恐ろしき彼女達

冷門 風之助 

第1話

俺はさっきから立ち読みをするふりをして、横目でちらちらと、制服姿の女子学生をそれとなく監視していた。

ピンク色のカーディガンに白いブラウス。ギンガムチェックの膝丈のフレアスカート。

ツインテール(お下げを二つに分けるのはこういうんだそうだ)の髪型。ピンク色の縁の眼鏡、化粧っ気のない丸い顔立ち・・・・今時こんななりをしている女子大生なんて、そうそういるもんじゃない。

彼女は辺りを確認するように見回すと、棚にあった三冊の、今人気のライトノベル。

『僕とゲーテと教室で』を、大きめのショルダーバッグの口を開け、ぽいと、本当に極く自然な動作で放り込んだ。

明かに万引きである。



『お願いします!娘を助けて下さい!』彼女は事務所に入り、ソファに坐るといきなりそう言って頭を下げた。

俺は何も言わず、いつもそうするように黙ってコーヒーを彼女の前に置き、その隣に契約書を置いた。

『詳しくはそれをお読みになって頂ければ分かると思いますが、私立探偵、特に私のようなライセンス持ちは、

①犯罪に加担する依頼。

②明らかにその筋と分かっている客からの依頼。

この二つは「私立探偵業法」という法律で受けられないことになってましてね、

それからこれは個人的な主義ではあるんですが、結婚や離婚に関する調査は原則的にお断りしています。また離婚の証拠集めや、離婚をするためにパートナーをはめるような類の調査もお断りしています』

『お、お金はいくらかかっても構いません!』

彼女はコーヒーにも、契約書にも目もくれずに、ひたすら頭を下げ続けた。

こんな姿、まずテレビドラマや映画でもおめにかかれまい。

菅野五月・・・・元々は関西のある有名な女性ばかりの歌劇団で娘役のトップを務め、そこを退団してからも、大金持ちの奥様から、大名の奥方迄、とにかく高貴な役をやらせたら右に出るものがいないという大女優になり、50代後半になるというのに、未だ現役トップを走り続けているのだから。

テレビやスクリーンでの彼女は、人に向かって頭を下げるのは死んでも御免だ。というタイプなのに、その彼女が、たかだか市井のいち私立探偵に必死の形相で、頭を下げ続けているのだ。

『・・・・しかし、娘さんの万引きを止めさせるなんて真似は、本来精神科医などの領域じゃありませんか?まして娘さんは18歳とはいえ、もう女子大生なんですからな。』

『勿論医者にはかかっています。でもそれだけじゃダメなんです。どうしたって私は彼女を守ってやらなければならないんです』

娘の名は菅野優里亜。都内にある名門女子大の一年生。学業も優秀で性格も朗らかで、決して悪事に手を染めるような子供ではない。

大女優は俺の前で、何度もその言葉を繰り返した。




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