第5話「増える問題」

「それじゃあ、私は抜けておきますね。でもすることがないわ、どうしましょう…」


お茶を置いたお手伝いさんは、そう呟いて出て行った。


茶の間に残されたのは、俺と師匠だけ。


しばらく、無言が続いた。


「…えーと、」


俺は頭をかき、しばらく視線を泳がせた後、堪忍して頭を下げた。


「遅くなって、すみません…」

「本当じゃ、今の今まで何をしておったんじゃ」

「色々忙しくてですね…、時間がありませんでした」

「嘘つけ」

「ハイ嘘です」


全くこれだから若者は、と師匠は腕組みをした。


「それで、あの…」

「何じゃ」


例によって師匠は天狗顔だが、俺は慣れきっている。返って清々しいほどにすんなりと次の話題に持ち込んだ。


「けっこう、痩せましたね…?」

「痩せた、とな。女性じゃあるまいし、そんなことで機嫌は取れんぞ。しっかりと『やつれた』と言え」

「目上の人に対する敬意ですよ」

「わざわざ敬意なんて示さんでいい」


師匠はそう言って茶を飲んだ。


またしばらく無言が続く。うう、この状況をどうにか打破しなければ、


そう考えると、今度はお手伝いさんが静寂を破った。


「そろそろ、ここまでの道の雑草抜きでもしましょうか?」


お手伝いさんが覗いてそう尋ねる。


「何度言わせるんだ。こんなところに滅多に人は来ないし、来させる必要もないからいらん」


師匠は茶を置きながらそう言うのに対し、俺はこれまた清々しいほどに真逆の答えを返した。


「あ、じゃあお願いしまーす。でも流石に辛いと思うので、人1人が通れるくらいの幅まででいいです」

「わかりましたー」


お手伝いさんが玄関を出てから、師匠が睨みつけるように俺を見る。


「わざわざいらんことをするな」

「入り口の放置っぷり、師匠の仕業だったんだ」

「さっき言ったとおりじゃ。人を来させるつもりはない」

「でも俺は行くしー。お手伝いさんもめんどくさいっしょ」


あと、と俺が思い出したかのように言う。


「靴も綺麗になったね」

「あれも勝手にされたんじゃ。むやみに綺麗にしやがって」

「綺麗にするのに損はないでしょ」


ヘラヘラする俺が気に入らないのか、師匠が再び睨みつけた。


「もう靴は要らない。無意味な徒労じゃ」


ヘラヘラが止まる。俺は真剣な表情で師匠の顔を見やった。


「…もう家から出ないの?」

「大概の問題は、もう霊気を送るだけでいい。周辺の霊にも、新入りはここに来るよう言っているからな」

「でも、災害級の悪霊が出た時には…」

「もう対処は出来ん。わしには無理じゃ」


ガツンと、後頭部を誰かに殴られた気がした。



「わしはもう、引退じゃ」






どこを見渡しても山がそびえ立っている。そんな町の中を歩く4人組がいた。


彼らは不自然にも、1つ1つの住宅の表札を見て回っていた。


「ねーえ、やっぱりこんなことしても埒があかないよ…」


捺実がそう言って小石を蹴り飛ばす。その小石が研のふくらはぎに当たり、研が顔をしかめた。


「仕方ねぇだろ、手段が無いんだから…」


相太が文句を言うように振り返って答えた。「でもさ〜」と捺実が続ける。


「『蔵弓』って名字、すぐに見つかると思うけど〜…、ていうかそんな名字初めて聞いた」

「まぁ、こんなど田舎でも人数はけっこういるし」


今度は倉之助が答える。バテバテの3人に比べ、倉之助は疲れた様子を見せない。


「でも何人かは名前ぐらい知ってるんじゃ無いの!?」

「近所付き合いか、まぁなくは無いが、その地域を突き止めないとな…」


邦雄町は、少々独特な作りになっている、何せ山の中で少しでも生活できる場所を探して住んでいるので、人が住む地域が5、6個に分かれているのだ。1つ1つの広さが町としたら狭く、予算のやり繰りなどの効率化を図って1つの町としたのだが、その地域同士の関わりはほとんど無いので、他の地域のことなど知らない人がほとんどだ。


