〈ゴースト・セクサロイド〉 - 8P
(――ひとつ、気になることがあります)
《なんでしょう》
(――マナミ・ウタミヤ……いえ、宇多宮学見さん。〈蒐集家〉はパフォーマーを作らなければ、ぼくを狙うことはないんじゃないですか。しかしあなたはどうやら、ぼくがパフォーマーを常用していないことを知っている)
《鋭いですね。あなたにはパフォーマーを生成して〈蒐集家〉の気を引いて頂きたいのです。シブ・シティの管理スタッフと協力して〈シロ〉の不在は公にならないよう手配しています。ですがそちらを上手く隠し通せても〈ゴースト・セクサロイド〉の情報は止められません。間もなくネットに流れるでしょう。そうなれば〈好う候〉だけでなく〈蒐集家〉も動き始める。一件、活動内容は相反していても、金次第では反アバター派に渡るかもしれない。そうでなくとも変態たちにあのゴーストを渡すわけにはいかないのです》
「その〈ゴースト・セクサロイド〉というのは、ほかには……」
《なにもありません》
嘘だ。
彼女が話した三つの大きな問題のなかで一見あきらかに脅威度の高いものは大型情報集合体〈シロ〉だ。けれどこれはぼく自身にはほぼ無関係と云っていい。関係の距離でいえば眼前に迫るらしい電子犯罪集団〈蒐集家〉のほうが遥かに危険だ。
性行為補助用情報集合体が〈好う候〉に狙われているのもわかる話だが、〈蒐集家〉にそれを回収されて困ることとはなんだ。
反アバター派の〈好う候〉は上層部以外のメンバーはそこまで熱心じゃない。眞甲斐さんの云っていた通り、ファッションだか流行りだかで活動家じみたことをやっている大学生が殆どだろう。それに比べて〈蒐集家〉は話を聞く限り暴力団かチンピラ、あるいは金持ちのオタク集団といったところか。マムに知られずにパフォーマーの誘拐を計画するだけの実行力には絶対に資金がいる。それに並大抵のリスクではない。〈好う候〉とは活動そのものに対する覚悟や緊張感の質が決定的に違う。
その二つの勢力が普段から交流をするはずがない。〈好う候〉側にメリットはあっても〈蒐集家〉側に頭の緩い学生と関わって得することはないからだ。うっかり情報漏えいでも生じれば、最悪一斉逮捕される可能性もある。〈ゴーストセクサロイド〉の出現がまだ世間には知られていない現状から確保するまでの間に、この二つの組織が取引を持ちかけるのは難しいだろう。仮に〈蒐集家〉側がゴーストを捕まえたとしても、後日〈好う候〉に売りに行く必要はないはずだ。誘拐を成功させるほど周到な組織なら資金難になる前に解散するか、そもそも金に困るような事態にはならない。
『そうなれば〈好う候〉だけでなく〈蒐集家〉も動き始める。一件、活動内容は相反していても、金次第では反アバター派に渡るかもしれない。そうでなくとも変態たちにあのゴーストを渡すわけにはいかないのです』
今のマナミ・ウタミヤの話のなかではぼくが引っかかっているのは『変態たちにあのゴーストを渡すわけにはいかない』という言葉だ。犯罪者ではなく変態、という言葉を使った。〈蒐集家〉の活動行為自体は変態ともいえるが、彼らのなかにいる変態趣味を持った何ものかを差している言葉だろう。では、そのような人物に性行為補助用情報集合体を渡してはならない理由とはなんだ。むしろお似合いのふたりとも云えるはずの両者の間に、彼女が危惧するような問題が生じる――?
単純に厄介事を増やさない予防策として〈蒐集家〉の注意を逸らしたいという可能性もなくはないが……やっぱりなにか思惑を感じるな。第一、この人は会話の前に「云わないことは云わない」と設定している。そんな人間の言葉を文面通りに捕えろというのがおかしな話だ。
(――わかりました。とにかく囮になれということですか》
《仰る通りです》
(――協力のメリットがない)
この提案は断ろう。それよりも〈煤木理論〉と〈改奇倶楽部〉の関係を探るほうが先だ。
《ではあなたが欲しい情報を差し上げましょう》
(――情報?)
《マムに口を利いて、ここ最近のあなたのアクセス記録を調べました。ずばり過去に行われた伊吹八雲というデミ・アバター使いによる〈ペルソナ殺し〉の捜索について関心があるのではないですか?》
デミ・アバター。今、そう云ったのか。
こいつ。伊吹八雲の情報まで掴んで――いや、違う。
(――あなたもあの件に関係しているんですか)
《それ自体に直接の関与はしていません。ですが、私もその時期に私立探偵を雇って〈ペルソナ殺し〉を探していました。それはマムのオーダーによるものです》
ぼくは下唇を噛んだ。このような絡め手は使う分には気持ちいいが使われると吐き気がするからだ。マナミ・ウタミヤは最初から伊吹、煤木理論〈ペルソナ殺し〉〈改奇倶楽部〉といった、ぼくの求める情報を握っていた。交渉材料を持っていたんだ。そしてぼくがそれを見て断れないことを知っている。
過去、同じ時期に〈改奇倶楽部〉とマム側が同時に〈ペルソナ殺し〉を追っていた。その結果、改奇倶楽部は解散して、マムが社会から追放した煤木しげるの書いた煤木理論の原本があの場所に封印されていた。これで〈ペルソナ殺し〉と煤木理論の関係を疑わないものがいるか。
そしてデミ・アバター――それは自分の持つネットアバターが何らかの変質を起こしてパフォーマー(分身)以上の性能を獲得した、亜種的アバターのことだ。単なる分身にとどまらず、本人の持ちえない超常的な能力を発揮する。それこそレア中のレアものだ。〈蒐集家〉が目を輝かせる代物だろう。そんなものを伊吹八雲という人間は使いこなしていた。だが、そんな人ですら〈ペルソナ殺し〉を追ったことで改奇倶楽部を解散させざるを得ない状況に陥ってしまったのだ。この闇は想像以上に深い。
《興味があるのではないですか、帯刀田さん。それにあなたには蒐集家たちに対抗する何らかの手段があると私は考えているのですが》
やっぱりマナミ・ウタミヤはサイコだ。ぼくがその闇を払うには、真相を知らなければいけないことに気づいている。だからあえて希望を抱けるような物言いをしているのだろう。ズルい。ズルすぎる賢さだ。
(――わかった。引き受けます)
ぼくはアバター生成に移る。今から準備すれば講演直後には会話作業の開始。夜までには完全なパフォーマーになるだろう。そして明日は朝イチでまたその作業をする。〈蒐集家〉に狙われるためにだ。
《ありがとうございます。帯刀田さん。本日お渡ししたこの通信アプリは消さずに残しておいて下さい。そしてもしものときのためにパフォーマーの情報を記録できるよう外部記憶装置を持ち歩くことをお願いします。お疲れ様でした――皆さん。これで機械服たちのパレードも終わりです》
思考通話を遮断するときの一瞬のラグ。どうやら彼女はもう話すことはないらしい。
講演が終わるとホログラムが消え、会場は元の姿に戻っていた。
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