第2話

娘の優里亜は現在18歳、今年の春に都内にある某私立の女子大に入学したばかりである。

入学・・・・というのは適切ではない。

そこはいわゆる『お嬢様学校』で、小・中・高、そして大学と連なっており、余程成績が悪くなければ(いや、これは表向きの話だ)、さほど苦労はせずに、大学までエスカレーターでの進学が可能だそうだ。

彼女もその口で、中学校に優秀な成績で入学し、そして進学したというわけである。

『親の私が言うのもなんですが、とても優秀な娘でございまして、中学校の時から五番より下がったことはありません。運動も出来ますし、明朗で・・・・私のような世間知らずから、何であんな子供が生まれたかと・・・・・』

菅野五月は娘が生まれて間もなく、実業家の夫と離婚をし、以来自分の手だけで娘を育て上げた。

仕事がどんなに忙しい時でも、出来るだけ側にいてやるように気を配り、それでいて決して甘やかしたりはしなかった。

彼女が娘の異変に気付いたのは高校を卒業する間際の事だった。

ある日、娘の部屋の前を通りかかったところ、見慣れぬものが落ちていた。

腕時計だった。

しかしそれは、娘が高校に進学した時、彼女が買い与えたものではなく、明かにそれよりも高級な、外国製のものだった。

彼女は娘を問い詰めようと思ったが、何かの間違いだろうと思い、黙ってそれを娘の部屋のチェストの上に置いて、そのままにしておいた。

それからはよく気を付けて娘を見るようにし、ある日曜のこと、都内で行われていたテレビドラマのロケ収録が思ったよりも早く終わり、そのまま帰宅しようと、タクシーを拾った。

すると、たまたま彼女の通っている学校の近くを通りかかったところ、近くのブティックから、優里亜がこれまで見たこともない表情で、数名の友達と出てくるのを見てしまったのである。

母親の彼女とて大女優だ。

人間の表情の変化ぐらいは読み取れる。

そこで彼女は全てを察した。

案の定、家に帰り、娘が風呂に入っている間に彼女の部屋を調べてみると、見慣れぬ高価なイヤリングが、値札がついたまま、タンスの引き出しの中から出てきたのである。


翌日、彼女は仕事を休み、何とか理由をつけて、優里亜を自分がかかったことのある心療内科クリニックに連れて行った。

そこで娘は医師に『自分は万引きをしている』ことを告白したのだそうだ。

『私は盗んだ品物をそのままお店に持って行って、穏便に済ませて貰うように話をして貰いました。たかが万引きくらいのことで、愛する娘の将来を台無しにするなんて、私にはとてもできませんから・・・・』

『たかが?』

私は聞き返した。

『ええ、だって娘の盗んだものは、それほど高価なものではありませんでした。時計だって、後から聞いてみるとイミテーションだというのが分かりましたし・・・・』

私は何も言わずにため息をついた。





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