「あーもー何でこんなめんどくさい作りになってんのよこの村は…」


1つの地域を回っているだけでもう日が沈みそうである。しかもまだ3分の1残っている。滞在出来る期間に見つかるかどうか。


「…さ、文句を言っても仕方ない仕方ない。早く終わらそう」

「終わらそうって、もうここには無いの確定かよ…」


研がボソッと呟く。たまに会った人に聞いてみたりしたが、知っている人はいなかった。知ってる人がいないのなら、ここにいる確率は低い。


「もういいんじゃない?」

「いや万が一、引きこもり状態とかだったら困るし…、確認しないといけないだろ」

「あーーー、うううう」


捺実が意味不明な声を発する。一応元ネタはあるらしいが、倉之助達にはさっぱりである。


研が持っていたペットボトルを口にするも、一口飲んだだけでもう残りが無くなってしまった。






「…原因は、」


俺は圧力で、師匠に言えと促す。師匠が引退となると、よっぽどのことに違いない。


師匠もまた無言で、自分の袖をまくった。その肩には、


「…傷、」


痛々しそうな傷が、残されていた。


「…ある時じゃ」


袖を元に戻しながら、師匠が語り出した。






突然、私の中に衝撃が走ったんじゃ。何か重大なことを、今まで見落としていたのじゃとな。人間の閃きは、時に偉大な行動のきっかけとなりかねない。だから私はその感覚に従って動いた。


違和感とは、あの土砂崩れ事故のことじゃった。あれは自然の怒りじゃと周りに伝え、事故現場をそのままにしろと言っておった。


しかしじゃ、それから山の様子がおかしかった。私はそれを普通に対処した。精霊などと会話をしてな。その時には気づかなかった。そしてある時気がついたのじゃ。



その2つには、関連性があるということに。



最初はただの閃きじゃ。だから証拠も何もない。だがな、普通怒りで土砂崩れを起こした後、そこまで素直に大人しくなると思うか?精霊も人間と同じく感情がある。特に怒りっていうものは厄介でな、簡単には収まらない。そして善良な人ならば、もし自分に間違いがあったと気づいたとしたら…、


怒った後、後悔することが多い。


わしはある仮説を立てた。山の精霊は何かが原因で怒り、土砂崩れを起こした。そしてその後、自分の過ちに気づき後悔した。なんとも稚拙な発想だが、わしはその線を疑ってみることにした。


まぁ簡単な話じゃ。山の精霊にその話をぶっ込んでみるだけじゃ。するとな、どうやら心当たりがあったみたいじゃ、激しく動揺しおっての。しばらく口をきいてもらえなかった。


精霊に大人しくなってもらうのは別に構わないが、活気が無くてはいずれ山が死んでしまう。結局、放っておくわけにもいかず、わしは説得を試み続けた。


今となっては、悔やむしかないのう…。




話の途中だったが、師匠は急に辛そうな顔をした。


「…横になった方がいいんじゃないですか?」

「ああ、すまない…」


師匠は素直に近くの布団に潜り込んだ。ここ最近、ずっとそうしてきたのだろう。


話が途中で止まってしまったが、恐らく師匠は精霊に深く入り込みすぎた。何かしらが原因で、精霊は逆上し、師匠に傷を負わせたのだ。


師匠も衰えてしまったのだろうか。精霊が逆上するようなことを師匠が言ってしまうとは、到底考えられない。


また明日、師匠を訪ねて元気だったら話を聞かねば。この話は、邦雄町のお祓い屋の弟子として、聞き捨てならない話である。


俺は眠っている師匠を起こさぬようにその場を去った。


お手伝いさんに挨拶し、細い道を下って、やっとの事で大きな道に出た時、ふと気付いた。


お墓で聞こえた、あの声。


何か、許しを請う声。


もしかすると、あれが精霊の声なのだろうか…?






