〈アンブレイカブル〉 - 3P

 ペルソナ殺し。妙に懐かしいフレーズだ。

 二年前、ぼくらがまだ中学二年生だったころに少しだけ話題になったネット・ロア。曰く、あらゆる人工知性を殺すことができる電子殺人特化型の殺人鬼で、〈マム〉の監視をすり抜けてアバター殺しを行う透明な化け物。第二次オカルトブームのなかで生まれた都市伝説のひとつだ。しかし犯行を証明するログが見つからず、したがってその存在もフィクションであるというのが通説だった。それを追うとは、やはり改奇倶楽部は筋金入りの数寄者集団だったのだろう。


「捕まえられたの、それ」

「まさか。けれど本気でそんなものが実在すると思ってたのよね、あの人たちは」

「知り合いみたいな口ぶりじゃないか」

「ええ、そうよ。だって知り合いなんだもの」


 そこで彼女はようやく、この部室を借りたい理由を話し始めた。

 今現在、この伊ヶ出高校に残されている過去すべての部誌を電子書籍化する計画が進行しているらしく、その大役を引き受けたのが彼女率いる文芸部だった。そしてどこからかその噂を聞きつけた今はなき改奇倶楽部の部長――伊吹八雲氏から直々に部誌を探すよう頼まれたのだそうだ。


「紙媒体がデッドメディアになっても部誌だけは残るように、こうして各部室にお邪魔しているのよ」

 ぼくは苦笑した。「お疲れ」


 多々良田さんが入部して以来、文芸部の活動はより精力的に活動するようになったと聞く。彼女の発案で月一冊、電子書籍を発刊し、現役小説家である彼女が短編を載せているだけあってそれなりに売上もある。それが文芸部の部費となり、彼女が購入した物理書籍に関してはすべて図書室に寄贈されている。放課後にぼけっと夕陽を眺めるなんてくそふわふわした写真部の活動と比較しても、たいへん立派であると云えよう。


「それにしてもすべての部誌の電子書籍化とは……」

 ネットが「潜るもの」から「平行するもの」へと移行してずいぶんと時間が経つというのに、未だ書物は完全に電子化を果たしてはいない。黎明期の人々はやがて仮想世界のなかに情報のすべてを捧げることができると考えていたらしかったけれど、現実はそれほどロマンに満ちてはいなかった。


 人間にそんな管理能力はなかったのだ。それにデジタルとアナログは両立してなんぼ、という結論を最初に示したのは人間ではなく機械のほうだった。その時点で彼らは人間よりも一歩進んでいた。

 そう気づいたころには、この日本は、五十の都道府県と同数の〈大型情報集合体〉に支配されていた。

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