〈ゴースト・セクサロイド〉 - 4P
多々良田さんがそれを知ったのは、彰人が逮捕されたあの日のことだった。
彼女はかつて〈改奇倶楽部〉を率いていた伊吹さんという人から部室に眠るスチレンボードの山と、改奇倶楽部の遺した部誌を抹消するよう指示された。それを怪訝に思いながらも、あの日の多々良田さんは『部誌のバーコード化計画』を利用してぼくを説得。彰人を呼び出してスチレンボードを取り出す作業を開始した。作業が進行するにつれて、それがある種のパズルであることに気づいた彼女たちは、それを床に並べ始める。点眼タイプのナノマシンを差していた彰人が解析アプリを用いて、パフォーマー越しにそれを見たことで〈煤木理論〉は発動した。
同級生が捕まった日の晩、彼女はすぐに伊吹さんに連絡を取り、自身が組み立てたそれが煤木理論の原本であることを知らされた。
《あれの謎を解いてはいけない》
伊吹さんはそれだけ言い残すと、パフォーマーの通信を遮断した。もうそれ以上は、どんな質問にも取り合ってはくれなかったらしい。
そして次の日。つまり彰人が留置所にいて、ぼくらがスターバックスにいたあの時刻。多々良田さんは写真部にきて煤木理論を回収。人知れず焼却した。
「これ、返すわ。もうわたしには必要ないから」
多々良田さんはぼくが貸していた鍵を取り出して云った。
「あなた、今日は写真部にいたの?」
「スペアの鍵を使ったからな」
「そう」
「けど、ぼくらのほしい鍵は〈改奇倶楽部〉だけが握っている」
先代〈改奇倶楽部〉がどうして煤木理論の原本を持っていたのか。バラバラにされていたパズルピースのなかに〈改奇倶楽部〉の看板が含まれていたのか。原本が失われたにも関わらず、なぜスターバックスで煤木理論による電子殺人が起きたのか。その手がかりは何もない。それでも、彰人の逮捕とスターバックス殺人が思わぬ繋がりを見せていることは確かだった。
ぼくはあの日、多々良田さん本人の口から改奇倶楽部は解散直前まで電子殺人〈ペルソナ殺し〉を追っていたと聞いていた。もしかしたらそれがヒントになるんじゃないか。スターバックスでの煤木理論による集団自殺と、〈ペルソナ殺し〉の犯行は、情報集合体を殺すということでは共通している。
「わたしもそれは考えたわ」
「どうだった?」
「改めて整理してみたけれど、〈ペルソナ殺し〉に関してはネットに出てる以外の情報はなかった。写真部でわたしとあなたが世間話代わりにしていたあの話以上は、なにもないのよ。あれはきわめて偶像的なネット・ロアだという意見もあるくらい」
〈ペルソナ殺し〉――ぼくらが中学生だったころに話題になった事件。それを詳細に口にできるものはだれもいない。だれにもバレずに情報集合体を殺すことができる怪人を、改奇倶楽部はただの興味本位で追っていただけなのだろうか。
「改奇倶楽部は、ああ見えてその実ちゃんとした捜査団だったって聞いてるわ。伊吹さんは大学に進学してから、バイトで興信所の職員をやってるそうよ。そんな人がリーダーをやっていたのだから――」
云いかけて、多々良田さんはなにかに気づいたように目を見開いた。
「そういえば、少し前に……彼女は依頼を受けていたとも云ってたわ」
「依頼?」
「ええ。改奇倶楽部は解決できない困難な事件の原因究明や、行方不明になったパフォーマーの捜索をしていたそうよ。それこそ、捜査に関してはどんなものでも引き受けていたって」
要するに少年探偵団。いや母体が写真部なのだから超念写探偵団というべきか。もうどこにも修復できる人なんていなさそうな旧型のパソコン。あれを置いた時代から世代交代を繰り返して、改奇倶楽部は電子犯罪を追う新事業を始めていた。そして伊吹さんという人には、それを仕切るだけの捜査能力が備わっていたのだろう。
