第五話 これから...

俺たちは命からがらベヒーモスから逃げきることが出来た。

遺跡を飛び出した俺たちは、遺跡の前に設置してある転移ゲートで休んでいた。

転移ゲートは光を失っていて使用できない状態だった。

俺は落胆の様子を隠せないまま、みんなを一通り見る。

みんな重たい装備を背負って全力で走ったため息が上がっていた。

身体は酷い疲労感を感じ、足は鉛を付けているかのように重い。


『この疲労感も仮想世界では味わうことのなかったものだ』


皮肉なことに、ここが現実世界であるという根拠が増えるばかりだ。

顔を上げ、みんなの様子を見てみる。

夏音はユウナに付いて慰めているようだ。

ユウナは相変わらず、心ここにあらず、といった感じだ。

雄大はまだ本調子ではないのか、目を閉じて身体を休めている。或いは精神的なものなのか...

東は何か聞きたそうにこちらを見つめている。


「...優真、訳を話してくれ」


東が口を開くと一気に緊張した空気が張りつめる。

夏音は顔を上げ、俺の答えを待つ。微かに雄大の肩が反応した。

取り敢えず、俺が知る限りのことを話す。

土を踏む感触や頬を撫でる風、自然の匂い、遺跡の壁の質感、ベヒーモスのうめき声、生温かい血、リアリティーのある痛み、俺が感じたものを包み隠さずに話した。


「...確かに優真が感じたものは、俺も同様に感じていた。...妙に現実味を帯びているとな」


東は俺の話を疑ってはいないようだった。


「...私も同じ。口の中が切れてしまった時に味わった血は、現実そのものだったわ」


夏音も同じように現実味を感じていた。

東は頷きこう言う。


「...考えられるのは二つ。これは一周年記念のイベントであること、仮想世界ではなく現実世界になってしまった...」


「...そんなこと、あり得ないっ!!」


声こそは荒げていなかったが、そこには強い否定の意志が隠されていた。


「...シュンがあんな風になったのだって、カズマが死んだのだって、全部、全部、全部、嘘っ!!」


「...ユウナ」


泣き叫ぶユウナを夏音が抱きしめる。

俺と東の顔を見て頷いた夏音はユウナを連れて少し離れた場所へ行った。

ユウナが負った精神的ダメージは大きい。体力なら回復スペルでどうにか回復させることは出来るのだが...

夏音とユウナが離れたのを確認した東は先ほどの話を続けた。


「...それで、優真はどう思うんだ?」


俺もユウナのように一度は否定した。...そんなことはあり得ない、と。

でも、実際に現実味のある経験をして...それから、妙にオプティマスが嘘をついているようには思えなかった。だから...


「俺は、ここが現実世界なんだと思う」


落ち着いて、冷静に言った。

俺が取り乱して冷静な判断が出来ていないと思われないように。

ここで東たちと分裂してはいけない。そうすれば俺たちは確実に全員死ぬ。

こんな世界をソロで生きていけるわけがない...

東は目をつぶり少しだけ微笑む。


「そうか...俺もそう思っていた」


取り敢えず、東とは同意見のようだ。常に冷静に物事を判断している彼と同じ意見だということは、とても心強い。


「だとしたら、どんな経緯で...か」


俺は自分の仮説を話す。


「...現実世界の身体は無事で、意識だけがここにある。それか、俺たちの存在がこの世界に転生した」


東は、なるほどと頷く。


「つまりは、夢を見ているか、このゲームの登場人物になった。言わばNPCのような存在...」


顎に手を当て何か考えているようだ。


「...夢だとしたら、いつかこの世界から抜け出すことが出来る。...だが、もし仮にこの世界の住人になっているとしたら...俺たちは元の世界には戻れないということか」


そうなる。

夢ならば覚めてしまえば終わりだ。死や悲しみも何もかもが、うたかたの記憶となって忘れ去られる。

この世界の住人だとしたら...死や悲しみは消すことが出来ない。

だとしてもだ、俺たちの現実にある身体はどうなるのだろうか...?

あれこれ考えれば考えるほど、答えが見つからない。まるで果てしない螺旋階段を上っているようだ。

東も同じ考えに至ったのか、


「考えても今は無駄だな...取り敢えず休める場所へ向かおう。一応、ここもフィールドだ。いつ、敵に襲われるか分からない。近くの村や集落、街に避難した方が良いだろう。そこで落ち着けば、何か答えが見つかるかもしれない」


東の提案に乗ることにした。

俺は早速、近くに村などがないかマップを出して調べることにした。

左手に付けられた腕輪にそっと触れる。すると、メニュー画面が表示された。

ここら辺はゲームの仕様そのものだ。ゲームの仕様...?

そうだ...っ!


-ゲームマスターコール


咄嗟にメニュー画面にある設定ボタンを確認しようとするが...ない。

歯車の形をした設定ボタンが消えていた。

俺は慌てて東にも確認を取る。


「...ない」


東のメニュー画面も設定ボタンだけが消えていた。

設定ボタンがないということは、GMコールだけではなく、色彩設定、感度設定、光彩設定、視距設定、音量設定、名前設定、アイコン設定などが出来なくなってしまう。

...これって、つまり...


