危険予知が放送される街

常世田健人

第1話 出会い

第1章


「まもなく交差点にて事故が発生します。ご注意ください」

 それは突然の放送だった。

 青信号の交差点を渡っている時だった。高校一年生になり早一ヶ月、そろそろ部活を決めなければならないなあと思いながらゆっくり歩いている時の出来事だった。

 普段は鳥の鳴き声しか流さないスピーカーから、アラーム音をBGMにしながら女性のアナウンスが鳴り響く。

 時同じくして、僕と同じ高校の女子が交差点を渡っていたのはわかっていた。とっさにその女子の方を向いてみると先ほどの放送によって体が硬直しているようだった。無理もないと思う。いくらこの放送が当たり前だとはいえども、実際に事故が発生すると言われて驚かない人は居ない。

 ーーふいに、親友の姿を思い出した。

「ッ・・・・・・!」

 だから僕は、とっさにその女子の手をとった。彼女の手は震えていた。力の限り前進し、彼女の手を引っ張り、交差点の向かい側に到達する。そこで止まることなく尚も前進した。アナウンスは僕と女子が渡っていた交差点の信号のスピーカーからのみ鳴り響いていた。だからそれほど離れなくても問題はないとは思うが、事故がどの程度の範囲に及ぶのかはそのときになってみないと正確にはわからない。それゆえの全力疾走だった。

 瞬間、重低音が鳴り響いた。

 地面が揺れ、その衝撃に耐えきれず前に倒れてしまう。とっさに女子の手を振り払えたのは我ながらよくやったと思う。だけどその女子も衝撃に耐えきれず、結果、僕の背中の上に乗っかってしまった。

「だ、大丈夫ですか!」

 がばっと立ち上がり、僕から離れながら言う。完全に前のめりになってしまったので顔が勢いよく地面に直撃していたけれど、「大丈夫大丈夫」と言いながら起き上がり女子の方を向いた。

 小柄な女子だった。肩まで伸びている黒髪三つ編みのおさげがまず印象に残った。きりっとした狐目で、心配そうに僕の方を見てくれている。 

 何の変哲もない出会いであればときめきか何かを感じたのかもしれないが、女子の背景に事故現場が広がっていてはそうも行かなかった。

 凄惨という言葉がこれほど当てはまるのも珍しい。

 まず目についたのは歩道の青信号に激突している乗用車だった。その後ろには乗用車が四台続き、最後に大型トラックが存在していた。赤信号で待っていた乗用車四台に、止まりきれなかったトラックが衝突してしまったのだろう。

 後から知ったことだが、この事故で負傷者は三名、死亡者は二名だった。

 火煙が立ち上がる事故現場をみて、僕は歯ぎしりした。

 またなのか。

 拳を握る力が強くなる。

「・・・・・・大丈夫?」

 女子が尚も心配そうな目で僕を見てくれる。一度反応した後黙り込んでしまったので心配させてしまったのだろう。もう一度「大丈夫大丈夫」と伝えた。

「そっちこそ、怪我はない?」

「私は、大丈夫。貴方がクッションになってくれたから」

「そう。それは良かった」

「・・・・・・・・・・・・」ほっとした様子の彼女は周りを見渡し、心配そうな表情に戻った。「毎回思うのですが、本当に警察を呼ばなくて良いのでしょうか」

「危険予知が放送された時点で警察も消防署も動いてくれているから大丈夫だよ」

「・・・・・・やけに詳しいですね」

「そりゃあ・・・・・・」

 二度目だからね、とは言えなかった。

「社会の授業で習ったからね」

「そうですか」

 急に彼女はニコリと笑った。

 どきっとした。

 ーーそれは色恋沙汰が発生するようなものでは決して無かった。

 目が全く笑ってなかったのだ。

 口の端だけ動かして、表面上笑っている。会話の流れから仕方が無く笑ってあげている、そういう感じだった。

「じゃあ行きましょうか」

 スッと無表情になりながら、少女はこともなさげに言う。

「行くってどこに?」

「決まっているでしょう?」

 彼女は僕の目を見て、こう言った。

「助けてくれた恩返しに、お茶でも行きましょう」

 そういう彼女は、やはり口しか笑っていなかった。

 僕の手を無理矢理引っ張り歩き出す。

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