第2話「霊媒師と愉快な仲間たち」

クソ田舎旅行計画。


当初は5人組田舎旅行計画と称していたが、あまりにも交通の便が悪く、次第に悪態をついてこの名称へと変貌した。


だが、その間の抜けた名称とは想像もつかないほどのシリアスな状況が、ここにある。


近川相太は怯えた顔で俺を見上げ、俺は懐に手を入れて、その中に仕込んだものを握っている。


それは、相当タチの悪い暴力団だとかがしそうな行動。今すぐにでも、その場で銃声が鳴り響きそうである。


だが、その場で鳴り響くのは、銃声ではない。


俺は懐から『アレ』を素早く取り出し、相太の額にめがけ、思いっきり振り下ろしたのだ。




ペッ!




「うああああああああ!!!」


相太の情けない叫び声が響きわたる。その声に気づいたのか、ドタドタという慌ただしい足音をたてて、本間倉之助と浦辺捺実が様子を見にきた。


「ちょっとどうしたの!?」

「あ、誓太。…ま、まさか」


2人の目の前には、いかにも奇妙な光景が写っていたであろう。


この『クソ田舎旅行計画』なんていう名前の旅行に、ここまでのシリアスな状況はいらない。だが…、



流石にピコピコハンマーで相太の頭を叩く、などというくだらない図も、いらないのだろう。








「おおい誓太!お前痛くねぇって言ったじゃねぇか!」

「『痛みは感じないと思う』って言っただけで、別に確信を抱いていたわけじゃない」

「だからってお前、ピコピコハンマーで殴っても痛いほどの威力で振るなよ!」

「仕方ねーだろ。それぐらい力入れないと、出てこないんだから」


ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる相太をいなしていると、再確認するかのように、捺実と倉之助が聞いてきた。


「本当に、憑いていたの?」

「ああ」

「それで、無事取り出せたのか?」

「もちろん。だから今これで逃げられないようにしている」


俺の左手に握られている紐。それは見えない『何か』に括り付けられている。


「何々?相太また何かやらかしたの?」

「なんでそれしか発想が出てこないんだよ!」


風呂から上がった研が、部屋に入るなりそう言った。相太の突っ込みを無視して、研は不自然に浮く紐に目を向ける。


「ああ、また出たの?」

「相太に憑いてた」


俺は、紐の先の見えない何かを、…否、俺にだけ見えるものを見上げた。



幽霊だ。



「なぁ、その幽霊はどうして相太に憑いていたんだ?」

「それは後で本人に聞くから、研、これ持っといて」


俺は研に紐を手渡し、こう続けた。


「風呂に先に入らせてくれ」






正直に白状しよう。俺は幽霊が見える。


そしてただ見えるだけではない。その霊に接触することができる、いわゆる『霊媒師』なのである。


『霊媒師』だとか『お祓い屋』だというものは、信じないという人が多くいるだろう。信じなくて当然だ。何しろ証拠がない。証拠主義者の地球人にとって、未確認生物だとか、幽霊だとかは認めるべき存在ではないのだ。たとえ信じているという人がいても、それが事実に直結するわけではない。


ここで、皆が信じていないであろう、『幽霊界』の説明をしよう。


幽霊は基本、我々が言う『冥界』にいる。そこで天国行きだとか地獄行きだとか、輪廻転成だとかは俺は知らない。何故なら俺の専門は現世に存在する幽霊だからだ。


現世に存在する幽霊は、簡単に言えばイレギュラーである。あまり長居していると現世に悪影響を及ぼす恐れがあるため、お祓い屋や霊媒師は、現世にいる幽霊を見つけると、あの手この手で何とかして成仏させようとする。俺もその1人だ。


幽霊が現世に漂うというイレギュラーな事態が発生する理由は、大きく分けて2つ。1つは、悪霊として特定の人物を祟るため。もう1つは、現世にやり残したことを捨てきれずに、冥界から自力で脱出したため。未練ってやつだ。


実は冥界を抜け出すということはけっこう難しいらしい。これは幽霊に色々と話を聞いて知ったことだが、要はやり残したことがあって現世にいる幽霊は、そのやり残したことに関して強い感情を抱いている、ということだ。それに対し、悪霊は、普通の幽霊よりも抜け出しやすい。ただ恨むだけならただの幽霊だが、恨む力が幽霊の祟る力に変わった時、その幽霊は『悪霊』と呼ばれるので、力でゴリ押すことが可能だからだ。


