〈アンブレイカブル〉 - 7P
二〇一七年、ブルー・ウェール・チャレンジというゲームが若者の間で流行した。段階を経て自分自身に暗示をかけていく|テーブルトーク・ロール・プレイング・ゲーム《TRPG》で、数回に分けてセッションを行い、参加者は徐々に死に向かって共感しつつ進んでいく。自殺誘導ゲーム。犠牲者は一三〇人を超える。
近年になって、過去のデータベースからこのゲームを発掘した日本人がパフォーマーを介してプレイを試みた。自分の分身を自殺に導いた彼は、その後何度も繰り返し代理自殺を決行した。やがてマムに気づかれ、ゲームのたびに警告されたにも関わらず、依存症になった彼は止めることができなかった。結果として彼は世界中の大型情報集合体に嫌悪され、マムの胎内にある親アバターを削除された。二度とパフォーマーを作ることが出来なくなった彼は、その後の生涯を(この文化が続く限りは)アバターなしで過ごすのだろう。それは市民としては認められず、口座を持つことも、電子制御系の機械を使うことも許されないということだ。きわめて前時代的な収容施設に閉じ込められ、刑期を終えて外に出ても、普通の人と同じ生活は許されない。
大型情報集合体に嫌われるとはそういうことだ。
たとえ分身といえど、自殺はもはや犯罪だ。
その日、ぼくの一日はパフォーマーの用意から始まった。昨日と同じ、アバター生成を今日もする。この時代においてパフォーマーを常用しない高校生は珍しい。同級生は各授業に応じて勉強用のソフトウェアをダウンロードし自動筆記しているけれど、ぼくは未だに紙と鉛筆を使う。ネットバンキングにぼくの口座は存在する。けれど預金はゼロだ。ぼくは一切の仮想通貨を持たない。情報集合体を搭載している電化製品なら、自分が必要と感じた段階で、それを察知したパフォーマーの代弁により電源を入れることもできる。けれどぼくは自分でスイッチを入れる。クラスの〈パフォーマー〉を用いたグループチャットにも属さない。必要があるときだけ、ぼくは分身を持つ。
この街、伊ヶ出市のマムには「プラウダー」という名前がある。彼女が格納されているタワーの前では、時折〈好う候〉なる反アバター主義の活動家たちが熱いデモを行っている。この時代でアバターを持たないマイノリティな人々や、情報集合体が現れる前の社会を回帰したいという回帰思想を持つ人々が寄り集まって出来た集団だ。ぼくにはそういった主義や主張はない。ただ、ぼくがほかの人と同様にパフォーマーを使うには、毎日こうして情報集合体に対して
生まれてから間もないパフォーマーは分身としてぼくの意思を反映しやすいよう、いくつかの質問を交えたコミュニケーションを要求する。好きな女性のタイプ。よく食べる料理の傾向。一枚の画を見て、それに対してどう思ったか。などなど。これは昨日の晩もやったこと。そんなことを毎日続けるほど、ぼくは暇ではない。
《あれ、あんた早いじゃないの》
リビングに出ると、母親のパフォーマーがキッチンに立っていた。母さんと同じようにぼくに話しかけるけれど、云うまでもなくこれは本物の母さんじゃない。それでも、ぼくはそれが分身であろうと
「おはよう……
《映画?》
「ううん、友達と遊びに行くだけ」
《冷蔵庫に昨日のカレーの残りがあるから、食べときなさい》
「朝からカレー?」
そのとき、トイレの水が流れる音が聞こえた。少ししたあとに寝室の戸が閉まる。どうやら、母さん自身はまだ寝ていたいらしかった。ぼくらの会話で目が覚めたのかもしれない。
《
「昨日、遅かったの?」
《二十三時ぐらいよ》
「そうか。お疲れさま。でもカレーはいいかな、昨日食べたから」
《ああ、そうだったかしら》
ぼくは冷蔵庫の卵を割り、目玉焼きを作る。インスタントの味噌汁。パックに入ったレンジ調理用のごはん。缶詰に入った煮魚を開け、朝食を取る。母さんのパフォーマーと学校のことについて話す。
相変わらず写真部にはだれも入部していないこと。
美術部に入った和長はコンクール用の油絵を進めていること。
多々良田さんが彰人に好意を向けていること。
母さんの〈パフォーマー〉は、母さんの考える言葉どおりの会話をする。
「父さんは?」
《さあ。あの人が何してるかはわからないから》
「一つ屋根の下で暮らしてるのに、薄情だな」
ぼくは苦笑した。「行ってくるよ」
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