第4話 上弦の月

 彼女から病気の話を教えてもらった時はとても驚き、あまり記憶がない。忘れたい記憶もありある意味一石二鳥と言う感じで迎えた十一月。今日は彼女の家に寄る前に行き場所があり、その場所へ足を進めていた。

「にしてもやっぱり大きいな」

目の前に広がる広大な土地。大きな平屋。倉まであるこの場所は僕の住む村の村長の家。なんか話があるとかなんとかでこの家に呼び出されていた。確か村長のお孫さんが『行きていたら』僕と同じ年のはずだ。

「お邪魔します」

強くはっきりした声で家に来たことを告げる。

「待っていたよ。入りたまえ」

奥から老人の声が聞こえる。その声は威厳があり、いかにもまとめ役とした雰囲気が伝わってくる。

「元気にしてるかな。会うのはあれ以来か」

あれと言うのはさっきも話したお孫さんのことで、亡くなる原因にもなった事故のことだ。

あれは三年前。

僕は村長のお孫さんとの縁談。つまり婚約が成立した日にお孫さん『幸(ゆき)さん』とともに近くの森を抜け、少し山道を登り見晴らしの良い場所でお昼ご飯を食べていた。近くに崖などがあった危険な場所でもあったが『気をつければ大丈夫』と言う軽率な心構えでその場に僕はいた。崖から落ちるなんてありえないし、怒るわけがないと思い込んでいたから。その軽率な心構えのせいで事故は起きた。幸さんは足を滑らせ崖下に転落した。一時は僕が手を掴んだものの、体を上げることができず幸さんは亡くなった。僕は今でもそのことを悔やみ、悔やみきれず今でも引きずっている。

『やっぱり。気まずいな』

長い縁側を歩きながら心の中で思う。好きだった幸さんを思うように。

 しばらく歩き、ある部屋の前で立ち止まる。襖で仕切られている部屋の前で正座になり名前を名乗る。

「鈴原 達也参りました」

「入ってくれ」

渋い声が耳に入ると両手で綺麗に襖を開き、一礼する。そうして立ち上がり入室し、襖を閉める。この作法がこの村での常識であり、礼儀なのだ。

「お久しぶりです村長。それで今日はなんのご用件で?」

「久しぶりだね達也くん。今日は君に重要な要件を任せたい。村の存続に関わる大事な仕事だ」

「そ、それは?」

「『月の花』は知ってるかな?」

「えぇ。この村に伝わる伝説の花ですよね?」

この村で『月の花』を知らない人はいない。でもその大半は存在を知ってお=いるわけではなく、おとぎ話のような物語として知っている。

「でも『月の花』は物語に出てくる仮想の植物ですよね。なぜそれが?」

もちろん僕も物語上でしか知らない。それは本当にあると考えたこともなかったからだ。

「いや、花は実際に咲いている。こんな話をしている今のこの時も咲き続けている」

「そんな。馬鹿な・・・」

信じようとしなかった。だってそんな花が本当に咲いているのだとしたら誰かしらは私利私欲のために使うはずだから。でもこの村には数百年安泰が続いている。花の存在が本当でその効力も本当なら戦争が巻き起こってもかしくはない。だって何もかも叶えてしまうのだから。

「それで僕に何をしろと?」

「その花が一番効力を失うのが今日なのだ。もともと花は根が地下深くまで伸び、引き抜くことはできない。でも今日ならそれもなく簡単にひきぬける。こうして上弦の月の日には毎回毎回場所を移動させている。この村の安泰を続けるために」

「僕の仕事は今日の夜に花を別の場所に植え替えればいいんですね?」

「そういうことだ。頼んだ達也くん」

「わかりました。ちなみに植え替えの時は僕一人ですか?」

「いや、私も一緒に行く」

「わかりました。では夕方またここに来ます」

話を切り上げると一礼して部屋を退出、玄関へ向かい足を踏み出した。

「めんどくさそうな仕事だな」

部屋にいる村長には聞かれないようかなり声を潜めて呟く。その瞬間あるものが視界に入る。幸さんの写真が飾られている仏壇。僕は吸い寄せられるようにその仏壇の前に座り込み、幸さんの写真を眺める。黒く、綺麗な長い髪。黄色のカーティガンを羽織って笑顔で写っているその写真はどこか懐かしく、見覚えがあった。『彼女』と似た雰囲気。僕はちゃんと手を合わせ、村長の家を後にした。