ちなみに、世の中にいる霊媒師で、「霊を呼び寄せる」というものがあるだろう。これは実際には可能である。ただし、それにはかなり強い霊力が必要だ。冥界を抜け出すのが難しいなら、冥界の外から干渉することも難しいのだ。俺は残念ながら出来ない。


さて、霊媒師やお祓い屋になる為には、もちろん努力が必要だが、それ以上に必要なのが『天性』である。


スポーツなどで、「努力をすれば必ず報われる」とよく聞くだろう。スポーツはそうなのかもしれないが、霊媒師やお祓い屋となるとそうはいかない。霊と干渉できる素質は、生まれつきのものであるからだ。スポーツは、例えばサッカーは、主に足を使ってするスポーツだ。足の筋肉は、誰にも平等についていて、鍛えようでサッカーの実力が変わる。だが霊と干渉できる能力は、ごく僅かの人物にしか与えられない。つまりその能力がないくせにトレーニングをしようとしても何も変わらないというわけだ。


話を戻すと、俺はその数少ない、『幽霊に干渉する能力』を持っている。今、語ってきたことは、全て俺の師匠が教えてくれたことだ。邦雄町でお祓い屋をやっている師匠は、ひょんなことで俺が霊を見ることができることを知り、俺をお祓い屋として育ててくれたのだ。だが残念ながら、俺にはお祓い屋になるという夢はない。だから俺はまだ『霊媒師』という括りに入っている。


ここで軽く説明すると、『お祓い屋』と『霊媒師』は違う職業だ。諸説があったり、いろいろと面倒な仕組みがあって、実を言うと俺自身も把握しきれてないのだが、簡単に言うと、「成仏させることを義務にしているかしていないか」ということだ。霊媒師はあくまでも霊に干渉できる能力者。それに対し、お祓い屋は、霊を成仏させることを仕事としている者。お祓い屋は依頼を受ければ成仏をさせようと奮闘するが、霊媒師に依頼が来ても、「いや、お門違いです」と突っぱねることが可能である。現にこの世の中の霊媒師の中には、霊に干渉できるだけで祓うことができない者もいる。


先程、俺は霊を成仏させようとする1人だ、と言ったが、それはボランティアだと思えば良い。


…さて、また壮大に話が逸れたが、今の状況に戻すと、


「本当に憑いてたの?ついてきたわけじゃなくて?」

「ああ」


風呂上がりで濡れた髪を拭きながら、訪ねてきた捺実に答える。


「でも、憑いてたらわからないんじゃないの?」

「まぁわからない時はあるけどな。だが憑くことに慣れてないと顔に出る」

「顔に?俺のにか?」


相太が自分の顔をペタペタと触る。


「ああ。今回みたいに憑依していたら、額に憑くの『憑』って文字が浮かび上がる。ちなみに祟られてる時は、祟るの『祟』って字が出てくる」

「肉って出てくることはないの?」

「キン肉マンじゃないんだから」


何はともあれ、と俺はその幽霊を見る。


「…?」

「どうしたの?」

「いや、ちょっと違和感が…」


むむむ、と悩むも、自分で答えは出せなかった。


「仕方ないか」

「だから何がだよ」


研の言葉には答えずに、幽霊を括り付けている紐を押し付け、俺は自分の鞄を漁る。


「あった」


取り出したのは、ペンキを塗る用のハケだ。俺はそれを幽霊めがけて横一閃に振る。と、


「うおっ」


他4人が一斉に驚いた。彼らの目の前に、幽霊の姿が突然現れたからだ。


「一時的に、この幽霊を一般人にも見えるよう可視化した。俺だけじゃ判断し難いから、みんなにも協力してほしい」


端的にそう言ってから、俺は幽霊を括り付けている紐を外し、その場で胡座をかいてこう促した。


「とりあえず座れや」






既に日は沈み、辺りはそれぞれの家から放つ光と、街灯の光しかなくなっている。


高度が高いだけあって、東京と比べてけっこう寒い。日が沈んでいるから尚更だ。この町は西側に高い山脈があるので、日が沈むのが早いのだ。


そんな外の様子を眺めながら、俺は幽霊に向かって質問を始めた。


「名前は?」


幽霊に向けて質疑応答をするのは、当然これが初めてではない。むしろ何回も繰り返しすぎて、もはや手慣れているレベルだ。だが、最初の質問を始めてから、何か違和感がある。いつもと違う…、何が?


