〈ゴースト・セクサロイド〉 - 13P
「それについてだけど、ぼくは〈蒐集家〉のことをあんまり知らない。であるからして、まずきみたちには情報収集を頼みたい」
「改奇倶楽部なんでしょう。それくらい知っといて当然ですよ」
「面目ない」
安藤さんは両手を腰にあて、呆れたようにため息をついた。次いで、ぼくは頭を掻いて苦笑する。
彼女の言葉からはどこかポリシーを感じる。どうやら早くも安藤さんは父親ゆずりの改奇倶楽部魂を熱くたぎらせているようだった。ここは副部長として、優秀な参謀として彼女を支えるべく背筋を伸ばさなくてはいけない。ぼくは顎を引き、一瞬でキリッとした表情を取り繕った。「能ある鷹は爪を隠す」ということわざの如く、普段は下腹部のさらに下の当たり前まで潜ませて引っ張り上げるのに相当な体力を要するぼくの知性を、一気に顔面にまで押し上げたのだ。これではもう賢さが隠せぬ状態である。だれがどう見ても知的でハンサムな少年であることは間違いない。
「なにその顔、ウルトラマンのCタイプに似ているね」
小声で「莫迦にしているのか?」と付け加えた安藤さんの眼はさしづめ養豚場の豚を見るかのように冷酷であった。ぼくは頭の先まで到達させていた知性を再び下腹部のさらに下、つまり股間のあたりまで沈ませると、男のジョニーがヒュンッとなって萎んでいくのがわかった。男性は恐怖するとこのように局部的委縮を見せる。それが太古の昔、我々がまだホモサピエンスであったころから共通する動作であり、今日のアバター社会においても未だ失われてはいない生態の神秘である。
「ちょい待てや。オイどういうことだ。一麻おめーよう、エッチなアバターを探すンじゃねえのかよ。ええ?」
股間で物事を考える人間はもうひとりこの場にいた。そういえば彰人はぼくがそれを理由に改奇倶楽部へと加入させたのだった。
「いや、ぼくとしてもそちらを優先したい」
「あんたたち……」
おっと安藤さんが嫌悪丸出して睨んでいるぞーまずいまずい。早くも改奇倶楽部からひとり脱退の気配だ。
「ち、違うんだ。安藤さん」
「なにがよ」
「そうではなく……まあ彰人はそうかもしれないけど……。別に〈蒐集家〉にパフォーマーを奪われたところで、ぼくは気にしないんだ。マナミ・ウタミヤも警告してきたとおり、かなり気持ち悪いし怖いけど、それだけだろう」
「パフォーマー奪われたら、タテワキくんの個人情報漏れちゃうよ」
「しかしだ。自分自身のくっそつまらぬ人生を知って何の得があるのかはわからないし、ぼくだって知られて困るようなものでもあるまい」
「ヘンなことに使われたらどーすんの」
「めちゃくちゃ怖いけど。
でも、そんなものに時間を割くより〈ゴースト・セクサロイド〉を追ったほうが有意義ではあるだろう。実際、マナミ・ウタミヤだってぼくに蒐集家を引きつけておきたいのは、別の理由が隠されてるからじゃないか?」
彰人が口を尖らせて「そーだそーだ」とまくし立てる。
「きみたち、短絡的すぎるでしょ……。パフォーマーを盗まれたら〈アンブレイカブル〉じゃなくなっちゃうかもしれないんだよ。煤木理論への耐性が失われたらどうすんの。本命はそっちなんでしょうが」
彼女のため息を聞くのは今日何度目だろう。さすがにかわいそうになってきた。とは云うものの、その嘆きの原因が我々の睾丸内部にあるであろう脳みそであることは本人の口から明らかにされているため、我々が目の前の女子生徒を慰める権利すら持ち合わせていないことは自覚するにたやすい。
仮に男は股間で物事を考える生き物だと定義するとしよう。ともすれば、まっとうに知的生命をやっているのは、いつだって女性だけなのかもしれない。
「そのような不甲斐ない考えが女性を孤独にするのでは。まぁなんでもいいけど。……でもわたしが思うに、タテワキくんのパフォーマー、たぶんデミだよ」
デミ。
それは〈デミ・アバター〉の略である。ぼくのパフォーマーに煤木理論が通用しないのは、それが仮想空間において特殊な力を身に付けた亜分身であるからだという。それが事実かどうかはぼく自身にはわからないけれど、とにかく安藤さんの見立ててではそうらしい。
そういえばマナミ・ウタミヤからは、先代部長の伊吹さんもデミ使いだったと聞かされていたのだっけ。
『興味があるのではないですか、帯刀田さん。それにあなたには蒐集家たちに対抗する何らかの手段があると私は考えているのですが』
てっきり、ぼくはあの言葉がマナミなりのおべっかだと思い込んでいたけれど、安藤さんの話を聞いているとそれが単なる上辺だけの言葉でないような気もしてくる。
「デミって作り直すと消えるの?」とぼく。
「うーん……そういうわけではないと思うけど」
「なら蒐集家に捕まっても問題ないさ」
難しそうな顔で腕を組む安藤さん。少し間をおいて、彰人が云った。
「アンドーよう。デミかどうかの判断なんてだれにもできるもんじゃねえンだろ? だったらイイじゃねえか」
「ぼくもそう思う。それに現状、目的は〈ペルソナ殺し〉の情報収集だろう。だったら希少価値の可能性を信じて〈蒐集家〉から身を守るより、これからその存在が知られるであろう〈ゴースト・セクサロイド〉に先手を打つことを選ぶべきだ。有益な情報を手に入れることができれば、マナミ・ウタミヤから〈ペルソナ殺し〉に関する情報をもっと引き出せるかもしれない」
「たしかにそう考えればセクサロイドを追いたいのはわかるけど……、どうにもきみは博打感の強い選択をしてるように見えるなあ。本当にやりきれるの?」
「任せたまえ。それに……改奇倶楽部は、なんというか不可思議というものに対して、受け身ではなく攻性でありたいんだ」
それが新生改奇倶楽部の掲げる心得ですか、と安藤さんは云った。
ぼくらは明日の放課後までに〈ゴースト・セクサロイド〉の情報を集め、再びこの教室に集まることを約束した。
「我らが追うは亡霊なり」
記念すべき第一回目の調査会議は、そのような言葉によって締めくくられた。
云ったのはぼくではなく安藤さんだ。
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