第5話 願望

 しばらく歩き、見たことない祠のようなもなのが視界に飛び込んでくる。神様を祀る祠とは大きさが違う。祀られている祠を十とするならこの建物は五十というところだろうか。無駄に大きく作られていてこの中に一輪の花が咲いていると思うとだれだけ重要なのかが伝わってくる。

「こんなところにあるんですか」

建物を見上げため息をこぼす。内心相当呆れていた。

「さあ。行こうか」

村長の一言に現実に戻され大きな建物に足を踏み入れていく。足を踏み入れたその先には白い光に照らされた綺麗な一輪の花がポツンと生えていた。

「これが月の花・・・」

あまりの美しさに一言しか口にできず、絶句する。花を見ただけで絶句するとは流石に思わず、自分でも意外だった。

「これが月の花、月花だ。では運ぶからこっちにきてくれ」

「わ、わかりました」

僕は言われた通りに村長の近くまで行き、花の抜き方を教えてもらう。意外とコツがいるらしく、一度では抜けず、二回目でようやく抜けた。

「これなかなか難しいですね」

村長は無言だった。もしかしたら僕の計画に感づいているのかもしれない。もし気づかれていたとしても僕は関係ない。彼女の病を治すことが僕の罪を償う唯一のチャンスだと思うから。

そんなことを考えていると村長が重く閉ざしていた口を開き、問いかける。

「この花の効力を使えば幸は戻ってくるのかね」

その言葉を聞いた瞬間僕は俯いた。その行動は罪の意識からなのかよくわからなかった。

「三年前、君が幸の婚約者になってくれたことは嬉しかった。両親がいないあの子は不憫な子だから。同じ歳のそれも仲の良い幼馴染。私は心底安心した。でも君が、君があの日あそこに行こうと言わなければ」

僕は罪悪感で俯くことしかできず、その意見に肯定も否定もできなかった。

「落ちたのはあの子自身だ。でも、あの日に行くことがなければ・・・」

「すいません」

やっと口から出た言葉は謝罪の言葉。これまで伝えられなかった謝罪の言葉だった。

「でも、僕は幸さんが生き返ってほしい。また笑ってほしいと願っています。この瞬間もこれまでも、これからも」

そうして僕は封印の呪符を破り捨て叫ぶ、今一番叶えてほしいことを。僕の『願望』を。

「彼女を。白石 曦さんの月光病を治してください!」

叫んだ声が反響し四方八方から自分の声が聞こえてくる。僕の願望を聞いた村長は口を開き、重い声で僕に問う。

「何で、何で願ったんだ」

「僕はあなたのお孫さんの病気を直したかったんです。幸さんの生まれ変わりの姿。白石 曦さんの病気を」

「生まれ変わり?そんなのあるわけが」

「あるんです。彼女は僕のことを最初から知っていた。そして幸さんと同じ後ろ姿が見えるんです。僕が惚れ、好きになった彼女の後ろ姿が」

村長の意見を途中で遮り僕は声を大にしていう。その言葉には重みがあり、村長は一歩引き下がる。

「でもそんな、そんな馬鹿な」

村長は頑なに信じようとしなかった。いや、内心信じていてでも信じ切れていなかった。世の中の理を変えてしまうのが月の花だ。もしかしたら誰かが蘇らせたのかもしれない。そんなことを頭の隅に置き、村長はある願望を口にした。

「彼女に会いたい。白石 曦さんに会いたい」

僕はこの言葉を待っていた。この言葉を聞くや否や僕と村長はその場を後にし、彼女の家へ向かっていた。

月の花は光っていた。

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