「もーだめー、動けなーい」


捺実はそういうなりベンチにドスンと腰掛ける。古かったのだろうか、ベンチは嫌な音を立てて軋んだ。


「ったく、だらしねーなー」


相太が文句を言うと、捺実はキッと目線を向ける。


「男子と一緒にしないでくれる。私はか弱い女の子です」

「か弱い(笑)」

「テメェ何笑ってんだ!」

「うわっ、元気じゃねぇかお前!」


捺実が放った蹴りを間一髪かわす相太。疲れていてもこの2人のコントは留まることを知らない。


研も既に虫の息といった感じだが、ついさっき「男気がない」だのと捺実に言われたので、意地で立っている様子だ。多少身体が傾いでいるのは気にしない。


「倉之助〜、カフェオレ〜、カフェオレ買って〜」

「金は出して」


捺実がダルそうに財布を取り出し、100円玉を2枚倉之助に渡す。ベンチの隣にある自販機のボタンを押す倉之助は、やはり体育系の身体つきだからか疲労は大したことはなさそうである。


「あ、俺も俺も」

「めんどい、後は自分でやって」


便乗してきた相太に倉之助が呆れ顔で返す。一応疲れているらしい。


「倉之助はさ〜、なんで付き合おうと思ったの?」

「ん?」


缶を開ける心地よい音を出しながら、捺実がおもむろに尋ねた。


「今まで恋愛経験はゼロだったんでしょう。なんかこう、恐怖とか無かった?」

「恐怖、…とは?」


要領を得ていない倉之助に、捺実が言葉を探しながら説明する。


「んーと、なんだろ、倉之助の性格だとさ、例えばもし付き合っている間に相手に気を悪くすることをしちゃったり、その相手を傷つけてしまうかもしれない、とかさ」

「あー、なるほど。…そうか、確かにそうだな」

「考えたこと無かったのかよ」


ペットボトルを持った相太が突っ込んでくる。オレンジジュースなのが少し情けない。


「いや、本当に恐怖なんて考えたこともなかった」

「マジで?」


目を丸くする相太。捺実も同じような表情だ。


「いや、そういうことは考えたけども、恐怖が伴わなかった、ってこと」


少し視線を下に向けて、倉之助が語る。


「付き合ってください、って言われた時、まず最初に、なんというか温かい気持ちになったんだ。…人に好かれるってことが、いや、俺のことを好いてくれる、っていうことが、その恐怖みたいな考えだとかを打ち消してくれた、っていうか」

