八千代(やちよ)に泣く者

「この調査が終わったら、俺の田舎に家を買わないか?」

 霧がかかる山道を歩きながら、長身で黒い瞳に赤い短髪、筋肉質な肉体を持つ、冒険者ルークはお得意の勝ち誇ったような笑みで振り返る。


「へ?」


 小柄で艶めく長髪にとんがり帽子、ハイトーンな声、髪色と同じ青い瞳が可愛らしい美女、リリアナは完全に場の雰囲気とは異なるルークの一声に、素っ頓狂な声を漏らした。


 2人が歩くのは通称『魔大陸』。大昔に起こった世界崩壊 メテオ・インパクトにより、魔法で発展した『ジルオール』と、化学で発展した『地球』が衝突し、一つになってから、彼らヒューマンが未踏とされる領域である。 

 ヒューマンと敵対関係にあった魔族が、世界崩壊 メテオ・インパクトにより大量の魔素と共に、旧地球となる『魔大陸』へ流れ込んでから過去8,000年謎に包まれており、『魔大陸』に関るあらゆる情報は、魔族の現状を知るには貴重な情報となっていた。

 しかし、『魔大陸』一帯はヒューマンの都『エリシオン』に比べ、強力な魔素が漂っており、強靭な肉体を持つヒューマンでなければ2日ともたない。その濃厚過ぎる魔素濃度と、桁違いな魔物の存在により、『魔大陸』の調査は未だ進んでいなかったのだ。

 数年前から魔族の不穏な動きはあるが、確たる情報が何もない。そんな現状に業を煮やしたヒューマン王、アーサー・フレギオンが、指折りの実力を持つ冒険者、ルークとリリアナのペアに此度の調査を依頼したのである。


 冒険者ルーク・グラントは、獣人族に引けをとらない程の強靭な筋力とバネを持ち、豊富な冒険者としての知識と、幾度もの死線を越えた経験を持つ。

 また、騎士団に所属していた経歴があり、肉弾戦で右に出るものはなく、所属する王直属部隊でもエースだったが、その頑固な性格からか、汚職が横行する貴族達に激怒し、断罪したところ懲罰を食らい騎士団の身分をはく奪され、冒険者となった過去がある。

 一方、リリアナ・リヴァーは有名貴族リヴァー家の次女。100年に一人と言われる程の天才的な魔法の素質があり、首席で魔法学校を卒業。16歳の卒業時に最年少にして『魔女』としての格を得たが。はねっ返り娘であった事もあり、紆余曲折あって5年前から冒険者として旅に出ている。

 そんなルークとリリアナは2年程前、偶然の出会いから始まり、冒険者同士意気投合。その後、互いの実力を認め、以降ペアで活動をしている。


 今回の調査に必要な人選では、魔族との不要な接触を避ける為、大規模調査団より少数精鋭での調査が求められた、王の直命で『魔大陸』に派遣出来る人物で、かつ魔物を単独で討伐できる実力者。更に、王の信頼がある人物など、そう多くは無い。

 そうした事情から、元よりアーサー王からの信頼が厚かったルークと、魔法と歴史の素養があるリリアナのペアが適任であると、アーサー王たっての依頼で調査が始まったのである。


 そんな重大かつ危険な任務の最中、ルークからの突然のプロポーズとも取れる提案に取り乱しながらリリアナは答える。

「な、なんなのよ!冗談いわないでよこんな時にっ!」

 真面目な性格のリリアナは、ブリブリと顔を赤らめて先頭を歩くルークに噛みついた。

「いや、冗談ではないよ、今回の調査は過酷だ。これから更に『魔大陸』に深入りすれば何が起こるか分からない、だから言っておきたかったんだ」

 ルークは愛用の大剣を肩に担ぎ、山頂から目の前に広がる荒れた大地を見渡し演技派俳優さながら語る。


「そういうのをフラグを立てるっていうのよ……」

 格好をつけるルークをよそに、ため息と共にごちるリリアナは、言葉さえ否定的だが、とんがり帽子の鍔をつまみながら、内心まんざらでもない様子で呟いた。


 確かにルークの読みは正しく、二人の目の前には、これまでの道のりと比べ、一層強力な魔素と魔物の気配が漂っており、その気配を察知したリリアナも、長年愛用してきた杖を惜しむように撫で、一か月前から潜入している調査がいよいよ大詰めである事を予感していた。


