第5話

俺は事務室の後方、入り口のドアの直ぐ脇に立ち、彼女の様子を観察していた。

彼女は店長の言葉を聞き、うつむいて涙を流していた。

普通ならここで情にほだされてしまうんだろうが、プロである俺を胡麻化すことは至難の技だ。

確かにうつむいてはいた。

涙も流していた。

しかし彼女の表情には、少しも反省したような様子は感じられなかった。

間もなく、店番のアルバイト君が顔を出し、彼女の母親が来たことを告げた。

菅野五月は殆ど化粧っ気もなく、地味なスーツを着て、事務室に入るなり、いきなり土下座をして見せた。

彼女も泣いてはいた。

許してくださいと何度も頭を下げた。

店主はこんな光景は、恐らく死ぬほど見てきたであろう。

その筈だ。

本屋なんて万引きは腐るほどいる。

だから、この二人の心の中なんて、とっくにお見通しだ。

俺はそう思っていた。

しかし、店主氏は、いとも簡単に篭絡されてしまっていた。

太った髭面のおっさんが、肩を震わせ、同情の涙を流している。

俺はこの母娘・・・・特に母親に雇われた人間だから、立場上彼女の味方をするべきなんだろうが、今ではもうとっくに白けてしまっていた。

店主氏は、二人に、

『もういいから、もういいから』と何度も言い、警察も呼ばず、黙って商品を置いて行ってくれれば、今回の事は不問に付す、と宣言した。

彼女はハンカチで口を押え、娘と二人で何度も頭を下げ、店を出て行った。

店の外、駐車場にはゴシップライターやら、芸能リポーターとやらがゴロを巻いていて、俺達三人の姿を見せると、獲物に群がるハイエナの如く集まって取り囲み、

矢継ぎ早に質問を浴びせた。

菅野五月はしおらし気に、

『娘が疑わしい行為をしたばかりに、お店の方にもご迷惑をおかけしましたが、結局誤解だということを分かって頂きました』

そういって、ちらり、と俺に目配せをした。

連中の目線が俺に集中した。

俺は何も答えず、黙って頷くしかなかった。

気分は最悪だったが、しかし事実店主は警察も呼ばなかったし、届けも出さない。これでは犯罪にしようがないだろう。

彼女は娘を庇うように車に乗り込んだ。

レポーター連中はぽかんと口を開けていたが、今度は店から出てきた店主氏に説明を求めると、彼も『何も起こっていません。いい親子ですなぁ』と、心から感動したかのようにハンカチで鼻をかんだ。

だが、俺は見逃さなかった。

車を出す直前、彼女と娘が互いに目を合わせた時に見せた、実に嫌らしい笑顔を・・・・。


菅野優里亜はその後、東京の郊外、H市にある、豪華な心療内科クリニック病院に入ったと知った。

菅野五月は例の米国人監督の映画に大役としてオファーされ、米国に撮影に向かった。

俺は彼女から振り出された小切手の中から、必要経費だけを除き、残りを全部送り返した。

こんな胸糞の悪い金など、受け取るほど腐っちゃいない。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恐ろしき彼女達 冷門 風之助  @yamato2673nippon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