〈ゴースト・セクサロイド〉 - 10P 初代


「よりによって、どうしてわたしが……」


 近場のファーストフード店で安藤さんと合流する。校外の特別授業に出席する日は解散次第、速やかに帰宅するよう学校側で決められており、顧問の先生からも部活を休むよう指示されているらしかった。それは電子競技戦において優秀な成績を残す彼女も例外ではなく、むしろそのような人材だからこそわざわざ校内に呼び戻して練習をさせる必要もないのだろう。


 〈改奇倶楽部〉再結成のメンバーに、ぼくは安藤さんを選んでいた。彼女が〈墓石男〉事件で目覚ましい推理力を見せたためである。まさに昨日の敵は今日の友。前回の〈好う候〉の集会でもアバター自殺についてそれなりに考察できたし、彼女は小動物にも似た可愛さを備えるけれど、こう見えて学年トップの成績である。運動神経もいい。さぞ優秀な部員となるに違いない。


「安藤さん、改奇倶楽部については知ってたの?」

「うーん……」


 唸り声をあげて俯く安藤さん。ぼくは頭を抱え始めた彼女を見つめながらハンバーガーをかじり、彰人はチキンナゲットを宙に飛ばしては口でそれをキャッチしていた。庶民的なファーストフード店ではこのような行儀の悪い食べ方をしても許される節があるが、それを見た安藤さんが嫌悪を表情を浮かべていたのは云うまでもない。


「改奇倶楽部はわたしの父が起ち上げたものです」

 ぼくはあやうく咀嚼したハンバーガーを喉に詰まらせそうになった。


「つ、つまり……それって……」


 初代改奇倶楽部のメンバー、その部長ということだろうか。なんという偶然だ。同年代の同級生にそのような人物の娘がいたとは。いや、むしろそんな安藤さんをメンバーに迎え入れようとしているぼく自身のセンスの良さにめまいがする。神様はぼくを物語の主人公にしようというのか。ぼくは写真部の部室をひとりで掃除していたときのことを思い起こした。あのときは湿っぽい青春の日々に葛藤する毎日が続くのだと十代の自分を達観していたわけだけれど、あの段階ではぼくの未来はまだ閉ざされており、蓋を開けて観ればこのように都合よくバラ色の高校生活は用意されていたのだ。なんというサクセスストーリーか。即刻、映画化するべきである。


「ニヤついてるとこ悪ぃンだけどよ」


 余らせたチキンナゲットのソースをどうにか有効活用できないものかと悩ませながら、彰人は云った。


「改奇倶楽部の始まりは口裂け女ブームの時なンだろ? 時代があってなくね?」


 云われてみればそうである。安藤さんはああ見えてかなり根暗なところがあるので見栄を張るために大ぼらを吹いているのかもしれない。ぼくは真夜中の海岸で悔し涙を流しながら夜空に向かって法螺貝を拭く安藤さんを想像した。その音色は虚しくも夜空の星たちには届かず、流れ星のように一瞬だけ光り輝いて見えたのは彼女が流した一滴の涙である。


「無理しなくていいぞ」とぼく。

「無理などしとらんわ。……こほん、いや発祥はたしかにそうですけど。九〇年代くらいまでは当時は色んな学校にオカルトを調べる同好会みたいなものがあったそうで、それらは総じてカイキクラブと呼ばれていたのです」


「ははん。オカルトクラスタってわけだ」

 ぼくは顎を撫でて口元を歪ませた。


「なんで唐突に得意げっぽい顔になってるの。そこからもっと突き止めて、ちゃんとした活動をしようオカルトブームを継続させようという志で起ち上げられたのが初代〈改奇倶楽部〉です」

「やはりクラスタにあらずレギオンなり、か」


 ぼくはフフンと不敵に笑って云った。これは余裕の笑みというやつである。自分よりも成績のいい相手に情報量でマウントを取るというのはたいへん気持ちがよい。あえてそれを表に出すことで自分を格上と認めさせる高等テクニックである。読者諸君も気になる女子がいればこのように己を誇示するとよい。


「よく知ってますね。改奇倶楽部の合言葉」

「え、合言葉?」


 つい反射的にオウム返しをしてしまう。今度は安藤さんが顎を上げてぼくを見下した。おのれ、ぼくの知らない情報まで握っているとは。余裕を見せた相手にこのような醜態を晒すと概ね阿呆と思われるので読者諸君も気になる女子相手には注意されたし。それはそれとして、あの一文はパスワードのヒントではなかったのか。


「当時は秘密の倶楽部活動ってことで、その合言葉を教えてもらえないと入れないという決まりだったようです。ふふん」


 あえてわざとらしく鼻を鳴らしたのは確実にぼくへのあてつけである。ど、度し難い。今まさに花形として主役の道を突き進もうとするこのぼくに対してそのような態度を取るとは。言語道断である。やはりこの女には一度手痛い敗北を味わっていただくしかないようだ。絶対に己の無力さにむせび泣く日をプレゼントしてやるからな。間違いなく復讐は果たされるはずだ。不意打ち気味に。