「しかし、本当に荒れた土地ね、8,000年前に衝突した当時の衝撃は、想像できない程の破壊力だったのね……」

 コホンと咳ばらいをしたうえで、話題を変えるようにリリアナは言う。


「そうだな、魔物化したグリフォンの巣で見つけたこの鉱石も見たことのない色をしている。8,000前のこの土地は一体どうなっていたんだろうな」 

 ルークが手に光る鉱石を取り出し、ポンポンと軽く片手で持ち上げながら言う。

 ルークが持つのはリンゴのマークが刻まれた”スマートフォン”今二人が立つ『魔大陸』。かつての地球に存在していた人類の英知の塊だ。


 2人がヒューマン王、アーサー・フレギオンより命じられた調査任務の内容は、『魔大陸』に存在する鉱物やアーティファクトの回収。また、可能であれば魔族の動向を探るというものだったが、そもそも『魔大陸』に眠るアーティファクトは、世界崩壊 メテオ・インパクトにより殆どが海中や新たな地層により地下に埋まってしまっていた。

 その為、『魔大陸』に入ってから一週間、まるで調査に進展が無かったが、先ほど魔物化したグリフォンの巣からキラリと光る”スマートフォン”を奇跡的に見つけたのであった。


「何の鉱石なのかしら……」

 ルークの手でキラキラ光る”スマートフォン”をのぞき込みながら、リリアナは考えを巡らせる――。

 アーティファクトが残る程の地層は『魔大陸』に入ってから全く確認できなかった。そもそも、8,000年も昔の土地に残る遺物は発見出来る可能性は極めて低いとリリアナ感じていた。光るモノを収集するグリフォンの性質から、何処かでこのアーティファクトを発見し、巣に持ち帰ったと考えられるが、一体グリフォンは何処で見つけたのか――。


 ――すると突然、リリアナの思考を遮るように、微かに赤ん坊の泣き声が響き渡った。

 その泣き声は風の囁きのように小さく、それでいてしっかりと二人の耳に届いた。


 ルークとリリアナは、微かに聞こえた泣き声に互いの顔を見合わせる――。

「今のは……」

「赤ん坊、の泣き声だった、よな……?」

 成人男性でも魔素酔いを起こす程、高濃度の魔素に溢れている『魔大陸』で、更にこんな荒れ地にヒューマンの赤ん坊がいるハズが無い。ルークは例外として、リリアナでさえ魔素酔いのプロテクト魔法を定期的にかけ続ける事で長期の調査に対処している程である。

 あり得ないことだが、確かに今の泣き声は、赤ん坊の声だった。


 リリアナは泣き声のする方向へ、探知魔法を飛ばした。

 ――「こっちよ!」

 声の主を捉え、二人は更なる奥地へ急ぐ。


 * * *


「とまって!」

リリアナが急に足を止めた。

 眼前に広がる異様な風景と何か関係があるのか、ルークは警戒態勢をとりながら、横目にリリアナに問う。

「この先の魔素濃度が異常だわ、それに魔法の形跡もある」

『魔女』の実力を持つリリアナが警戒する程の魔素濃度、その警告にルークは顔をしかめる。

「俺にもプロテクトをかけてくれ」

 ルークに魔法をかけるリリアナは、この先に本当に赤ん坊がいるのか疑問を浮かべていた。何かの聞き違いであったのか、行動より頭で考えるタイプのリリアナは動けずにいた。

「行こう!赤ん坊がいるんだ、助けてやろうぜ!」

 性格では逆タイプのルークは、リリアナの心中を察してか、鼓舞するように言う。

 正義感の塊のようなルークの声に、心を押されリリアナも決心する事にした。

「もちろんよ!」

 グッと杖を握りしめ、リリアナはいつもの調子でふんぞりながら応える。


 二人の視界の先、異様な光景は一体何が起きたのか。観賞用に整理されたと思われる植物から、ここが公園だった事は理解ができた。しかし、公園でも異様に映る原因はモノクロの世界。まるで時間が止まっているかの様な、石化した植物と公園が広がっていた――。


 二人は息を吞んで石化した領域に踏み入る。しばらく歩いていくと、泣き声の主を視界に捉えた――。


 その光景にリリアナは言葉を失ってしまう。

石化した女性の先に、ベビーカーの中でその赤ん坊は泣いていたのだ。


 明らかに魔法の形跡があり、周辺より高濃度の魔素が漂っているその根源は、目の前の赤ん坊周辺から発せられている。何かしらの魔法がかけられていてもおかしくない危険なエリアに、ルークは引き寄せられるように近づいていった。