「倉之助、それフツーに『嬉しい』ってことでしょ?」


まぁ、と倉之助が答える。それを見て捺実が笑う。


「こんな不器用そうな倉之助、初めて見たかも」


そうか?と少し照れ気味に倉之助が呟く。その前で何故か怒っている様子の人が1人。


「なんか、無茶苦茶羨ましい惚気を見せられてムカつくんだけど」


オレンジジュースを持った相太だった。


「あー、だからモテないんだよ相太」

「何が!?」


捺実が、今度は馬鹿にした笑い方で相太に言う。


「そこ、『友達が楽しい恋愛してて俺も嬉しいよ』みたいな気持ちを持たないと」

「それかなりハードル高い気がするんだけど」


お前はどう思う、と相太が研に話を振った。


「何で何かとすぐに僕に振るんだよ」

「悪態をつくな、さあ言え」

「別にどうも思ってないよ。どうなるかはその人の人生次第なんだし、僕が干渉できることじゃない。結婚とかなったらちゃんと祝儀とかは出すけどさ」

「かーっ、何こいつ哲学者気取りなんだよ、つまんねー」

「どこが哲学者だよ」


やいのやいの言っている男2人を無視し、捺実が倉之助に迫る。


「結婚と言えば、見たの?」


見た、それはこの5人組になら意味が伝わる言葉。


「…まぁ、うん」

「えっ、何々どうだったの?」

「おま、研!どうも思わないんじゃなかったのか、食いつくな!」


相太と研を再び無視し、捺実は倉之助の顔を除く。


「見えた?」


硬直していた倉之助だが、やがてゆっくり頷いた。


「…いやっほー!マジで!?すご〜い!」

「…かつて『いやっほー』と叫ぶ女子大生がいただろうか」

「喧しいわ相太!腕ひしぎをしてやろうか!」

「えっお前腕ひしぎ知ってんの!?」

「いや試す」

「未経験!?ならなおさら危ねぇじゃねーか!」


…唐突だが、誓太と盟子だけが能力者だと思っているだろうが、



実は5人組、全員能力者である。



「おまっ、おままままマジで見えたのか!?」


相太の焦った問いに、倉之助は頷く。


倉之助の能力は「予知」である。即ち倉之助にとって「見る」とは「未来を見る」ことを指す。歳を重ねるごとに精度が上がっているらしい。


「すごいロマンチックな展開じゃない!?初めて付き合った人が、未来を約束する人間なのよ!?きゃー!!」

「ていうかよく聞けるよね、そんなこと」


研が言わんとしていることはわかる。もし倉之助に1日2日で別れる未来が見えていたらどうすんだ、ということである。


「大丈夫、ちゃんと占ったから」

「どういう占いをしたんだよ」


捺実の能力は「占い」。文字通り占いができる。占いと言えば霊的なものを指すこともあるらしいが、捺実の場合、捺実自身を媒体として占うので、霊的なものは発生していない。


「ていうか、最近ろくに占ってなかったなぁ。久々にやったかも」

「久々の能力をよく信用するね…」

「そーゆー研はどうなのよ」

「バッチリ、受験に使わせてもらったよ」

「うっわ、せっこい」


研の能力は「瞬間記憶」。見たものを忘れようとしない限り忘れない。これが研の学力がずば抜けて良い要因の1つである。確かにせこいと言われても無理はない。しかしこれを有効活用せず、むしろあやかってゲームばかりするのが悪い。玉に瑕どころかひび割れていそうである。


「ていうか、倉之助だってバンバン未来見るのは流石に、って言って控えてるのに、研は控える気は無いの」

「使えるものは有効活用。別に何も悪いことはしていない」

「いいよなぁお前らは実用性のある能力で!」


突然相太が大声を上げる。捺実が半笑いで相太に手を振る。


「何よ相太、急に拗ねないで」

「拗ねてねぇよ!」

「それに何か使い道あるって」

「捺実お前、もし先生に面談で『この大学なら大丈夫でしょう』って言われて嘘だった時、マジでどうするかと真剣に考えたんだぞ!」


相太の能力は「人の言ったことが嘘かどうかわかる」、…1人だけ局所的な能力である。

この能力、実は他の能力に比べてムラがある。捺実の占いは外れることは当然あるので仕方ないが、相太の場合、嘘はわかっても真実はわからない場合がある。要は相手が嘘を言い続ければ、相太にはそれが嘘だということしかわからず、真実がどのようなものかはわからない。


更に、相手が本当の事を言い、その言葉の意味を相太が履き違えた場合、結果として相太は勘違いをしていることになる。例えば、このクソ田舎旅行で、東京からの行きの新幹線にて、誓太が相太に対し「女に好かれるよ」と励ました事を覚えているだろうか。あの時、誓太は現在進行形で萌恵沙に取り憑かれている、という事を揶揄して「好かれる」と言っていたが、相太は「女性全般に好かれる」と勘違いしていた。誓太は嘘を言っているつもりでは無いので、相太は本気で信じていた。その日の夜に相太が疑って誓太が真実を言うまで、この能力を持っていても勘違いをしていたのである。


ちなみに、相太に嘘が通じないので、他4人は「面白くない」と思っている。ババ抜きがいい例である。相太が質問攻めにして安全なカードを選ぶので、小学生まではつまらないと嘆いていた。が、中学生の頃に「何も答えなければいい」という事に気づき、相太の堂々の一位抜けを阻止できた上に、相太がポーカーフェイスが苦手だという弱点を知ることができ、相太のババ抜きランクは5人の中で一気に墜落したのだ。


