第3話
『で?私は何をすればいいんです?』俺は素っ気なく答えた。
『くどいようですが、犯罪の手助けは出来ません。別に法にばかり忠実になるわけじゃありませんが、明日からおまんまの食い上げになるのは御免なんでね』
『分かっています。そんなバカげたことをお願いしたいのではありません』
彼女によれば、娘は診察してくれた心療内科クリニックの紹介で、ある病院に入院させることが決まっているという。そこはある保養地にある、外目にはそれと分からない準開放型のメンタルホスピタルで、近くには店もない。約二か月間の入院で、完全に彼女の盗癖を治すことが出来るのだという。何でも『その手の患者』の治療にかけては日本でも五本の指に入るのだそうだ。
『盗癖』なんてものを病気のカテゴリーに入れてしまうのには、違和感を覚えはしたものの、医者がそういう以上、その道の素人である俺には何も言えなかった。
しかし、今その病院は病棟が一杯で空きができない。
最低でもあと一週間は経たないと無理だそうだ。
その間、俺に娘の優里亜を見張り、万引きとして立件出来ないようにしてほしい。というのが以来の筋らしい。
『それだけじゃないでしょう?』俺は言った。
彼女は痛いところを突かれた。とでもいうように、表情を曇らせた。
『私の調べたところじゃ、貴方は米国の有名監督が日本を舞台にして撮る新作映画の主要キャストにというオファーが来ているそうじゃないですか?娘のスキャンダルが暴かれれば、そんな役だって降りざるを得ない。娘の事だから関係ないと突っぱねるわけにもゆかない・・・・』
『どこでそんなことを調べたんですの?』
少し恨みがましい目つきで俺を睨んだ。
『これでも探偵で飯を喰ってるんです。依頼人になりそうな人物の事は大抵調べておくもんです。でなけりゃ務まりはしません』
俺の言葉に、彼女は悪びれもせずに頷いた。
そして、タチの悪いゴシップライターや、数名の芸能リポーターの名を挙げ、隙あらばと自分を狙っているのだという。
『私は女優です!自分の仕事を大切に思うのは当たり前でしょう?!でも自分の娘だって大切なんです。たかだか10万円にも満たない品物のことで、あの娘を犯罪者になんかしたくはありません!』
正に女優だ。
こういう言葉を臆面もなく口に出せる根性が、彼女をここまでにさせたに違いない。
『・・・・要するに、何があってもあと一週間、少なくとも入院させるまでの間は彼女の万引きを立証できないようにすればいい。そういうことですな』
『お金はいくらかかっても構いません』
同じ言葉を繰り返すと、前金だといって、小切手帳を取り出し、剃刀の刃のように鋭い小切手に、3の次にゼロを五桁書いて渡した。
俺は小切手と彼女の顔を何度も見比べて苦い顔をして見せたが、結局それを受け取って、内ポケットにしまった。
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