〈ゴースト・セクサロイド〉 - 5P

 伊ヶ出市のなかでもっとも大きな建造物は〈伊ヶ出タワー〉と呼ばれている。そこにはこの街の情報集合体を総括する大型情報集合体こと、五十基のマムのうちの一つである〈プラウダー〉が存在する。タワーの内部には映画館や車の展示会場、高級レストランや出版社、それにぼくの父さんの務めている伊ヶ出タワーホテルなんかがある。


 講義は隣接する伊ヶ出国際展示場〈ピース伊ヶ出〉の東館で行われた。伊ヶ出高校の一年生たちは毎年、社会見学の一環としてこの場所で著名人の講演を聞くことになっている。このあたりはさすが進学校だけあって、学歴に箔のつく学者や小説家、映画監督なんかが呼ばれたりするようだ。今年、ぼくらの場合は彼女だった。


 マナミ・ウタミヤ。ネール・デバイスの開発者であり、年端もいかないころに飛び級でアーカム大学に入学。工学科を首席で卒業。その後は大企業レクト・コーポレーションや浅野間重工のプロジェクトリーダーに任命され、全国の大型情報集合体のカウンセリングやメンテナンスを務める。主要デバイスの開発者だけあって現代のパフォーマー技術にも大きく貢献した。


 ネール・デバイスを起動するとき、細く滑らかなロゴで MANAMI UTAMIYA というロゴが描画されるから、人々は彼女を宇多宮学見ではなくマナミ・ウタミヤと呼ぶ。スティーブ・ジョブズやビルゲイツ並の偉大な開発者。時の人ともいえる彼女が、ぼくらのような学も経験もない若者にありがたいお話をしてくれるというのだ。恐れ入る。スターバックスの惨劇からすでに一週間が経過しているなか、彼女がそれに対してなんの対応も示していないのは、きっとこのように忙しいからだ。そう云うには皮肉が過ぎるか。


 ぼくだってあれから特に進展はない。改奇倶楽部の再建において必要な人材にはいくつか心当たりがあった。けれど話を切り出すタイミングや情報の不十分さが心細い。煤木理論に関してもそうだ。発表当時の煤木しげるになにがあったのか、その後の彼がどんな人生を送っているのか。まだそういったものを調べている最中だったし、パフォーマーを持たないぼくは試験勉強に人よりも時間を割かなくてはならない。成績が悪くなれば塾送りだ。それこそ探偵の真似ごとをやる暇もなくなってしまう。


《皆さん、こんにちは。宇多宮学見です。本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。私のような若輩の発する言葉が、みなさんの清く正しい学校生活においてどう役立つのか。本音を云えばあまり自信はありません。ですがこうして皆さんの顔を見てどこか懐かしく思うのは、私にもかつて皆さんのように学友たちと過ごした日々があり、それが――》


 演壇に立つマナミ・ウタミヤの姿は、ネットや雑誌でみるよりもずっと綺麗だった。彼女は学術誌〈ボイサー〉の表紙にノースリーブのグラビアを飾るほどの美女であり、ウクライナ人と日本人のハーフでありながら地毛は完全な銀髪。トレードマークにもなっている高級なエメラルド色の透過サングラスを着用。縦ラインの赤シャツの上にネクタイを結んでいて、清潔な白衣を羽織っている。下は絶対領域健在のショートパンツだ。


「すげェよなあ」

 パンフレットの写真を眺めながら、うっとりしたような声を出す彰人が気持ち悪い。こいつの名字は「鷹木」でぼくが「帯刀田」、同じタ行なので五十音順に整列すると毎回隣にくる。

