〈ゴースト・セクサロイド〉 - 12P
ぼくは他の部員たちを見る。
電子競技戦に出場するらしきメンバーが白テープで引かれた線の内側でブレイン・ボールを飛ばし合っている。きっと練習試合だろう。それ以外のメンバーがどこにいるのかは不明だけど、同じユニフォームの女子生徒たちが何人か、体育館の隅っこで談笑している。運動部に分類されるとはいえ、想像よりも雰囲気は緩そうだ。
「ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
安藤さんは額の汗をタオルで拭いながら、穏やかに「うん」と云った。なんとなく機嫌がよさそうなので少し云い辛い。
「その……、きみが前にいた中学校で、パフォーマーの自殺があったってのは本当か?」
「ええ。未遂ですけどね。……どうかした?」
「いや……」
意外にも彼女は気の留めない様子でそう答えた。そういえばそうだね、という雰囲気で頭に疑問符を浮かべている。そのあと、軽く指をパチンと弾いて、彼女は悪戯っぽく笑った。
「自殺を演じさせるところまでは行ったようですが、直前に中断していた……ということです。残念でしたね。煤木理論と改奇倶楽部の関係を暴く手がかりになると思っていたんでしょう?」
「きみも人が悪いな。どうして話してくれない」
「タテワキくんもすでにご存知かなと。情報通のようなので。あと昨日の顔がムカついたからだよ」
冗談だよ、と白い歯を見せて笑う彼女を見て、自分がどこか安心したような気持ちを抱いていることに気づいた。
……ホッとしている。どうしてか不思議と、ぼくは安堵していたのだ。理由は――わからなかった。彼女が前いた中学でなにか問題を起こしたとか、もしや自殺騒動に巻き込まれていただとか、よからぬ不運に見舞われたなんてことを心のどこかで考えていたのだろうか。
そんなことを悟られまいと少し咳払いして、冗談には冗談を返すこととしよう。
「きみのそのような言葉遣い、ぼくは案外嫌いではない」
「うわ変態……。まぁでも、話してて気分のいいことじゃないっていうのはあるかな……」
一瞬、安藤さんが目を細めた。視線の先にはなにもない。「え?」とぼくが聞き返そうとしたとき――ほんの僅かに彼女の眉間が動いた。なにかを思い出しているようだった。
はっ、と我にかえった様子で彼女は続ける。
「あー……ほら、傷つく人もいるわけじゃん? やっぱり……」
言いよどむ彼女を見かねて、耳くそをほじりながら練習試合を眺めていた彰人が口を挟む。
「自殺未遂なら煤木理論じゃねーンだろ。そもそも認識した段階でオレみたいに警察呼ばれるわけだしよう。もっと大事になってるはずだ。そろそろ戻ろうぜ。あんまし運動部の近くにはいたくねンだ」
この男は入学直後「すべての部をコンプリートする」と声高々に宣言し、実際にあらゆる部活に顔を出しては体験入部を繰り返していた。なかでも運動部ではご自慢の身体能力を活かして自分を売り込み、その後も飄々とした態度で部を渡り歩いては似たようなことを繰り返した。その結果、様々な部活が彰人をめぐって争奪戦を繰り拡げたにも関わらず、当の本人はあろうことか渦中の人としての責任を一切ドブに捨てて、今日まで帰宅部を貫いている。
一時は運動部の前に姿を見せるのを恐れ、中でも剣道部に話しかけられると「市内アレルギーが悪化するかるな」と云い出す始末であった。未だにそのような関係が続いていたとは知らなかった。なるほど。未だに多々良田さんにこき使われているのもそれが原因か。
ぼくらが部室に戻ろうすると、安藤さんもそれに便乗して電子競技部の活動を切り上げた。いつやめるかは完全に彼女自身が決めてもよいらしい。なるほど、これがエースの特権というやつか。
〇
「無理だよ!」
ぼさっと机の上に学生鞄を下ろして一言。ぼくの顔を凝視して云った。
「なんでわたしが部長なの? 勘弁してよ。ついにくるったの?」
写真部に来ていただいて早々このような叱責を受けるとは思わなんだ。
