第5話 休刊日
「中谷さん、今日は休刊日ですよ。だめですよ、こんな部屋でくすぶってちゃ」
どかどかと壊れかかった開き戸を開けて、いきなり中に入ってきたのは堀江であった。
中谷は別に驚く様子もなく、堀江を見上げた。
「今日は、競輪行かなかったの」
堀江はテーブルを挟んで中谷の前にどっかりと腰を降ろすと、煙草を取り出しそれをトントンとテーブルに打ち付けた。
「今日は競輪開催日じゃないから、昔のスケの処へ電話して可愛がってやろうと思ったら、今、男が来てるからダメだってぬかすのよ。この間、俺のガキをおろしたばっかですよ。中谷さあん、本当、女ってわかんないねえ」
「そりゃ残念だったね。じゃ、ビールでも飲む?」
「いいねえ、飲みましょ飲みましょ」
中谷が冷蔵庫に立とうとすると、
「いやいや私が持ってきますよ。先輩に持ってこさせちゃバチが当たる。ちょっと待って」
堀江は立ち上がると冷蔵庫から間ビールを二本持ってきて、テーブルに置いた。
「これ、中谷さん買ったの」
「うん、堀江さんのために買っておいたんだよ」
「泣かせるね全く。嘘でもいいから、女に言わせたいセリフだね。近頃全くご無沙汰ですよ、こんな会話」
「そうでもないでしょ。堀江さん、もてんでしょ」
「冗談じゃないっすよ。新聞配達やってたんじゃ、もてる暇なんかありゃしねえ。
俺もこんな身分から何時足洗えるんだろう、あーいやだいやだ」
「それはないでしょ、堀江さん。私なんかもう十七年もやってんのよ」
「あっこりゃ失敬。大先輩に向かって大変失礼なことを申し上げたことを、深くお詫び申し上げます」
堀江はもっともらしく中谷に頭を下げると、急いで缶ビールの栓を開け、一気に飲み干した。
「ああ、うんめえ。俺、新聞屋来るまで、ビールがこんなうまいもんだとは思わなかったっすよ」
「みんなそう言うね、どういうわけか」
「やっぱり、このーーー。貧しさのせいでしょうかねえ。貧しさに負けたああ。いいえ、世間に負けたあああ」
堀江が節をつけて歌い出すと、中谷は自分の缶ビールの栓を開けて一口飲み、笑いながらこの男もあとどの位ここにいるか、計算してみるのである。
営業所からの借金が給金の一ヶ月分。それを全部返し終えるまでには最低半年。辞めてから暮らす一人部屋の安アパートの費用を稼ぎ出すのにあと半年。
計一年はここに居なければならないことを考えると、遊び慣れした堀江のことを何となく気の毒にも思えてくる自分が馬鹿々々しくなる。
中谷は、堀江のような男を今までに何人も見てきた。屈託なく話す堀江のようなタイプは、中谷にとっていつも楽しい話し相手であった。
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