「えーと、」


しばらく言葉を濁した後、申し訳なさそうに、その幽霊は、──俺らと同じ年代の女性が答えた。


「わかり、ません…」

「わかりません?」


そう復唱してから、違和感にやっと気づいた。名前に答える速さが遅すぎたのだ。本来なら名前から始まり、生年月日、住まい、家族構成や、自分が何故死んだかなどといった情報をスラスラと手に入れるはずなのだが、まさかこうも早くつまづくとは。


「マジか…」

「え、何かイレギュラーなことなの?」


捺実の問いに、言葉を選んで俺が答える。


「えーと、少なくとも、俺はこのケースに出会ったことはない。漫画とかで見たことはあるけど…、師匠もそういう時の原因は未だわからないって言ってたし」

「でも、生きてる人と同じように、何か死んだ時のショックで記憶が飛んでたりしてるんじゃないの?」

「その可能性もあるけどな…、でもそうだと言える証拠がない。もちろん違うという証拠も」


とりあえず、名前の件は諦め、俺は質問を続けた。


「…生年月日は?」

「えーと、」

「…家族構成は」

「えー…」

「…これはもう覚えてることだけ聞いた方が早いな。何か覚えてることは?」

「えっ、あっ、はい」


慌てたように、幽霊の女性が答える。


「覚えてること、ですか…。えー、ここで産まれたことですかね…」

「ここで産まれたのか!」


相太が幽霊の顔を覗き込む。


「歳は多分俺らと一緒ぐらいだろ?でもこんなやついたっけなぁ…」

「歳は同じって言っても、それは死んじゃった日のことだろ?僕らと同じ世代って訳じゃないんじゃないの?」

「いや、幽霊も地上にいたら歳をとるよ」


俺がそう補足すると、研は目を丸くして「そうなのか」と言った。


「でもまぁ、どっちにしろここを6年も離れてたんだ。成長してたら流石にわかんねえだろ」

「でも、俺らと同じ感じがするぜ」

「同じ感じ?」

「そ。多分、ここで産まれたから、ここの空気を纏っているっていうか…」


相太の言葉が俺の脳で認識した瞬間、やっと閃いた。


「そうか!」

「えっ、ちょっ何?」

「俺が感じてた違和感だよ。どこか普通の幽霊と違うと思ってたら、そうか…。産まれた場所が同じだったんだ…」

「…ねぇ、どういうこと?」


俺が納得した様子でブツブツと言っている横で、捺実が相太に聞く。


「ああ、要はここ特有の田舎臭を撒き散らしてるってことだよ」

「なるほど納得」


捺実が手を叩いた横で、俺が幽霊の女性を覗き込む。


「他に思い当たることは?」

「えーとですね、あの…」

「あっ、ちょっとこの娘のおでこが赤くなってんじゃん!」


幽霊の女性のセリフを遮って、捺実が身を乗り出して額を見つめる。


「ああ、ごめん加減すればよかった…」

「誓太のせい!?」


あまりにも勢いよく捺実が振り返ったので、俺は思わずビクッと姿勢を正してしまう。翻った捺実の髪の毛が幽霊の女性の顔にかかる。と、横から相太が口を挟んだ。


「だから言っただろ。ピコピコハンマーのくせに痛かったって」

「あんたのことは聞いてないわよ」


自分の言葉を捨てられて、相太は「ひどい!」と叫んだ。確かにひどい。


俺が相太の額に勢いよく叩きつけたピコピコハンマー。これは一見ただのピコピコハンマーに見えるが、実はこれで叩くことによって、憑依している幽霊を取り出すことができる。さっき鳴った『ペッ!』という音は、ピコピコハンマーが鳴った音だ(よく『ピコッ』という音で表されるが、俺にはどう考えても『ペッ』としか聞こえない)。俺はこういった対幽霊グッズをつねに持ち歩いており、例えば先程まで幽霊が逃げないように括り付けていた、軽い結界が張られている紐や、幽霊を可視化するハケなど、かなりバラエティに富んでいる。


