〈ゴースト・セクサロイド〉 - 9P
マナミ・ウタミヤからの連絡はそれ以来ない。
講義終了後、国際展示場をあとにしたぼくは彰人とぐだぐだ喋りながら感想用レポートのネタを考えながらアバター生成を開始。「マナミはかわいい」ということだけを延々と語るこいつの相手をしながら、ぼくはアバターが可視化状態にならないよう注意深く設定した。街中でアバターを生成をすると物珍し気な顔で会話作業を眺めてくる人がいて大変だ。彼らにはアバターを作り直すという習慣が一切ない。そもそも作り直した経験すらないだろう。パフォーマー化した子アバターが手元からいなくなるなんてことは、まずありえないのだから。
彰人と会話しながらマナミ・ウタミヤからもらったアプリを開く。公然の場では思考通話で子アバターを育てるほうが人目につかなくてよい。他人には漏らしたくない思考も相手が分身であれば許容できるし、それにいちいち雑念を払いながら会話のための思考をする、というのもそれはそれでけっこう大変なのだ。
「なあ」
ウクライナ人はやっぱり美人、だとかいう思春期特有の外国人コンプレックスを丸出しにし始めたあたりで、ぼくは切り出した。
「〈改奇倶楽部〉を再結成しようと思う」
「なンだっけそれ」
いちからか。いちから説明しないとだめか。まあいいだろう。ぼくは改奇倶楽部について知っていることを話しておくことにした。こいつだってそれが原因で逮捕されたわけだし、その被害者として裏でなにが起きていたか把握しておきたいはずだ。
「――なるほどねェ」
さあこれから追っかけするぞ、と意気込むアイドルオタクのようにマナミ・ウタミヤのことを熱弁していた表情から一変。口元を歪ませて怪しく目を光らせる彰人の表情には、なにやら妙な不気味さと頼もしさが入り混じっているように思えた。
今の今までいいとこなしでぼく自身すっかり忘れていたのだけれど、こいつは日ごろからだれかれ構わずちょっかいをかけに行くようなコミュニケーション能力の持ち主で、その実けっこう打算的かつ「所詮は付き合い」という持論を捨てないニヒリストじみた一面がある。それでいて頭は働くヤツなので、この手の話になると妙な勘の鋭さを見せるのだ。
改奇倶楽部の話をしたのは、こいつを真っ先にスカウトするためだった。
「まァでも……、やめとくわ」
今ひとつ乗り気ではないらしい。
「なンでそもそもやる気出してんのよ、ノッポちゃん」
ぼくは少し間を置いた。
当初は彰人が逮捕されたことがきっかけで始めたといっても過言ではないが、そのような脅し文句をぼくは使わない。だいたい本人に頼まれてもいないことだ。吐いたところで有効ではない。それに、大部分はそれがスターバックスでの出来事と思わぬ繋がりを見せたこと。自分のいる部室に煤木理論の原本があったという事実。その謎を解き明かしたいという探求心。そして一連の出来事に対する不安と奇妙さ。〈アンブレイカブル〉ともてはやされたことで、どこか自分を物語の主人公のように思っている部分もあるかもしれない。それを話したところで、彰人は鼻を鳴らすだけだろう。
けれどぼくだって十年来の付き合いがある相手だ。当然のことながらどう云えばこいつが食いつくのかもすでに考えてある。
「とある人から聞いた話なんだけど〈好う候〉が今、野良化したアバターを探してるらしいんだ」
「ふーん」
「興味ないか?」
「ないねェ。なんちゅうか「知るかよ」ッてカンジだ。だいたいオレぁネットで宗教と政治の話するヤツは信用しねえと決めてンだ。社会がどうなろうがオレには関係ねえ。テキトーに多数派の仲間になりゃ自分は困らねえからな。右も左も信者も異教徒も、テメーらで勝手にモメてろや」
「残念だ」
ぼくの言葉に、彰人が怪訝そうな顔をする。
「なにが?」
「その野良アバターは性行為補助用情報集合体なんだ。出会ったものにエッチなことをしまくってる」
彰人はため息をついた。
「オレ、いつかこんなふうにお前と組める日を待ってたんだ。自分の可能性ッてヤツを信じたかった」
「アキくん……」
「でもいつも達観して、諦めて、それで素直になれずブラついてたんだ」
さっきの言葉はどこへやら。照れくさそうに笑う表情のなかに驚くほどの白々しさをぼくは見た。ついでに「へへっ」と短く笑って、指で鼻の下をこすり始める。漫画でしか見たことのない表現だったけど、マジでやるやついるんだこれ。
「オレは今日から改奇倶楽部だ。いっしょに社会の平和を守ろう!」
「いいのかい。ぼくは断れると思っていたんだ」
「ヘヘッ、親友だろ。水臭いコト云うなよな」
なにが親友だ。ぼくにしてもエロチシズムへの探求心をダシにして活動仲間を手に入れることになるとは思わなんだ。もしお前と出会わなければぼくの魂はもっと清らかだったであろう。
ともあれ。こうしてぼくらふたりは〈改奇倶楽部〉としての活動を開始したのである。
「そういえば和長は?」
ぼくはもうひとりの幼馴染みについて聞く。猛尾和長。美術部に所属するぼくの親友だ。名字がタ行で同じクラスなので、いつもは整列するとぼくと彰人の間に入るはずなのだが、今日の講義では見かけなかった。うんこかと思ってスルーしていたけれど、最後まで戻って来なかったところを見るに最初から出席するつもりはなかったらしい。
さすがに美術をやっているだけあって耽美主義者であり、彰人とはちがって他者とのコミュニケーションを極力避けたがる一匹狼である。口数も少なく大人しそうに見えるが実際はただの女性恐怖症であり自分以外の男にも興味がないだけだ。もしかして人間として必要ななんらかの機能が欠如しているのではないか。そのような噂が一人歩きした結果、同級生たちには〈サイボーグ〉などという不名誉なあだ名をつけられた我が親友に悲哀にも似た感情を抱くのは無理からぬ話だ。
けれどぼくは和長が、本当は好奇心旺盛でだれよりも情熱的であることを知っている。エロの話になると目線だけは痛いほど集中させるからだ。それが和長に許された人間の証明である。むっつりスケベであることからして生粋の日本人であるとも云える。このような考えは前時代的化もしれないが、ぼくも彰人も和長も隙あらば猥褻な妄想をするという点に関しては共通している。我々は健全な青少年である。そのような同志を〈改奇倶楽部〉に誘わないという選択肢はない!
「あー、なンだっけ。ニュー渋谷……じゃなくてシブ・シティだよあいつ。バイト行くッてよう。昨日の深夜バスに乗ってッたはずよ」
「えっ」
シブ・シティといえば今現在マムが脱走した状態にある街じゃないか。よほど高収入のバイトがあったのだろうか。あそこは貧困激しい街だと聞いているから少し心配になる。けれど例え無法地帯だろうとマムを管理してる人々はいるわけで、マナミ。ウタミヤが手配しているスタッフと力を合わせて不在を隠ぺいするのであれば住民が混乱することもない。それに和長は彰人とは別方向に自衛能力が高いやつなので、ひとまずは帰りを待っていればよいだろう。
ぼくと彰人は次なる〈改奇倶楽部〉候補者に声をかけることにする。
選ばれし優秀な人材はだれあろう、彼女を置いてほかにいない。
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