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2019/09/08 23:54
馬が体勢を崩し、エスメラルダの体も地に引きずり込まれる。
『体を馬の背中が倒れる方と逆へ落とせ、右だ
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「あなたが何をやってるか知ってる」
「あの予言者か。正直者を腐らせる
「
「神様・・・・・・! 神様、助けてくださ」
石版を握っていた手の甲に裂けるような痛みが走った。
知らぬ間にカーリンが痛みにくず折れる彼女の側に立っていた。振り抜いた足が丁度、地に戻る所だった。鮮血に染まる左肩を押さえながら、陰険な表情に皺が刻まれ、より悪魔に近づいている。
「聞いてるのか、エスメラルダ。神と話をつけられるのは俺だけだ。異端者め!! お前のような者は正直者を惑わせる」
エスメラルダは弾き飛ばされた石版の表面に映されたカーリンの悪行を見ていた。エスメラルダの面倒をよく見てくれた気のいい女性。歳は三つ上。ベッドの上で争っている二人の姿が克明に映し出されている。その後は・・・・・・。
カーリンが石版を拾い上げるとその輝きが失われた。
「・・・・・・チッ。これは魔女のサバトの風景だよ、エスメラルダ。私も騙されたんだ。だから、分かるんだ君と私は同じ」
「私もわかる。あんたが最低で私とは違うって事が」
カーリンの肩から滴り落ちる血の滴がエスメラルダの頬に落ち、顎にかけて赤い線を描いた。カーリンには血の涙を流しているように映った。
手を蹴飛ばされ苦痛に呻いて体を丸めている彼女の前に屈み込み、頬を掴んで自分の顔に引き寄せた。エスメラルダはカーリンと対面させられた。聖職者の表情は消えていた。
「痛いのは俺だ。撃たれたんだぞ、お前に。誰が重傷だ? 俺だ。よくも俺より先に暢気に苦しんでいられるな。同じ目にあわせてやる・・・・・・。
みっともなく苦しんでる事もできなくしてやるからな」
カーリンはエスメラルダを打ち捨てて、ベレッタが転がっている方へと足を進めた。エスメラルダは必死にカーリンの右足に組み付いた。
カーリンは構わず彼女を引きずり、振り回した。エスメラルダが膝に噛みついた。体を引きずる足が上下に激しく動き回った。右手の甲が痛む、構ってはいられない。拳銃を拾われたら全てが終わってしまうのだから。
『可能性を見送った』
エスメラルダの頭の中でまた、声がした。胸に響く一言だった。
『お前は助かる可能性に手を伸ばさなかった。見えていたのに』
耳元でキザな大人びた女性の声が冷たく言い放つ。さっきよりもより、近くで。悔しさで涙があふれ出るのを瞼を力一杯閉じてこらえた。
諦念が心の声になり頭に、耳に過ぎる。諦めるのが嫌いな彼女にとって最も辛い最期だった。
目を開くと、そこにかがみ込んでいたカーリンの顔があり、ひっぱたかれ、地面に完全に寝そべる形になった。
「お前には喜びを教えてやる。人間としての喜びを。奉仕すること、されること。この世は助け合いだ、人のために生きることを。強制はしないが・・・・・・」
正論が卑猥な意味合いを帯びてエスメラルダの神経をじっとりと舐めあげる。
『男の声に戸惑ってる場合じゃない。後がないぞ』
エスメラルダは立ち上がり、カーリンの負傷した肩に思いっきり拳を叩きつけた。何度も、何度も。切り傷だらけの体の痛みはとても小さく感じられた。
「あああぐぐぐぐッッッ!!!!!!!」
カーリンがエスメラルダが拳を打ち付けているのとは別の手を思い切り握りしめた。今度はエスメラルダが苦痛に声を張り上げる番になった。
遅れてきた体の痛みも合流し、我慢の限界を越えた。
「ああああああああううぅ!!!!」
痛みに悶える時間がたっぷりとエスメラルダに与えられた。
全てが止まった時間の中で彼女の痛みだけが体中を駆けめぐっていた。
五歩ほど離れた距離で、ベレッタを掴み上げるカーリンの姿が映った。彼が非常にゆっくりと銃口をエスメラルダに向けていく。
命の最期を悟った者に、神が祈る時間をたっぷり与えてくれたらしい。
流れる時間が余りに遅く、永かった。それは残酷な時間だった。
「ネイサン、駄目だった。ごめんね」
ダァン!! 闇夜にヒビが入り、空が砕けてしまうような音だった。
死んだ。痛みがない、きっと後からやってくる。
死ぬんだ、嫌だ、嫌だ、嫌だよ・・・・・・。
地に硬いものが当たって小さく跳ねる音がした。
激しい痛みを堪えるうめき声も。
エスメラルダの元へ複数の足音がやってくる。
(どういうこと・・・・・・?)
「おい! 大丈夫か!! 返事をしろ!!!」
「こちらサンエスペランサ 方面通り、国道 号線の外れに到着した。少女を保護。至急、医療車を読んで! この子怪我だらけよ。それに、体が冷たい!!!」
「銃を持った男に発砲した。警告? してたらこの子は死んでたぞ!! 男は手ぶらで逃走した。ベルとワズロが追跡中だ」
エスメラルダの耳に、複数の男女が頭上で口早に何かを喋っていて、それが自分を助けてくれるために必死なってくれているからだと分かった。
安心すると、体から力が抜けて意識が遠のいていく。
「神様が願いを聞き届けてくれたんだ」
神の使者はそれを聞いて笑って答えた。
「スマートフォンはちゃんと神様に繋がってた。で、言われて飛んできたの。だから、もう大丈夫」
エスメラルダは眠りについた。赤い髪の女性の微笑みよりも、上着に書いてある『FBI』の文字の意味を考えながら。
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