幽霊の額を見て「大丈夫?」と捺実が聞いている間に、相太が思い出したかのように俺に質問する。


「そういえば、こいつはいつから俺に憑いていたんだ?」

「お前が東京駅のトイレから出てきた時」

「マジで!?何でその時に取ってくれなかったのさ!」

「だってもう新幹線が来ちゃいそうだったから」

「俺の身より新幹線が大事かよ」

「大丈夫。ただの憑依ならお前に害はないから。せいぜいそいつに操られるだけ…」

ん?待てよ、

「おい、そこの…幽霊さん」


呼び名が無いので微妙な言い方になりつつも、俺は幽霊の女性を呼んだ。


「何で憑依したのに操らなかったんだ?」


普通、憑依というのは、その人の身体を乗っ取ることである。だが今日の相太の様子はいつもの相太で、この女性の様子は微塵も感じられなかった。


「ええとですね、私はただ運んで欲しかっただけなんです」

「運ぶ?」

「ええ。ここ、…邦雄町まで。少し長くなるのですが良いですか?」


5人は迷わず頷いた。幽霊の女性は安心し、自分語りを始めた。






本当に一瞬の出来事でした。家にいたら、突然の轟音が聞こえたかと思ったら、一気に視界が真っ暗になったんです。


それでその後に起きて、私は死んだってことは把握したんですが…、実はそこから記憶が曖昧でして…、確かここで誰か他の幽霊の方と共に行動してて…、すみません、男か女かもわからないです。


そして、次に記憶がはっきりしているのが、川に流された時なんです。目を覚まして周りを見て、幽霊も川に流されるんだ〜、だなんて呑気なことを考えていたんですが、すぐにことの重大さに気づきました。もう海がすぐそこまで見えていたんです。


その時に完全にパニクっちゃって…、飛ぶのを忘れて上手く泳げずに流されて…、結局どこかの漁船に、魚を捕る網で引き揚げられました。


港に着いてから飛ぶことを思い出したのですが、無駄に暴れたせいもあって疲れてしまったので、近くの大きな箱の中に入って目を瞑って休んでました。それが更なる不運なんですけどね…。


実はその箱はトラックでした。気がついたらもう高速道路に乗ってて、右も左もわからない場所を走ってました。もう私は無理に足掻くのをやめて、そのトラックの上に乗ってじっとしてました。


そのトラックは東京に行くものでした。信号待ちをした時に降りて、とにかく邦雄町に戻ろうと情報を集めたんですが、私は幽霊なのでパソコンとかは触れませんし…、というか、当時は泣きじゃくるだけでろくに情報を集めてなかったですし、当時の子供の私の思考では何をすればいいのかわからなかったでしょう。


それから、今日までずっと東京にいました。言葉とかはほとんど独学か、周りから聞いたことで学びました。それで、大体15歳の頃でしたかね…?東京駅から、全国へと新幹線が通ってるって聞いて、私は東京駅にいることにしたのです。ですがそこで何をすればいいのかわからず、それよりも無数にも感じられる人の数に圧倒されて戸惑うばかりでした。

それでもなんとか慣れてきた今日の朝、ふと「邦雄町」という単語を耳にしたんです。それが貴方達だったのです。私は深く考えずに、貴方達に着いていくことにしました。目を離した隙に見失わないように、憑依をして…。






「…それで今に至るって訳か」


俺がそう言うと、幽霊はコクリと頷いた。


「でもなんで、着いたその時にこいつの身体から出て行かなかったの?居心地悪いでしょうに」

「え、何それ今俺のことを馬鹿にしてるの?」


捺実が相太を指差して聞き、相太は納得がいかないようで文句を言った。だが幽霊と捺実はスルーし、


「それは…、この人がいましたから」


幽霊が恐る恐る、といった様子で俺を見た。


「…ああ、霊媒師特有の雰囲気だろ?」

「ええ…」

「それと東京では無闇に除霊しようとする霊媒師やお祓い屋もいる。多分、強制成仏させられたくないから、俺がいない間に出て行こうとしたんだろ?」

「はい…、それで風呂に入るタイミングなら、誰も見ないんじゃないかって。貴方がコンビニに行くときも、実は私の正体を知っててどこかで監視されてるような気がしたので…」


