第2話

 ここに連れてこられて、3年が経った。

 同じ箱に詰められてきた本たちは、同じ本があったりでここに残っていない本もあるけれど、きれいにカバーをかけられたり、ラベルを貼られて並んでいる。

 僕は、書庫の中の電動書架という棚に並べられている。必要な時に必要な棚だけ見られるようになっているらしい。古かったり、傷んでいたり、あんまり手にとってもらえない本が並ぶ場所だと隣の本に言われて、はじめはとても悲しかった。3年経ったいまも、やっぱりさみしい。だって、ここにくるまではずっと、いつでもおじいちゃんに手に取ってもらえる場所にいたのだ。

 ここに来て3年。毎年1回の点検作業のとき以外、僕は棚の外に出ていない。外から帰ってきた本は皆どこか誇らしげで、そんな彼らのことが、僕は羨ましい。


「えーと、児童の棚は……と、ここか。よーし」


 ぐーるぐーるぐーる、と歌うように節をつけて電動書架が動くのを待つのは、この秋からここで働くことになったらしい、年若い女性だ。元々手動集密書架のある図書館に勤めていたのでついつい手で回す時の効果音を歌ってしまう、とは本人の言だ。この書庫に来て何度目かに、ぼやいていた。

 今日はどうやら忙しいらしい、ないし、忙しくないらしい、というのは彼女がここに来たときの様子でだいたいわかるというのがここ最近の本棚では話題になっている。この様子では、きっと今日は余裕があるのだろう。

 電動書架が動いて、開いたのはちょうどこの棚。今日は誰が連れ出されるのだろうかとひそひそと近くの本たちは声を交わす。もちろんその声が聞こえている筈もない彼女は、ふんふんふふーん、と鼻歌を歌いながら、棚面をなぞっている。

 まぁ、これまで3年、ずっとここにいたのだ。焦っても、期待しても、自分の番でなかったら、悲しいだけ。だから、きっと今日も他の本が連れていかれると思うことにしよう。そうすれば、さみしくも、悲しくもないから。

 そう思って、いたのだ。


「見つけた!ふふ、私もこの本、好きだったんだよね。懐かしいなぁ」


 背表紙をなぞられ、天に軽く指が添えられる。背表紙を包むように表紙と裏表紙に手がかけられ、僕はどうやら、日の目を見ることになったらしい。

 今日の出納は1冊だけだったのか、彼女はそのまま書架の間の通路を歩く。出されるときに近くの本たちからかけられた「よかったね」「がんばって」に答える間もないまま、呆然としているうちに僕は3年ぶりに書架を出た。

 表紙をなぞられていたようだが、それも夢だったのではないかという気がする。僕の表紙は、装幀者の趣味だとかで、少し凸凹している。好き嫌いは分かれるらしいが、おじいちゃんはそれを好きだと言っていつも撫でてくれて、どうやら彼女もそうらしい。

 しかし、彼女に連れ出されたということは、つまり誰かが僕のことを借りるなり、読むなりしていくのだろう。何せここは図書館だ。その「誰か」は僕の表紙をどう思うだろうか。できるならば、好いてほしいものだが。

 出納が済み、受け渡し待ちの本が並ぶ棚に置かれる。本当に今日は空いているらしく、僕しかいなかった。それとも、タイミングの問題だろうか。

 棚から見える景色は、この図書館に来てからずっと集密書架にいた身には何もかもが新鮮で、見飽きることがない。集密書架では聞こえなかった、さまざまな本や人の息遣いも感じられて、人の言うところの五感のすべてが刺激されているような心地がする。


「3番の出納待ちなんですが」


 その声に、おや、と思う。聞き覚えのあるような気がしたのだ。

 少々お待ちを、と低い声がして、先ほどの彼女とは違う、骨ばった手が僕を棚から出す。どうやらこの棚には専属の人がいるわけではなく、そのときそのときで近くにいる手の空いた人が対応するらしい。そんなことも、今日初めて知った。


「こちらでよろしかったでしょうか」

「はい、ありがとうございます」

「貸出手続きはされますか?」


 お願いします、との声とともに、鞄の中を探っているのだろう物音がする。

 そのまますぐ近くの端末の前に連れていかれ、そうして僕は、3年ぶりに図書館の外に出た。

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