「あー、疲れた」


捺実がそう言って背もたれに体重をかける。しかし始めに言った時ほど疲れていない。

こいつらと馬鹿騒ぎしているだけで、体力は何故だか回復するのである。


「…もう日が暮れちゃうぞ、帰らなきゃな」


倉之助がそう言って腰を上げる。捺実も文句は言わずに立ち上がった。


「えっ、俺まだ飲みきってないんだけど」

「ペットボトルだろ、持ち帰れよ」


相太の反論に研が突っ込む。こういうくだらない事でまた笑いが起きる。


「…晩飯作る時間が少ないな、ていうかもう作りたくない」

「でもなんか作らなきゃ…、出前とかないよ」


相太と研はバカ話を繰り広げ、倉之助と捺実は夕飯について考えながら、陽が沈む中、喧しい4人組は帰路についていた。






倉之助は困っていた。夕飯を作りたくない。


捺実は困っていた。夕飯を作りたくない。


2人の希望は一致した。しかし残った研と相太は使い物にならない。多分目玉焼きから挑戦させた方がいい。主に黄身の問題でだ。


出前みたいな便利なサービスは少ない。何故か山奥のくせに寿司屋はあるが、高い上にすぐに売り切れる。


コンビニ飯でもいいが、多分誰も動きたがらないし、そもそも残っているか怪しい。


もう相太の家に残っているもので楽をするしかない…。簡単で、すぐにできて、皆の腹を満たせるもの…。


「…その結果がそうめんかよっ!!」


家に帰った俺は、盛大にこう突っ込むことになった。


「何よ、文句があるなら食べなくて良いわよ」


捺実がそう言って軽く睨む。


「やったぜ、誓太の分を俺らが食える」

「ガキかよお前、あと俺はしっかりと食べますー」


しっかし、いくら手を抜きたくてもまさかこの季節にそうめんとは…。多分これ相太の祖父母が食いきれなかった分じゃ?あれ、そうめんってそこまで賞味期限大丈夫だよね?

不安要素が積もる中、俺がちらりと倉之助を見ると、


「…文句があるなら食べなくていい」

「別にねーよ」


自らの腹を満たすために大人しくしておく。素直に俺は自分のつけ麺の器を取った。


確かに、そうめんは作るのが楽だろう。強いて言うなら茹でるのが辛いだろうが、あとは適当にネギを切ったり刻み海苔にしたり、揚げ玉を出すだけで立派なそうめんだ。ちなみにそれ以上の具が無いのは「もう作りたくない」という2人の主張の表れだろう。


ガキみたいにはしゃぐ相太達を眺めながらそうめんをすする。…うん、別に腐ってたりとかはしてないみたいだな。乾燥麺だからか?

ちゃぶ台の中心に置かれたそうめんはかなりの山盛りだ。相太曰く、「じーちゃんとばーちゃんが、夏に俺ら用に買っておいたんだとよ。受験忘れてたみたいだぜ」とのこと。夏に戻ったのは相太だけだから、処理しきれなかった分ということか。相太なら2日で処理しそうな気がするが。


…しかし、


(懐かしいな…)


この5人でそうめんをつつく光景は久しく見ていない。だが昔はよくこうやって同じ料理をみんなで食べていた。


小学生の頃は、盟子もいた。


盟子の食べ方は、あまり具を入れない食べ方。具をバンバンぶち込む(特に揚げ玉)俺とは対象的だった。


最後に盟子と同じ料理を食べたのはいつだろう…。


「おーら誓太、ポケ〜っとしてるとお前の分を食っちまうぞ〜」

「ガキかよ」

「これもだめなのか!?」


相太と研のコントで、ハッと現実に引き戻される。


やいのやいのと騒ぐ2人を尻目に、俺は違和感を感じていた。


何故に、こうも盟子との思い出ばかりを思い出すのだ…?