ぼくは〈改奇倶楽部〉を再結成するにあたり、リーダーをだれにするか決めなくてはならなかった。普通そこはお前がやれよ、と思われるかもしれない。けれどこれには深い事情があったのだ。
「なぜかと云うと……」
黄金の夕陽を背にしながら、ぼくは少し俯いた表情で云う。安藤さんと彰人が顔を見合わせて怪訝そうな顔をする。そして彰人が肩をすくめて「続けて、どうぞ」と促す。ぼくは頷いて、心のなかで三度唱えた。
実は……。実は……。実は……。
「ぼくはブレェェェーーーイン担当だから! 改奇倶楽部の「副部長」というあくまで補佐的な立場でありながら脳みそをフル回転して事件を解決に導くクゥーールなポジッションッだからだあ! まさに能ある鷹は爪を隠すが如く! それに参謀キャラが実はリーダーよりも能力が高いという展開、めちゃくちゃ熱いとは思わんか?」
両手を拡げて「ショーシャンクの空に」のポーズをする。決まった。にやりと口端とゆがめて不敵に笑う。さらに眉間に皺を寄せ恍惚の表情で余韻に浸る。完璧だ。
「清水義範曰く『どんな人間も誰かの人生の背景として存在しているのではなく、それぞれ自分が主役である人生を生きているのだ。』……」
持前の教養をフルに活用して皮肉を吐く安藤さん。そうさ。きみのとってぼくは自分を物語の主役だと思い込んでいる哀れな道化かもしれない。けれど今に見ていろ。部長の座を譲ったのは、きみに「自分より上の立場」になってもらいたいからだ。きみがぼくよりも上に行けば行くほど、ぼくが優位に立ったときの快感が増すというものだ。そして立場の低いやつに敗北を喫するきみの表情を見たとき、気分は青天井。ぼくを優越の空へと導くだろう。ちなみに彰人のほうはなにも云わず、ただため息をついていた。
「まあ別にそれはいいけどね。きみの気持ちはよくわかりました。お断りします」
むすっと膨れた顔でそっぽを向く安藤さん。
「どうして。きみは初代改奇倶楽部を作ったレジェンドの娘なのだろう。ぴったりではないか」
「そんなことありません。それに彼らときみらを比べるのが厭なんだ」
今度はぼくと彰人が顔を合わせる。しまった、という顔で彼女は慌てて訂正する。
「ばかっ――ちがうちがう。その、ですね。お父さんから昔の人たちがどれだけ凄かったか、聞かされてただけだよ。わたし、お父さんには色々教えてもらっているのです」
ぼくは想像した。もしや安藤さんにはきわめて猟奇的な趣味があり、定期的に人を殺めなくては気が狂ってしまう厄介な性癖の持ち主で、初代改奇倶楽部の父親はそんな彼女に殺人衝動の処理と道徳を叩き込んだうえで「悪人ならば××してもよい」などと教えたのではなかろうか。彼女のいう「色々」にはこのような秘密が隠されており、これからの物語で改奇倶楽部が出会う凶悪犯罪者たちと次々に葬っていく。もしそのような事態に陥った場合、ぼくは最も近しい友人兼同僚として彼女が黒幕であることを見抜き、執拗に追いかけ回し、独自の正義感を暴走させて独断で行動を始めるだろう。ちなみにこの一連の妄想は「デクスター」という海外ドラマのパクリである。
「それで、部長とかそういう話は置いといてさ。きみ〈蒐集家〉に狙われてるんでしょう。どうするの?」
ぼくがそのような既視感ばりばりの妄想に耽っている間、写真部の備品置き場からキャスター付きのホワイトボードを引っ張って来た安藤さんが進行を開始。水性のマジックペンで『蒐集家 ⇒ タテワキくん』という相関図を描き始める。こういったときはネール・デバイスでアプリでそれ用のアプリを落としたほうが手っ取り早い気もするけれど。日ごろから紙とペンで授業を受けているぼくには、なんだかこのほうが落ち着く気がした。
それを彰人に耳打ちすると、
「あいつなりの配慮だろ。やっぱりアンドーが部長でいいンじゃねえかなァ」
ぼくは深くうなずいた。
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