考えすぎでした、と幽霊が後悔したようにうなだれた。その幽霊に俺は明るい声をかける。


「大丈夫。俺は無闇に除霊はしないし、むしろあんたの未練も叶えてやるくらいだ」

「本当ですか!?」


驚いたように幽霊が顔を上げるも、ハッと表情を変え、また申し訳なさそうにうなだれた。


「でも、私は未練すら覚えていません…」

「まぁそうだろうと思ったよ。それも一緒に見つけてやるからな。俺だけじゃなくて、この4人も」


俺が手を広げて4人に向ける。えっ、と声を上げたのは研だ。


「僕たちも?」

「何だ嫌なのか?どうせ2日ぐらいしかやること決まってなかったんだし、ちょうどいいだろ」

「いやそうじゃなくて、僕たちは幽霊に関する知識はそれほど…」

「でもこのクソ田舎のことはいくらでも知ってんだろ?三人寄れば文殊の知恵って言うんだから、5人も集まったら更に増えると思うぜ」

「安直すぎだろ…」


研が小声で突っ込むが、その横で捺実が威勢良く手をあげる。


「はいはいはーい!私は賛成!このまま放っておくわけにもいかないし!」

「…俺も賛成」


倉之助もちょこんと手をあげる。相太は、

「俺に憑いてたからには、それなりの落とし前が欲しいからな。報酬ってことでいいなら」


と、少し偉そうだ。


「研は?」


俺が聞くと、バツが悪そうに研が言い返す。


「別に協力する気がないとは一言も言ってないぞ」

「よし、じゃあ決まりだな」


俺は満足そうに見回し、幽霊を振り返って笑いかけた。


「俺的にも、どうにも見逃せないんだ。嫌でも協力させろよ」


幽霊はぽかんと口を開けていたが、慌てたように頭を下げて、「あ、ありがとうございます!」と言った。


あ、と相太が口を開いた。


「気になってたんだけど、何で俺に憑いてたんだ?」

「あ、それはガバガバだったから…」

「ガバガバ?」

「あの、隙が…」

「隙…?マジで?」


相太が信じられないといった感じで聞き返すが、続きは俺が受け持った。


「日頃の隙は、憑きやすさに比例する。まぁ単純に言えばマヌケなやつほど憑かれやすい」

「ちょっと待てぇ!今マヌケって言ったか!?」

「ああ。まぁいいじゃねぇか。マヌケなおかげで女性に憑いてもらったんだから」

「それ喜んでいいのかわかんねーよ!…ってまさか、新幹線の時に『女に好かれてる』って言ってたのは…」

「そ。もう既に女に憑かれてんだから、好かれてるも同然だろ?」

「全然ちげーよ!うっわ畜生そう言う意味だったのか…」


頭を抱える相太に、幽霊が初めてふふふ、と笑った。


「あー、笑った!やっとここに馴染んできたね!」


女同士仲良くやろうよ、と捺実が幽霊の手を取ろうとするも空振る。


「あれ?」

「いや、可視化したけど流石に実体化はしてないぞ。手間も時間もかかるし」

「そうなの?ったく使えないね」

「悪態を吐くのは流石に酷くないか」


俺がそう突っ込むも、捺実は既に幽霊と会話を始めてる。ったく、と捺実が言ったように悪態をつきたくなるが、会話をすることも成仏で重要なことなので、邪魔をしないようにする。