 「ちょ……」

 リリアナが止めるより先、ルークは赤ん坊を抱きかかえた。

「もう大丈夫だ。安心しろよ」

 ルークが抱きかかえると赤ん坊は泣くことを止め、安心したのか静かに眠りについた。

「もう!なに不用意に抱いてんのよ!何かあったら危ないじゃない!!」

 ブリブリと怒るリリアナはルークを心配して発した言葉である。それに対してルークは笑みで答えた。


 リリアナはルークの腕の中で安心したのか、すやすやと眠る赤ん坊が、ヒューマンの子供である事を確認すると、周辺環境の調査を行った。

「この先にいるのはお母さん…?我が子を守ろうとしていたの?…」

「そんな、だって周りの木を見てみろよ、石化しているんだぜ?いつからこの赤ん坊はここに居たっていうんだ?」

 つい先程、誰かが赤ん坊を置き去りにした。そう言われたほうが理解できる。しかし、魔素濃度といい様々な条件がその考えを否定する。


「いや、違うわ…」

 リリアナは目を細めながら、考える時のクセである右の唇を噛み、過去に読み漁った歴史文献から一つの可能性を思案する。


「かつての大魔法士様は、8,000年前の世界崩壊 メテオ・インパクトの時、衝突を緩和させるために、時間停止の魔法を放ったそうよ。範囲は限定的だったけれど。それがなければ私たちの惑星ジルオールも壊滅的な被害があったとも云われている。まさか、それがこの場所で、8,000年のあいだ時間が止まって、現代で覚醒を……した?」

 リリアナは赤ん坊を見つめながら、自分の考えを呟いていた。


「そんな事が起きるのか?8,000年も時間が止まっているなんてどんな冗談なんだ」

 ルークは、あり得ない。けれども、歴史と魔法に精通しているリリアナの呟いた仮説を、言葉では否定したが、頭では否定しきれずにいた。


 ルークは一般的にも魔力が高くない。従って、ここに高濃度の魔素が漂っている事は捉えられない。しかし、何か引っかかる……顎に手を当て周囲を見渡すと、その違和感にハッと気づいた。

「そうだ!赤ん坊が無事で、なぜこの女性ひとは石化したままなんだ?」


 リリアナは少し考え、「憶測でしかないけれど」と前置きをしてルークに話した。

「それは、潜在的な魔力の量が違ったからじゃないかしら。女性は子供を産むと潜在的な魔力の量が大きく減るわ。魔法の効果は魔力が低い者は効果が大きく、逆に潜在的に魔力を多く持つ者は魔法異常の回復が早くなるもの」

 無残にも目の前で我が子と人生を別けられた悲劇的な母。その姿に心打たれたルークとリリアナは、石化した母の前で手を合わせ、頭を垂れていた。


「じゃあ、この女性ひとが目覚めるのはいつなんだ?」

うーん、と唸りながらルークはリリアナに問う。

「周辺環境と、赤ん坊だけが石化を解いているという事実。この女性ひとの潜在的な魔力を考慮しても、あと数百年はかかるかと……」

 肩を落とすリリアナの言葉に、そうかと呟くルーク。更にリリアナは続ける

「石化魔法なんて、古代魔法にはあると思うけど、私の専門外。ましてや解く方法なんて検討もつかないわ」

リリアナが使うのは現代魔法、魔族との戦闘が無くなってから、魔法が戦闘に特化していた古代魔法の時代から、生活や狩猟に特化した現代魔法では石化に関する魔法は存在しない。


「どうしよう。この子を保護してアーサー王に報告する?」

 リリアナは不安な声でルークへ問う。

「ダメだな、王に報告すると大臣達にも話が伝わっちまう、こんなところで見つかった赤ん坊だ。ヤツらの耳に入ったら実験体にされちまうのがオチだろう」

 以前、王直属の騎士団に属していたからこそ内情に詳しいルークは答える。


だが、リリアナの問いにしばらく考えた後「よし!」と何を思いついたのか、いつもの勝ち誇ったような笑みでリリアナに向かって言った。


「――この子。俺たちの赤ん坊だということにしないか?」

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