〈アンブレイカブル〉 - 5P

 もちろん、この人工的な支配者が暴走すれば間違いなく人々の生活は崩壊する。だからもしそうなったときのため〝物理的〟にそれらを破壊できるよう、一基のマムにつき一基の小型ミサイルが配備されている。このミサイルは大型情報集合体の脳部分に向けてしか発射できないように設定されていて、そのトリガーを引けるのもマムのみ。人間と彼女らで話し合った結果、そういうことになったらしい。

 そんなわけでどこかの都市のマムが間違ったことをした場合、ほかの都市のマムがミサイルを発射して同属を殺す。

 ちなみに愛知県名古屋市のマムは名古屋城の天守閣に配備され、ミサイルはシャチホコが咥えているんだとか。それを提案したのはだれか。もちろん名古屋人じゃない。マムだ。


 多々良田さんがネール・デバイスを起動した。今やマシンの前でディスプレイを見ながらなにかをする、というのは時代遅れもいいとこだ。スクリーンは空間に投影するのが主流。好んでパフォーマーの眼を借りて網膜に映してもいい。点眼タイプのナノマシンは自動販売機で買える。ネール・デバイスはぼくらが爪の先に貼りつけるシール型の端末装置で、これを装着することでスクリーンに触れることができるようになる。


 多々良田さんが投影したのは、幾何学模様で構成された、一枚の画だった。

「なにこれ」

「これが部誌になるのよ。単なる図形の重ね合わせにしか見えないけど、情報集合体にはこれを言語として認識できるようになっているの。パフォーマーの視野から得た情報が整理されて文書ファイルが作成される。タテワキくんもアバター生成が済んだら閲覧できるわよ」

「バーコード化された学校の歴史か」

 ぼくは少し皮肉めいた調子で答えた。

「それで、きみはその改奇倶楽部の部誌を探したいわけだね。知ってると思うけど、ここはぼくが来るまで廃部寸前だったんだ」

「以前から気になっていたのだけれど。タテワキくん、なんで写真部に入ったの?」

「青春を謳歌したいというきわめて普遍的な欲求と、学校に自由に入り浸れる教室があればいいなという個人的な願望によるものだ。そしてぼくの努力によって存続を許された。かつて写真部にあった機材や部誌はすべて段ボールにしまわれて隣の備品室に置かれているので好きに漁りたまえ」

「ありがとう」

「褒めたまえ」

「厭よ」

 瞬きするよりも早い多々良田さんの即答。ぼくは冷や汗を垂らしながら「どうぞどうぞ」と部室の鍵を渡すのであった。

「改奇倶楽部の部誌が出てきたら、あなたにも見せたほうがいいのかしら。けれどそれはそれで心配ね。あなたは改奇倶楽部を復活させそうだから」

「そんな心配はいらないぜ。バベルの会じゃあるまいし」

「米澤を読むの?」

「きみほど読書家ではないよ」


 ぼくも一時期、文学への憧れから文芸部に身を委ねようと考えたことがある。写真部の存在を知る前のことだ。戸を叩こうとした瞬間にその隙間から漏れ出す圧倒的な負のオーラに気圧され、恐る恐る中を覗いたとき、それがまさに多々良田さんが文芸部の先輩たちに小説のダメ出しをしている最中であった。金剛力士の阿形像を彷彿とする姿で原稿用紙を握り、威圧的な批評を繰り出す女子生徒。彼女に叱り飛ばされて涙を流し、沈み切った表情で俯く先輩たちの姿。それはぼくの憧れを打ち砕くに十分だった。

 けれど彼女とは時折、こうして読書仲間として話をする。


「タテワキくん、煤木しげるって知ってる?」

 彼女はある作家の名前を口にした。煤木しげる。ある意味で、日本で一番有名なSF作家かもしれない。国内外でいくつも賞を取っているし、日本では数少ないフィリップ・K・ディック賞の受賞者。そしてぼくは煤木しげるの大ファンだった。

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