第6話 不着

「おーい中谷君、悪いんだけどまたあの爺さんのところ行ってくんねえか。脇田が夕刊も不着しやがった。

電話でカンカンに怒ってんだよ。俺をナメんのかって。今日の朝刊も不着だったんだよ」

中谷が夕刊の配達から帰ってくると、店長の大森が締まりのない声でそう叫んだ。


「脇田に爺さんとこ不着しないように、良く言ってくれ、お前から」

「わっかりました。それじゃ行ってきます」


中谷が夕刊を一部手に取って店を出ようとすると、

「ちょっと待った。今日はだいぶん怒ってたから、ラドン温泉のタダ券二枚くらい持ってけよ」


中谷は引き返してくると、大森の言うことには答えずに、集金カバンの中からデパートの絵画展のタダ券を選んで一枚取り出し、それをズボンのポケットに突っ込むと、急ぎ足で再び出て行った。


中谷は、爺さんが見かけによらず絵が好きで、集金の時にはいつも、絵画展の切符をやると喜ぶのを良く知っていた。


それにしても中谷は腑に落ちなかった。

中谷の勘では、脇田は爺さんのポストに付着をするはずがなかった。

中谷は爺さんのところから帰ると、早速脇田を呼んで確かめてみた。


「ここんとこ、爺さんのポスト、連続して朝刊も夕刊も不着だけどどうしたの」

中谷は、冷たい口調で脇田に尋ねた。

「いやあ、間違いなく入れてるんですけどねえ」

脇田は、頭をかきながら神妙な顔をしてみせた。


中谷が黙って店長の大森のところへ行くと、数冊のノートをテーブルに広げて、一生懸命部数の計算をしているところだった。


「店長、爺さんところ、A新聞の勧誘員の奴か配達員が抜いてんじゃないですかねえ」

大森は手を休めると、

「うん、そうかもしれねえなあ。あそこ、最近部数延ばすのに躍起になってるからなあ。中谷、明日脇田の後ついて、爺さんのポスト見張ってくれっか」



中谷は次の夜中いつものように脇田を送り出すと、腕時計を見て脇田が爺さんの近辺を通る時間を読んだ。

脇田は突き当りを左に曲がり、蕪畑のデコボコ道を注意深くバイクを走らせ、しばらくして元の道を戻ってきた。


中谷は、建売住宅の間の路地に身を隠し脇田に気にづかれないように見張っていた。脇田は、中谷の存在に気づかず、眠そうな眼付きで中谷の前を通り過ぎた。

中谷は一服つけると、耳を澄ましてバイクの音が近づいて来るのをじっと待った。


30分程すると、はたしてバイクがこちらに近づいてきた。

突き当りを左に曲がり、中谷の前を通り過ぎると、蕪畑の前でバイクは止まった。

つづいてエンジンの音も止まり、バイクのスタンドを降ろす音がした。中谷はそっと路地から出て、止まっているバイクに近づいた。


そのバイクが近所のA紙の営業所のものであることは中谷にはすぐに判断がついた。

中谷はそっとバイクに近づいて、その後ろにしゃがみこみ、尾根伝いのデコボコ道を歩いていく男の後ろ姿に目を凝らしてみた。


男は爺さんの家のポストに手をかけ、少し前に脇田が入れた新聞をそっと抜き取った。

見たところ小柄で若い配達員であることを確認した中谷は、立ち上がってバイクのクラクションをピッピ―と鳴らした。

男は中谷の方を振り向くとその場にくぎづけになった。


「バイクここに置きっぱなしだよ。盗まれちゃうよー」


くぎ付けになった男は抜き取った新聞をその場に落とすと、ソロソロと中谷の方に戻ってきた。

中谷はバイクを挟んで男の顔を覗き込んだ。


そして胸ポケットのタバコを男に差し出すと、男は手でそれを断った。

中谷は自分の分だけ一本取り出し、火をつけて一服吸った。


「あの爺さんだめだよ。いくら抜いてもうちの新聞以外読まないから」


「そうすか」

男は下を向いてボソッと言って中谷に頭を下げ、

「すいません。最近、新規が出ないもんで」

と言った。


「こんなことして部数伸ばしたってしょうがねえじゃねえか。まさか、勧誘員に唆されたんじゃないよなあ」

「いえ、自分の独断です」

男は小さい声で自信なげに言った。


「もし他の奴に見つかったら、お前袋叩きにあうぞ。もう絶対に止めとけよ」

「はい、わかりました。もう行ってもいいですか」

「もう二度とやらないよな、頼むよ」


中谷は男の肩をたたくと、男は大きくため息をついてバイクのスタンドをけった。


「それじゃ失礼します」

「顔は覚えているからね。もう駄目だよ」

中谷が念を押すと男はもう一度エンジンをかけ、アクセルを全開にして寝静まっている住宅街を走り去っていった。


「バーカ」

中谷はつぶやいた。



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