「自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の身体で感じるということか...」


東が言う。

ますます現実味が帯びてくる。

取り敢えず、気を取り直してマップを開く。

ベヒーモス戦専用の遺跡はHOKKAIDOの中心に位置していた。

ここから一番近いのだと...フラヌイか。

大きい村のようではないが必要最低限のことは出来るだろう。東に近くの村を伝える。

東は頷き、夏音とユウナのもとへ向かった。

メニュー画面を閉じる前に、もう一度マップを見る。するとヌッカクシ川というのが流れていることに気が付いた。ついでに時刻も確認しておく。17時か...

リアル・ワールド内では現実世界と同じ時刻に合わせられている。そのため、昼夜はもちろん、季節も存在している。ちょうど今は夏の季節のため、17時でも十分に明るい。おそらく19時以降からは辺りも暗くなり始めると思う。


「...ううっ」


雄大がうめき声をあげる。

どうやら目を覚ましたようだ。


「大丈夫か?」


「...ああ」


少し苦しそうだ。

回復スペルの効果は間違いなく効いているようだ。俺も雄大も外傷が完治していた。

だが、疲労感までは回復できないようだ。そこが今後の課題だろう。

東、それに夏音とユウナが戻ってきた。

相変わらずユウナの状態は良くないが、先ほどよりは少しばかり落ち着いたようだ。

精神回復スペルなどといったものが、あれば楽なのだが...生憎、そんなものはリアル・ワールドには実装されていない。この状況を見込んで実装をしなかったというのであるなら、製作者は相当なゲス野郎だ。

みんなが集まったのを確認すると、これからのことを伝える。


「...今から近くのフラヌイの村を目指して、川沿いに進む」


川沿いに進めば色々と都合が良い。

幸い、親がアウトドア好きでこのような知識は何となくある。


「ねぇ、転移ゲートを...」


夏音がそう言うと俺は転移ゲートの方に視線を送る。


「...ダメか、ごめんね」


気が付かなかったのも無理ない。彼女はずっとユウナに付き添っていたのだから。

むしろ謝るべきなのは俺の方だ。彼女に大変な役目を押し付けてしまっているのだから。


「...そう言うことなら、行こうか」


ベヒーモス戦の前とは打って変わって元気のない掛け声をかける。

俺が先頭になり、雄大、夏音、ユウナ、殿は東が務める。

恐らく、明るいうちには着くことが出来ない。

だから、どこかで休息をとった方が良いな...きっと、明日の夕方には着くことが出来るだろう。

俺たちは無言のまま川沿いに沿って歩く。時々、メニュー画面を開いては自分たちの位置を確認し、時刻を確かめた。辺りが暗くなりはじめた。時刻を確認すると既に歩き始めて2時間が経っていた。

後ろを振り返ると口にこそ出してはいないが、疲労の様子が見て取れた。


「...夏音、どうする?」


判断を夏音に託した。

リーダーは夏音だ。俺ではない。だから、パーティーの行動の決定権は彼女にある。


「...そうね、ここらへんで休憩しよっか」


そう言うと俺と東が中心になって野営の準備を始めた。

無事な事にアイテムポーチの機能は健全だったため、食料や衣服、住居には困らなかった。

パーティー共通ボックスから、必要な物を取り出す。

10分ほどで本格的な野営地が完成した。アイテムポーチの機能がなかったら、今頃、俺たちはどうなっていたことか...

身体疲労にもってこいのオークの肉を食べ、各自は休息を取り始めた。

比較的、余裕がある俺と東、夏音が交代で見張りをすることになった。

俺が見張りをしているとき、夏音がやってきた。


「休めるうちに休んでおけよ」


「...ありがとう。でも、厳しいかな」


それもそうか。こんな状況下で気軽に休むことは出来ないだろう...

夏音だけではない、きっと、みんな同じだ。


「...私たちだけなのかな?...こんな不幸な人たちって」


珍しく夏音が弱気になっていた。

見慣れない姿に、発言に、俺は動揺を隠せない。


「...あはは、らしくないって?...ごめん」


どうやら勘付かれたようだ。


「...仮想世界と現実世界の違いって何だと思う?」


「...えっ?」


唐突に脈絡もないことを聞かれて、夏音は驚いている。

それから少し考えこみ、夏音らしい答えを出してくれた。


「...ないと思うよ。...ようは自分次第じゃないかな?」


「...自分が現実世界だと思うか、仮想世界だと思うかってこと?」


「うん。そうだと思う。私にとっては元いた世界が現実世界で、ここは仮想世界だと思ってる」


「...たとえ、ここで命を落としたら現実世界の自分も消えてしまうとしても?」


「...うん」


自分が現実世界だと思う方が現実世界か。

なら、俺にとって現実世界はどちらなのだろうか。もしかしたら、ここが現実世界で、向こうの世界が、俺の描いた仮想世界なのかもしれない。ますます訳が分からなくなってしまった。

考えれば考えるほど無駄だということなのだろうか...?

オプティマスに会えるのなら会って話したい。きっと、あの少女なら何か答えを、いや、ヒントだけでもくれるかもしれない。


-オプティマスに会いたい、話したい


いつの間にか俺はそう思っていた。

すると、急に近くの草むらがガサガサと音を立てた。

咄嗟に鞘に収まった剣を引き抜く。同様に夏音も杖を構える。お互いに顔を見て、頷く。俺が前衛で、夏音が後衛。

来るよから影が飛び出すと同時に夏音が叫ぶ。


「来るよっ!」


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