夜の灯

あずきに嫉妬

第1話

ベランダに出て、欄干らんかんに寄りかかった少女は夜空を仰いだ。

 もう完全に秋になったからか、時折吹いてくる風にはもう夏の面影などどこにもなく、ひんやりとした寂しさを含んでいた。口を尖らせてふぅ、と息を吐いてみる。もどかしげに冷たい空気に溶け込んでいく微かな熱が愛おしく、彼女は僅かに目を細めた。

 街の灯りが点々と煌めき、光の帯を織り成して連なっている。

 これで何回目の失恋になるだろうか、もう彼女自身でさえハッキリと覚えていなかった。

 携帯を取り出してメールを読み返した。

「別れよう。」という一言が無機質な画面に映し出され、心に刺さって抜けずにいた。別れとは、どれほど呆気なく、儚く、痛いのだろうか――。

 その答えを今、身をもって痛感していた。誰に向けてのものかも分からない嘲笑の色が、彼女の顔に浮かんだ。

 別れた理由は、彼女から見ると大層可笑しなものだった。

「俺はもっと純粋な子と付き合いたいんだ。」なんて、馬鹿げていると言ってもまだ甘いくらいだ。実に不可解なその考え方に彼女は首を捻った。

 遠くにそびえ立つ鈍色のビル群は、夜に溶け込むように不吉な影を落としている。明かりを遮るように、蝕むようにそれらは密やかに形を変えていった。この街の中でも、自分みたいに失恋したばかりの人もいるかもしれない。そう思うと、自分は感傷的になりすぎた気もしなくはない。

「純粋なんて――。」

 そっと呟いた彼女は無意識のうちに笑みが大きくなった。純粋たるものなんて、もとより、この世のどこにだってないんじゃないか。

 透明で「純粋」に見える空気も、水も、硝子も、結局のところ、どれも不純物だらけだ。むしろ、不純物を混ぜてからこそ、透明さを生んでいることだってある。人間だって似てるものだ、と思った。様々な感情を持ち、やましい部分をみんな備わっているのだ。純粋な人間なんて、いるはずもないし、いたらひどく不気味に違いない。

 ならば、「純粋じゃない人間」こそ、美しく完全であり、人間として一番「純粋」であるのだろう――

 そんなことをぼんやりと考えながら、彼女は羽を靡かせて、夜を横切る一羽のカラスを見つめていた。

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