う。

「冷めたらそれはもうホットコーヒーじゃなくてアイスコーヒーでしょ」

 さも当然と言わんばかりに彼女は反論してきた。

「というか君島(きみしま)君、高校生にもなってブラック飲めないのね。情けない」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」

「私の場合、これが飲めるのは逆にすごいでしょ。何なら飲んでみる?」

「いやそれは全力で遠慮する」

「残念。美味しいのに」

 そう言い切ると再度チビチビとのみ、ご満悦になる。この表情は素直に魅力的だなとは思うが、この表情を見るのに必要な供物がえげつなさ過ぎて素直に良いなとはならなかった。

「・・・・・・ん?」ここで僕は一つ引っかかったことがあった。「何で僕の名前知ってるの?」

「時任(ときとう)百合(ゆり)」殊もなさげに彼女は言う。「私の名前」

 その一言で、二の句が継げなくなった。

 時任ーー

 その苗字には聞き覚えしかなかった。

 忘れられる訳がない。

 その苗字をもった彼女に対して、何も出来なかったんだ。

「君島君もご存じの時任茜(あかね)とは従姉妹なのよ。茜とは違う学校だったけど家は近かった。だから色々聞いたのよ、貴方のこと」

 うつむいてしまって何も言えない僕に対して、彼女は言葉を紡ぎ続ける。

「ーー君島君とは同じ部活だった。ーー君島君とゲームをして遊んだ。ーー君島君は謎解きゲームが好きで、よく二人でリアル脱出ゲームをしに行った。ーー楽しかった。君島君とは仲が良いから。・・・・・・これでもかってくらい、貴方の話を聞かされたわ。胸焼けするくらいだった」

「・・・・・・そう、なんですか」

「あら、突然の敬語ね。いいのよ、そんなにかしこまらなくて。何も私が年上って訳でもあるまいし」

「・・・・・・・・・・・・」

 何を喋って良いのかがわからない。何か言おうとするけれど喉の奥がつっかえて何も言葉にならなかった。

 目の前の彼女は、茜と僕の事情を知っているのだ。

 それなのに何故、僕とこういう風に接触しているのだろう。

 早くしないとアイスコーヒーになっちゃうわとつぶやきながらちびちびコーヒーを飲む彼女に向けて、思い切って話しを切り出す。

「・・・・・・どうして僕をここに誘ったんですか」

「その疑問は一足早いわね」

「は?」

「まず聞くべくは、『何故同じ時刻に同じ横断歩道を歩いていたのですか?』よ」

「な・・・・・・!」

 彼女は尚もコーヒーをすする。良いリアクションするわね、君島君と満足げにうなずきながら。

 その言葉をそのままの意味でとるとするならば、僕が彼女を助けたのは偶然じゃないということになる。

 彼女は意図的に僕の後ろを歩いていたーー

「あらかじめ僕に声をかけて、尋問する予定だったんですか?」

「尋問・・・・・・? 何言ってるの。そんなことするわけないじゃない」

「じゃあなんで!」

「君島君と一緒に事故に巻き込まれて、君島君に助けてもらって、君島君と関係性を持つためよ」

 ようやくコーヒーの熱さに慣れた彼女は、一気に飲み干した後、こう言った。

「私ね、一日に一回は危険予知を聞くの」

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