第2話 愛猫リリの旅たちに捧げる
愛猫リリの旅たちに捧げる
だれかに見られているようで
ふりかえって見上げる棚の上
わたしたちを見下していた
リリはもういない
うとうととネボケ眼で
わたしたちを
くびをかしげて 眺めていた
リリの視線はもうない
部屋の隅にツメトギ台がポツンと置いてある
バリバリと狩りにでる雄叫びのような
猛々しいツメトギの音はもう聞かれないのだね
リリ リリ さびしいよ
ネズミをくわえてきたり
子雀をくわえてきたり
ビンボーな老人老婆の
わたしたちを養おうとしていた
けなげな勇姿
リリ リリ リリはもういない
よびかけると
かわいいちいさな顔をかしげ
おおきなあくびをしていた
白く鋭い牙をのぞかせた
ワイルドなリリ
リリ リリ リリはもういない
病院につれていく
キャリーバックのなかで
さいごに猫らしくニャオ―と
鳴くことができた
あれがリリ リリの別れの挨拶だった
リリ リリ リリ リリはもういない
さいごにニャオ―と猫らしく鳴けたね
リリ リリのおわかれの挨拶
たしかにうけとったからね
リリ リリこれからもいつもいっしょだ
オワカレナンカジャないよ
リリ リリこれからもいつもいっしょだ
わたしたちと一体になったのだから
リリはわたしたちの中で生きている
一晩泣き明かして
目蓋のはれあがった妻のひとみに
リリ リリ リリ リリ リリがいる
いくら探しても見つからなくなった
サッカ―ボール
指で妻がハジクとリリがくわえて
もどってきた
手製のミニボール
それがふいにリリ リリの遺体のわきに
あらわれた
リリが一晩よこになっていた
薄緑のアイスノン
籐椅子のうえにあった
それを見て
妻はまた泣きだした
リリ リリ リリ リリ リリ リリ
骨壷にこのボールはいれてやるからね
無限に広がるピッチで 独りサッカ―
たのしみなさい
ナデシコ猫のリリよ
よく見えるよ
よく見えるよ
リリの快活にとびまわる姿が
リリリリリリリリリリリリリリリリリリ
よく見えるよ
よく見えるよ
わたしたちはいつもいっしょだ
いっしよだ
わたしたちは
いつもいっしよだ
リリよ
ビンボウな老書生はこんな即興の詩しか
リリに捧げられない
ゴメンよ リリ
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