その違和感を少し気持ち悪く感じながら、俺は相太に自分の分のそうめんを取られないようにいそいそと食べ始めた。







例の如く捺実から先に順番で風呂に入り、その間に相太の祖父母が帰ってきた。


だが丁度そのタイミングで、


「あああっ!!」


突如捺実が悲痛な叫び声を上げる。


ギョッとした俺らに向かい、捺実はやってしまったという顔で呟いた。


「洗濯物、取り込むの忘れてた…」

「ああ〜、」


相槌をうちつつ、思わず俺は安堵した。何か変なことが起きたかと思っていたからだ。


だが、安心してはいけなかったようだ。


「もう動きたくない〜…、」


ヘタリとその場にしゃがみ込んだ捺実は、女子のグレネードランチャー級の武器・上目遣いで俺を見た。


「誓太、洗濯物入れてきて」

「あ!?」

「何よ文句あるの!?」


正直、長年一緒にいるので捺実の上目遣いくらいは慣れている(盟子だったら確実に揺らぐが)。しかし俺が抵抗するのは、


「いや、見られてもいいのか?その…お前の、」


その先を言うのが憚られる。モゴモゴと口籠っている俺を不審そうに見ていた捺実は、急に閃いたようだ。


「あっ駄目!私の下着!」


言えなかったことをあろうことが大声で叫んだ捺実に思わずギョッとする。多分俺の後ろの研と相太も同じ反応をしているだろう。倉之助は風呂場だ。


捺実は慌ててベランダのある二階へと階段を駆け上がり、バタバタと音を立てて自分の服を回収している。思わず俺はため息を吐いた。


捺実は性格が良いし、ガサツなわけじゃない。だが自分の基準に忠実で、決してそれを人に押し付けようとはしないが、思ったことをすぐ口にしがちなタイプで、自分の基準と相手の基準が違う時に、しばしば周りを驚かせる。


例えば、──あまり大声で言うものでは無い単語とか。


捺実は別に見られて良いわけではないが、その単語を口にすることには全く抵抗が無いようだ。たまに詳しい種類の方の名前もポロリと言ってしまい、相太が泡を食ったりしている。


それに本人は不慮の事故で見られてしまった場合は許せると言っている。おおらかと言うべきか、羞恥心が少し欠けていると言うべきか…。俺は、別に不慮の事故ということと見られたという事実は関係ないのだから、怒ってビンタを食らわしても別に構わないけどなぁ、と思ってたりする。あ、捺実ならグーパンか?


聞いたことはないし実際そういうことがあったわけではないが、多分風でめくれた時でも捺実は許すのだと思う……、って何について俺は話しているんだ、やめだやめ。


ちなみに、具体的な名称を一切使わず説明しているのは、単に俺がチキンなだけである。

再びドタドタと降りてきた捺実が、服を抱えて俺に「後はよろしく!」と投げかける。上着の陰から垂れ下がっている紐は見なかったことにする。


ん?後はよろしく、って…、


「男の分、全部俺に丸投げかよ…」


呆れたように、俺は文句を言った。この言葉は、女子の分を片付けたかった、という意味ではない。


みんな午後丸々歩き回ったから疲れてるって言いたいんだろうけど、俺も長い道のりを歩いて疲れてるんだからな。師匠の家までの道は傾斜があるし。






洗濯物を取り込む時は、基本的に物干し竿から干している服を取ってカゴに入れる、という作業が一番面倒くさく、辛いと思っている。


だから、畳む作業は対して苦ではないのだろうか、それだったらやってくれてもいいだろ、と思うが、捺実は自分の部屋に籠ってしまい声をかけづらく(ましてや入ることなど出来ない)、倉之助はまだ風呂だ。まさか倉之助が風呂から上がるのを待つわけにもいかず、そうでなくとも倉之助は長風呂なので、仕方なく畳む作業をすることになった。畳む作業など個人でやらせた方がいいのだが、カゴに無茶苦茶に詰め込んだ状態のまま「自分の取れー」と言うのはどこか気分が悪い。


洗濯物を畳むのは上手いわけではないが、「文句があるなら自分で直しとけばいい」と正当化して、作業を開始する。


名前が書かれているわけではないが、大きいサイズの服が倉之助、小さいサイズの服が研、その他で俺の服ではない物が相太、と判別がつく。面倒なことにならなくて助かった。


いや、そもそも奴らの分まで畳むことが既に面倒である。


とりあえず畳み終わった。ため息しかついていない気がするが、俺はもう一度ため息をつき、ベランダに出る。


山の斜面にある町なので、東京のような奥に伸びるような風景ではなく、斜め下に広がる景色だ。俺はベランダの柵から身を乗り出し、周りを見渡す。萌恵沙を探していたが、やっぱり暗すぎたので半ば諦めている。

しかし、


「今回ばかりは、本当に一筋縄ではいかなそうだなぁ…」


様々な問題が絡み合っているのか、それぞれ別の問題なのかもわからないが、それらは全て俺に降りかかっている。


だが、とりあえず方針は見えた。


「まずは、森の精霊さん、かな」


生活音だけが聞こえる静かな夜。常闇の空に浮かぶ星たちを見ながら、俺は両頬をペチンと叩き、「っしゃ」と言いながら気を引き締めた。






明日、次々と想定外な事実が発覚することを知らずに。

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