《マジでスゲーわ》


 彰人のパフォーマーもそのような言葉を漏らした。ぼくは鼻を鳴らして一言。あのなあお前ら、そう云いかけて止めた。周りの男子生徒が彰人と同じく鼻の下をだらしなく伸ばしていることに気づいた。みんなそんなに銀髪が好きなのか。たしかにマナミ・ウタミヤは東ヨーロッパの血を大きく引き継いだのだろう。腰まで届きそうな超ロングヘアがふわっと揺れている。けれど銀髪ロングなんて、あざとい深夜アニメのキャラクターそのものじゃないか。現実感がない。お前たちは揃いも揃って二次元コンプレックスを抱いた偶像崇拝者だ。実に嘆かわしい。


 ぼくはポケットから点眼タイプのナノマシンを取り出して目に差した。右手の人刺し指の爪に貼ったネール・デバイスを通じて網膜投影型のディスプレイを起動する。この講義ではマナミ・ウタミヤが企業プレゼンじみた開発映像を流すから、それを可視化させるためにはぼくらもネール・デバイスを使う。とはいっても、みんなは普段から授業中にネール・デバイスやパフォーマーを駆使して記録や学習をしているわけで、最初からから常時起動状態だ。今ごろになってデバイスをオンにしているのは、ノートと鉛筆で勉強をしているなんて前時代的な学習方法をとるぼく以外にはいないだろう。


《それでは今日ご来場いただいた皆さんには、特別にアーカム大学が開発している新しい機械服の映像をご紹介します》


 機械服とはジェネオン粒子で動く強化外骨格のことだ。俗っぽい云い方をするとパワードスーツ。何人かの生徒たちが目を輝かせて立体映像を見つめているけれど、ぼくはメタリックなボディに身を包んだヒーローに憧れたこともなければ超常的な能力で世界を救う異星人のことを考えたりもしない。そもそもヒーロー作品なんて一本も見たことはない。


 そういえばかつて、電脳化した傭兵たちが仮想空間で戦争をするという大規模な催しがあった。通称〈見世物戦争〉――戦争の様子が二十四時間ネットやテレビで中継され、ある種の娯楽として人々に受け入れられてしまったことに対する皮肉と悲哀かから、終戦後にそう名付けられた。

 ファースト・シーズンからサード・シーズンまで配信されたその戦争のなかでは、企業が三次元印刷機で出力できることを前提にモデリングした兵器や武装が実装されていき、武器商人のデジタル見本市じみた側面を見せた。


 そのなかにはアーカムがプロジェクトを進める新型の機械服もいくつかあった。浅野間重工の可変戦車や、全長二十メートルの人型起動歩兵〈チャリオット〉の登場にはミリタリーオタク、ロボットマニアたちが歓声を上げたという。そういうフィクション性が、あの戦争のエンタメ色を強くしていった。サード・シーズンでは羽根の生えた女性兵士に、電脳傭兵たちは手も足も出ずに駆逐された。


 のちに彼らが「最後の電脳」と呼ばれたのは、女性型兵士だと思われていたが彼女たちが、仮想世界に実装された最初のネットアバターだったからだ。つまり軍事産業見本市と化した見世物戦争のクライマックスに仕掛けられたのは、電脳技術に取って代わる新たな人工知性の発表だった。


 その戦争で群を抜いて活躍した伝説の傭兵アーロ・フラートも、セカンド・シーズンでは自分の肉体を女性のアバターに変更していたから、恐らくそれが伏線だったのだろうと今にして思う。


 電脳化した彼らは、戦争のあいだずっと敵対者である電脳兵士を、そして企業の発表する新作兵器を、どう攻略するかを練っていた。ぼくらにとっては番組のひとつでしかなかったそれが、彼らにとっては現実の戦争と同等に過酷だったはずだ。あの戦争に参加した人間は、現実世界に帰還してからも後遺症を引き摺っている。例え仮想世界の戦いだろうが、心的外傷は現実と同じで起こるのだ。


 ぼくの同級生たちは、あの戦争で傷ついた兵士たちの存在を都合よく忘れて、機械服なんかを絶賛する。それがなんだか厭でたまらなかった。

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