「〈ペルソナ殺し〉に関わる記録はもう残ってないんだよな」
「ええ。部誌も燃やしてしまったし……」
多々良田さんはほんの少し目を伏せて云った。心に申し訳ないという気持ちを抱えながら、彼女はぼくに頭を下げたりしない。それが無意味だと知っているからだ。その辺りの物わかりの良さが、彼女の顔を鉄のようにしてしまったのだろう。
「そういえば写真部の段ボールのなかに、妙な文字が書かれたパソコンが置いてあったけど」
「それは何代も前の改奇倶楽部が使っていたものよ。当時にしてはとても優秀なマシンで、事件の解決に貢献したハイスペック・マシンだったらしいわ。
タテワキくんが云っているのは『我ら改奇倶楽部/クラスタに非ずレギオン也り』でしょう。わたしも部室を漁っているときに見たわ。あの言葉は恐らくログイン時にパスワードに関わるヒントよ。九〇年代はパスワードを共有する手段がなかったから、見えるところにメモを残す習慣があったみたい。改奇倶楽部は代々、そのパソコンを部室に飾っていたと聞いてる」
「クラスタに非ずレギオン也り。『クラスタ』か『レギオン』のどっちかがパスワードだろうな」
「当時的なニュアンスとしては集団ではなく軍団、といったところかしら。実際はレギオンだったわ」
「ログインしたのか?」
「わたしも鷹木くんが警察に連れて行かれたときは、結構ショックだったのよ。わたりなりに探りを入れたかったのだけれど――ダメだったわ。あのパソコンもログイン画面でずっと砂時計のマークが出てた。読み込み中の状態から動かなかったし、使いものにならなかったでしょうね。外部記憶装置を差し込むソケットもなかったし、本当にただの飾りだったみたい」
「九〇年代はそれでやっていけたんだろうな」
「改奇倶楽部は元々岐阜の〈口裂け女〉を追ってたんだよな」
「そうね。だからたぶん、はじまりは八〇年代まで遡るわ」
九〇年代といえば、マサチューセッツ州に隕石が落ちた時期だ。ノストラダムス系宗教団体が幅を利かせていたあの時代は第一次オカルトブームの全盛期だったと聞く。そのころにマシンによるテコ入れがあったのだろう。世紀末を生きた彼らの高揚は、隕石が地球に落ちたときに頂点を迎えた。そのときの熱狂がネット社会になってからも冷めることなく、今日の第二次オカルトブームを支えている。先代の改奇倶楽部は、自分たちの居場所が何十年も前のオカルトマニアたちによって築かれたものであることを伝統と信じ、あのマシンを大切に飾っていたのだろう。
〈ペルソナ殺し〉は都市伝説を生産することに時間を割くネット住民がでっち上げた、出来の悪いネット・ロアのひとつに過ぎない。そのようなコメントもいくつかあった。たしかに信憑性はない。ぼくを〈アンブレイカブル〉と呼ぶのも、そうした勝手な伝説を作りたがる連中だ。
それでも〈ペルソナ殺し〉を探した人間たちがいる以上、単なる虚構の一言で片付けることはしたくない。
「改奇倶楽部が〈ペルソナ殺し〉を追っていた動機が、どこかにあるはずなんだ。それを探したい」
「伊吹さんは協力してくれないわよ」
「わかってる。それほどまでに用意周到な人の団体だ。当時部員だったほかの卒業生にあたっても恐らく話してはくれないだろう」
それでも、伊吹さんたちが封印した煤木理論を誤って開いたばかりに彰人はあのような目に遭った。それを考えると先代たちの無神経さにはマムと似たものを感じてしまう。ああ、そうか。今気づいた。ぼくは怒っている。
「どうするの?」
「決まってるだろ」
ぼくは口元に笑みを浮かべてこう断言した。
「もう一度〈改奇倶楽部〉を作るのさ」
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