〈アンブレイカブル〉 - 4P

 学術誌ボイサーによると、今の世界を作った大きな要因はいくつかあるそうだ。

 まず一九九九年、マサチューセッツ州に隕石が落下したこと。その影響で地球にはジェネオン粒子なるエネルギーが生まれ、それが二〇一一年以降のぼくらの国、ぼくらの世界の抱えていたエネルギー問題を解決するきっかけになった。


 同時に、ノストラダムスを神格化する宗教観がぼくらの集合的無意識のなかに組み込まれたことで生じた、長期的な第二次オカルト・ブーム。その流行により、ネット文化が進んでも人々のなかにナチュラリズムやスピリチュアリズムが色濃く残ってしまったこと。その考えかたが、人工知性の立場を変えてしまったこと。


 彼ら「人工知能」が進化を遂げて「人工知性」となり、擬似生命のひとつとして地球に存在する権利を獲得するのに時間はかからなかった。原子力発電所を管理できなかった人間たちが人工知性を〈情報集合体〉と呼び、精霊のような存在として奉り上げ、自分たちよりも高次元のものであると認めた。そしてそれらを統括する〈大型情報集合体〉を実装したとき、この世界はディストピアになった。


 人々はジェネオン粒子を含むエネルギーや、ネット社会の発展に伴って背負い切れないほどに膨れ上がった情報の数々。そして人間と人工知性たちの平穏。それらを大型情報集合体〈マム〉にならばコントロールできると信じてしまった。


 それがまかり通ってしまった要因もまたいくつかあって、例えば脳とマシンを接続させる技術、ブレイン・マシン・インターフェイス……俗に云う「電脳化」は仮想世界にアクセスした人間の脳に障害を与えたり、人々の意識をネット内に取り残す〈ネットゴースト化現象〉を引き起こしたし、電脳化を施した兵隊が仮想世界で戦争をする様子をネットで生中継する〈見世物戦争〉なんてものが生まれたりして社会問題になった。そういう経緯があって、人々は自分の脳というものに関して過保護になり、ネット文化というものに対して少しだけデリケートになった。


 だから、ネットのなかに分身を作ってそいつに負担を担ってもらうという選択をした。自分の脳みそを仮想世界に繋げるのは恐怖や倫理問題が付きまとうけれど、仮想世界のなかに自分の分身を作ってそいつを改造する分には、特に仔細ないというわけだ。

 その技術を前提にした都市開発が行われ、やがて五十の都道府県を代表する街にマムが作られた。支配者である彼女は、その街の市民と同数の分身であるパフォーマー(正式名称、代替悟性搭載型情報集合体)を格納できるだけの容量を持った母体的知性体で、ぼくらの街のほとんどすべての情報を管理している。


 そう、すべて。

 市民として登録されている人間はまず仮想世界にオリジナルとなるアバター=親アバターを作る。個人差はあるけれど、親アバターは持ち主とコミュニケーションすることで短期間で持ち主の代わりになれるだけの人格〈代替悟性〉を得る。親アバターが完全な分身として成長すると、持ち主の管理から外れ〈大型情報集合体〉の胎内に転送される。代わりに、ぼくらは母体のなかにしまわれたオリジナルのコピー=子アバターとも云える存在であるパフォーマーを、マムから支給される。


 ぼくらはアバターと生年月日、住所、氏名、年齢、電話番号、血液型、ほかにも口座のパスワードだとか、市民番号だとかを共有し、アバターが本人の代わりに仮想世界でそれらの情報を駆使できるようにすることを義務づけられている。そうすると本人の代わりに公共料金を支払ったり、役所に届け出をしなきゃいけないような面倒な手続きを済ませてくれるほか、電子制御が搭載された家電にリンクすることで、そのスイッチを入れたりもしてくれるわけだ。


 ぼくらの存在はふたつ。

 現実世界にいる人間としてのぼくら自身。

 仮想世界にいる情報集合体パフォーマーとしてのぼくら。

 だからアバターとしてのぼくらを胎内に入れている大型情報集合体マムは、やはりぼくらの管理者であり支配者だ。そしてあるいは、お母さん。

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