「あ、もう1つ気になったんだけど…」


頭を抱えていた相太がパッと顔を上げて幽霊を見る。せっかく俺が邪魔しないようにしてたが、相太は遠慮なく言った。



「盟子、…だったりするか?」



一瞬、部屋の中が静寂に包まれた。


「め、めいこ、ですか?いや、ピンときませんね…。忘れてるだけかもしれませんが…」


幽霊がそう呟いた瞬間、ハッと閃いた様子で言った。


「そうだ…!私の名前、蔵弓萌恵沙でした!変な名前だって思ってたんでした!」


自分の名前を思い出しはしゃぐ萌恵沙さんだったが、ふと周りの静けさに気づく。


「え、えと、なんかすみません…」

「あ、いやそう言う意味じゃないんだ」


俺がしっかりと否定するがその後でため息を吐く。相太が申し訳なさそうに俺に謝ってきた。


「ごめん。もしかしたら…って思ったんだ。境遇も歳も似てたから…」

「いや、謝るな。俺だって少しは疑ってたから…」

「あ、あの、どうしたんですか…?」


萌恵沙さんが困惑していると、捺実が少し困った笑い方で説明を入れた。


「ごめんね。私たちの話なんだけど…、聞きたい?」

「いや、話す。もしかしたら知ってるかもしれない」


俺はそう言って、萌恵沙さんに向き直った。


「あなたが死んだ理由は、6年前に起こった土砂崩れだ。崩れた先が、ちょうど集落の一部だった」


コンビニを買いに行く時、否応無しに目に入ってきた、削れたような山肌。


この残酷な光景は、この人のだけでなく、あの人のも。


「俺らは、本当は6人組だった。その中の1人が、あなたと同じ目に遭った。そして彼女は…」


言葉に詰まる。だが無理矢理口を開いて、何かを振り切るように言った。


「俺の、愛すると言っても過言じゃない人だった」


俺が本命チョコを断った理由。それは、彼女がいつまでも心の中に居続けるから。


「あなたは盟子の名前に反応して、名前を思い出したのかもしれない。だから盟子について、何か知っているんじゃないか?」


微かな希望を求めて、俺は幽霊に、…萌恵沙さんに尋ねた。


いや、これは、本当に希望か…?


「ええと…、微かに思い出したんですけど、名前のやりとりをしたんです」

「名前…?」

「はい。その時の相手の名前が…、その、めいこ、って名前だったかなぁ…、って。でもその人の顔も、声すらも覚えていませんし…。ただその名前だけが頭にパッと浮かんだような感じで…、すみません。曖昧で」

「いや、大丈夫。ありがとう」


そう言った俺の声は、どこかがっかりした感じだった。


希望なんかじゃない。俺が感じていたのは絶望に近い感情だ。


「…ああ、ごめんな。関係ない話をしてしまった」

「別に関係なくはないですよ。あなたたちにとっては…」

「いや、今はあなたの成仏に向けての話だから…。それより、他に覚えていることは」


俺が尋ねると、萌恵沙さんは肩を落として、


「申し訳ないのですが、何も思い出せません…」

「そうか…まぁそれなら仕方ない。それで提案なんだが…」


俺は萌恵沙さんを見、また4人を見て言った。


「これから、萌恵沙さんを一緒に行動させてもいいか?」

「えっ」


萌恵沙さんが驚きのあまり、思わず声を漏らす。だが発せられた声はそれだけで、あとは誰も口を開かない。


やがて、捺実がはぁ、とため息を漏らした。


「誓太、あんた本当にバカじゃないの?」


軽蔑した目で俺を見る捺実。だがすぐにフッと笑い、


「そんなこと、言わなくても成立してるじゃない」

「そうだそうだ」


研が捺実の背中から顔を出して口を挟む。倉之助もうんうんと頷く。


「え、本当に、いいんですか?」


萌恵沙さんが困惑した様子で言った。その言葉を相太が押し切るように言う。


「あったりまえだろ?困った時はお互い様。それが生きてようと死んでようと関係ない。そうだよな?」


相太が他の4人に同意を求める。相太はそのまま皆が賛成する様子を期待していたらしいが、


「ええ〜、相太にだけは言われたくないな〜」

「なっ、なんだと!?」


研の言葉に耳を疑う相太。捺実が怪しげに相太を見ながら続ける。


「おかしいわねぇ、この人、本当は相太のニセモノじゃない?」

「はあ!?なんだよ何がおかしいってんだ!」

「さあねぇ〜、それは自分自身に聞いてみれば?」


明らかに煽っている捺実のセリフにキレそうになる相太。「おい!」と倉之助に矛先を向けた。


「お前はどう思ってんだ!俺の言ってることはおかしいか!?」


倉之助は微動だにしなかった。その顔からは完全に関心がないことが見受けられる。


なんということだろう。このまま進めれば、皆が一致団結して萌恵沙さんを感動させるシーンになるはずだったのに、完全にお笑いゾーンに突入している。既に萌恵沙さんは笑い転げている始末だ。


「あああ!もういい!」


無理矢理切り上げた相太は、バッと萌恵沙さんの方を振り返り、


「とにかく、これからは俺たちが手伝っ…、あ?」


相太が動きを止める。他の3人もキョロキョロと辺りを見回していた。その様子にあ、と俺が気づく。


「ごめん、可視化時間が切れた」


つくづく締まらない様子であった。






後に、この幽霊との出会いが思いもよらない事態に向かい、様々なことが解明されていくと同時に、少しずつ歯車が回りだしていくことを、そして、これらは全て初めから決まっていた『運命』だということを、その時の俺らはまだ知るよしもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る