「父は昔からオカルトやホラーといったものが大好きで、ホラー映画なんかも撮ってたみたいです。当時はビデオカメラなんて手が届かなかったから、心霊写真を加工してパラパラマンガみたいにしてたらしいですよ」

「クリエイティブな活動してたンだなー」と彰人。

「まっ! だーれかさんとちがってコンテストにも入賞してたみたいですからねえ! あ、だれかさんというのは今の写真部の部長さんのことですけど! ねえタテワキくん。〈墓石男〉の一件できみが見せた創作力をもうちっと別のことに活かせれば今の学校生活も少しは変わるかもしれませんねえ。今どんな気持ち?」


 はーっ……くっっっそ腹立つ。なんやこいつほんま。そういうとこやぞ。もはや彼女の言葉、その包み隠さずに表現し過ぎて逆に根暗っぽさを一ミリも感じないストレートな物言いに対して、ぼくは憤怒心をムクムクと育て始めた。


「どうせ猛尾くんも誘うんでしょう。完全に〈墓石男〉のときのメンバーじゃないですか。まあ、あのときのタテワキくんやわたしが取った行動こそ、改奇倶楽部らしいといえばそうですけど……」


 安藤さんは呆れたような嘲笑するようなよくわからない微妙な表情をした。もしかしてこれが素の彼女だったりするのだろうか。そんなことを考えるとなぜだか妙にそれがおかしく――なるかバカ! なにを考えとるんだぼくは。一瞬でも彼女のことを、なんというかそうアレだ。なんだろう……。そう、許容だ。気を許してしまいそうになった自分が不甲斐ない。今日のところはきみの勝ちだ安藤さん。認めよう。ぼくはポケットの奥に海よりも広い懐を隠し持つ人間なので教訓として今は収めておいてやる。


《〈ぼく〉よ、ここは一旦引くべし! 新たに作戦を練り直し然るべき報いを!》

 パフォーマー化を果たした子アバターもまた分身であるがゆえに、彼女に対して優位に立つことの無意義さを唱え始めた。「ええい黙れ」ぼくは一言そう呟いて可視化モードをオフ。自分に対してキビシイ男であるため、このような塩対応も致し方なし。

 そのような茶番を演じるにあたり、ぼくはふとある疑問に気づいた。


「そういや、お父さんが設立メンバーなのに、きみは〈改奇倶楽部〉に入ろうと思わなかったの?」

「まさか。とんでもない。あんな連中の仲間になるなんて真っ平ごめんですよ」


 安藤さんは唾棄すべきと云いたげな様子で改奇倶楽部を全否定した。彰人がきょとんとそれを見つめていることに気づいた彼女は慌てふためいてこう補足したのである。


「あ、えっと……、つまりその、だって親がそんなことしてたなんて、子どもとしては恥ずかし恥ずかしってカンジじゃないですか。たはは……」

「でもきみオカルトが趣味なんだろ」

「そ、それはお父さんが好きなだけで……」

「入りたかったんじゃないの?」

「そんなわけないでしょう! 第一、わたしが来たときには廃部だったし……来たとき廃部っていうか、そもそも――」


 問答するぼくと安藤さんを尻目に彰人がナゲットソースの容器にこびりついた残りカスをぺろっと舐めはじめた。安藤さんは「うわばっちい!」とそれを指さし、ぼくは「話を逸らすな」と云った。最後には彰人が「お前ら仲いいな」と云い残して至極どうでもよさげにレジのほうに向かって云った。まだ食べるかあいつ。


 その間ぼくと安藤さんは無言で過ごしていた。

 彼女は腕を組んで唸り声を上げながら「どうしましょう」とぶつぶつ呟いていて、もうぶっちゃけて云うと正直それがたいへん理知的でチャーミングだったのでぼくは黙って見ていたのである。


「まあでもタテワキくんが〈蒐集家〉に狙われてるっていうなら、協力するのもあり、かな……。一応は同級生っていうか、友達なわけだし。ちょっと待って下さい」

「はい」


 すう、と彼女の表情がどこか落ち着きを取り戻し、なんだか冷ややかな目で俯いたのが印象的であった。ぼくは「おっ」と思いつつ、内心では彼女の改奇倶楽部参加を心から祈っていた。べつに安藤さんのことが気になるからではなく、男ばかりの部室に虚しさを感じてモチベーションが低下することへの予防策である。断じて、理由はそれだけなのだ。


「決まりました。三対一でありですね」


 彰人が三人分のバニラシェイクを抱えて戻ってきたので、ぼくらは祝杯代わりにそれを掲げあった。

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