 村長の家を後にし、今度は彼女の家へ向かう。毎日のように通い、雑談し帰る。この変な習慣が身についた僕はこれがなくなるだけで歯痒さが残る。どんなに仕事に時間はなくてもなぜか顔が見たくなるのだった。

「こんにちはー」

慣れたあいさつを大きな声で発し、靴を脱ぎ階段をのぼる。登りきった先にいる彼女の後ろ姿が見えると何かが頭の中を過ぎる。昔の記憶。婚約者と話し、ご飯を食べ、笑いあったあの日の記憶が蘇る。現実に意識が切り替わり、彼女に声をかける。

「こんにちは。曦さん」

「こんにちは。達也くん」

こうして他愛もない雑談が始まった。

 雑談している間にも何かが頭をよぎる。それが気になり喋っている内容が頭に入らない。ずっとあの日のことが頭の中で再生され、巻き戻され、また再生される。

「幸さん・・・」

無意識に口からこぼれた言葉は近くにいた彼女の耳に届く。

「っ‼︎」

彼女は目を見開き、口を押さえる。そしてありえない一言を僕に話しかける。

「久しぶり」

今度は僕が言葉を失い、固まる。開いていた窓から風が入り彼女の髪がふわりと揺れる。

「嘘だろ」

僕の言葉は風に乗り、空高く舞い上がり上空で破裂する。曇っていた空はいつの間にか晴天になっていた。

 彼女の正体が婚約者の生まれ変わりであることがわかった瞬間僕は彼女の胸に飛び込んでいた。彼女を抱きしめ、涙を流す。彼女は優しい声で『大丈夫だよ』と呟き髪を撫でる。この瞬間僕は何かから解放され、自由になれた気がした。そして心に誓った。

『絶対に彼女の病気を治す』と。

たとえその方法が僕の身を滅ぼそうとも構わない。彼女が生きていてくれるなら僕はそれで十分だった。

 運命の再会を果たし、感に浸っていると時間の流れも速く、すぐ仕事の時間が来てしまい名残惜しいけど別れ、僕はもう一度村長の家の前へ。向かう足取りはとても軽く、とても重かった。

「さて、行くか」

自分の頬を自ら叩き、気合を入れる。これから行うことはとても重大。気合いを入れないと逃げ出すかもしれない。そんなことしたらと考えると、とても悲しくなる。チャンスはこの一回のみ。このチャンスを逃さないように集中する。必ず成功させると自分に誓い足を早めた。

「遅れてすいません」

約束より少し遅れ村長の家についた僕は到着早々頭を下げた。

「そこまでの遅れじゃないし大丈夫だよ達也くん」

村長は優しく謝罪を受け入れ注意事項を語り始める。

「注意することは、封印を解かない。花を傷つけない。無心で仕事を行う。の三点だ。わかったかね達也くん」

「一つ質問があるのですがいいですか?」

「何かね?」

快く質問の許可をくれる村長はやはり優しい。その優しさに嬉しさを覚えた反面、申し訳なさも覚えた。なぜならこれからやろうとしていることはその『期待』を裏切ることになるから。

「封印ってどうやると解いたっていうことになるんですか?」

「花にお札が貼られているのを外したら解いたとなる。もちろん故意的に解いた場合は物語にある通りの結末が訪れる」

「わかりました」

「では行こう」

村長が率先し歩き出す。その後を僕が離れないようについていく。夜の森林はとても暗く、懐中電灯一本だと周りがよくわからない。明るい時なら木漏れ日が射す森林も夜になれば暗く、所々に月光が見えるだけ。足元に気をつけ僕と村長は森の奥へ、奥へと足を進めていく。二人の頭上には綺麗な上弦の月。三日月が輝いていた。

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