第47話車いすロボ

 初めての告白に失敗したオレは、あきらめなかった。

 世間話だけはたくさんしたから、真希奈さんのおとうさまが退院するころに合わせて、ロボット部に、パレードに使われた例の介護ロボを借りられないか打診した。

「うんいいよ。けど使用は広いところで頼む」

「恩に着るよ」

「んにゃ、そう言えば電動車いすを提供してくれた人が、苦情言ってきたから、改造しといたよ」

「ん?」

 苦情?

「右足じゃない方がいいんだろう? 急きょ、胸部にあたる部位にしたから」

「あ、ありがとう」

「しかし、何に使うんだ? 興味あるな。言ってくれたら、いくらかアドバイスできると思うんだけど」

「頼もしいよ!」

 オレは感極まってしまった。

 ああ、世界は広がっていく。

 人と人の間で、さまざまに状況が変化していく。

 それを受け入れることで、オレの世界が変わっていく。

 寂しかった幼少期も、マキちゃんが変えてくれた。

 こんどは、オレの番だね……待っていてくれ、マキちゃん。


 真希奈さん父が、学園大学病院から退院した日、オレはドキドキしながら、高速を走っていたのだ、電動車いすを改造した、介護ロボで。

 病院前にたどり着いたら、ちょうど真希奈さんと奥さんに支えられて、真希奈さんのおとうさまは介護タクシーに乗り込む直前だった。

「待って! 真希奈さん」

「ケイゴ君、それは……」

 真希奈さんは怪訝そうにした。

 そりゃそうだろう。

 オレもひとまず、介護ロボから飛び降りて、一礼した。

「真希奈さんのおとうさま、よろしければオレがご自宅までお送りいたします」

「君は……?」

「真希奈さんの後輩です。邪魔でなければ、新しい風景をお見せいたしますよ」

「それは、面白いのかね」

「ぜひ、乗ってみてください」

 介護ロボは両足を折って、胸部にコックピットのように鎮座している車いすを路面に着いた。

「おとうさん、大丈夫なの?」

 真希奈さんがもの思わし気に言う。

「もしも事故になったら……」

 奥さんも心配そうだ。

 介護ロボは両腕も路面に着いて、二人を促す。

「さあ、お二人も」

「ええ?」

「こ、こんな得体の知れない物に……人が乗るの?」

「おとうさまと、同じ高さで見ていただきたいと思いまして」

 オレはなかば強引に二人を両腕部の車いすに乗せ、安全ベルトとゴーグルを装着した。

「さあ! 行きますよ。いいですか? 最初はゆっくりです」

 オレは、頭部にあたる司令塔から機体を走らせる。

 だいぶ風を受けるので、ロボット部にもらった、スカーフを全員巻いた。

 丘にさしかかると、隣町が一望できた。

 そこの公園で、オレたちは一息ついた。

「世界を手に入れた気がする……」

 そのつぶやきに、真希奈さんがびっくりする。

「おとうさん?」

「まるで、神にでもなったようだ」

 それは有意義に過ごしてもらえたのかな。

「神様だって、この光景を見たことはないでしょう」

 やがて、西日が家々の屋根を朱く染める頃、オレはこっそり真希奈さんに尋ねた。

「ところで近江家ってどこらへんにあるの?」

「知らずに走ってきたのね! 呆れた」

 呆れられてしまった。

 けれど、この介護ロボはGPS機能搭載のナビゲーターがついているので、住所検索できれば、そこまでの道のりを教えてくれる。

 道の混雑も、そこを避ける最短距離もわかる。

 ロボット部が実用化するつもりなのがわかって、オレもちょっと笑っちゃったけどな。

 でも、悪くない。

 ロボットは無機物だけれど、こうしていると、ああ、オレたちは未来と共に生きているって気がする。

 昔の子供が描いた未来図と、大人が引いた図面は多少違うこともあるけれど、おおむねたどり着くところは一緒だ。

 それは、様々な時代があって、多くの人々の今があって、生まれた夢だから。

 そして、この世は、子供の頃の夢を捨てずに生きてきた人が作った舞台だから。

 だから、オレはオレの人生を演じ続ける。

 自分だけの人生を、主人公として生きる。

 そして、オレは子供であったころのことを、忘れない。

 どうして?

 そうやって生きてる方が、希望があるから。

 真希奈さんとの、出会いを忘れたくないから。

 ……本当は理由なんていらない。

 オレ自身が、自分の人生を肯定したいと思ったから、それだけでいいんだ。

 自分が生きていていいのだと思えたから。

 だから、苦しかったことを思い出に変えて、これから一つひとつ、こんなことがあったらいいなと思うことを大切にして……できるなら、そのとき隣に真希奈さんがいてほしい。

 こころもとないこともあるけれど、オレは男だから。

 なにかと戦うことが、宿命だからさ。

「真希奈さん、いや、マキちゃん。オレの子供が生まれたら、また絵本や紙芝居を読んでくれる?」

「ケイゴ君……」

「そしてオレの好きな食べ物を憶えててほしい」

 西日が沈みかけている。

 今のオレにはこれが精いっぱいだ。

「キレイだね……」

 ふいに真希奈さんはぽつりと言った。

 キレイ?

 確かに、燃える夕日は黄金の炎のようで、空の雲もオレンジ、紫、碧と美しい。

 どうやら、オレの一世一代のセリフは、無理めだったみたいだ。

 じっと見返すと、真希奈さんはしみいるような微笑で。

「その目、変わってないね。ケイゴ君……」

「え?」

「きらきらしてる」

 オレは顔がどんどんのぼせていくのを感じた。

 憶えてる。

「あんな昔のこと……」

「ううん。今だってキレイよ」

 そ、そうかなあ。

「マキちゃんの方が、魅力的だよ」

「知ってる」

 彼女は、だから髪は染めても、カラーコンタクトはしなかったらしい。

「……むかーし、かわいい後輩に教えてもらったからね」

 きれいにウインクして、白い頬を赤く染めて、彼女は言った。

「思えばずいぶん、粋な子だったわ。コンプレックスが一気に自信に変わったもの」

 オレはついつい訊いてしまった。

「その子、かわいかったんだ?」

「うん! 今もね」

「そのう、もしかしたら、かっこいい、とかではなかった?」

「ああ! うん――全くそういうことはなかった」

 がく。

「年下だったし。泣き虫だったし」

「今は違うでしょ!?」

「暴力はキライだったし。おねーさんは本当にびっくりした。騙された」

「あ……へへ」

 照れ笑いしてる場合じゃないんだけど、オレ、ムードに流されやすいな。

「でも。ケイゴ君の言う通り。私の周りには、危ないところに駆けつけてくれるヒーローがいた。いつも気にかけてくれる人たちがいた。もう忘れない」

「真希奈さん……」

「ねえ、私、もっとやさしい人間になりたいの。人からの優しさに気づける、そういう人に。だから……だから、待ってね。それまで、見守っていて欲しいんだ。だめ?」

 オレはにやけてしまった。

 こういう理想主義みたいなことを、素で言っちゃう、この青春の甘酸っぱさ。

 いいよ、とも、いけない、とも、オレは言わない。

「いや、それはオレのそばで、オレだけに優しくしてくれればいいんじゃない?」

「今まで私は私にしかやさしくなかった。それで思いっきり痛い目みたんだもの。もっと広く世界を見たいの」

 そっか、でも。

「オレが、一番近くでそれを見守る権利と資格は得られるんだろうか?」

「だから、お願いしてるんじゃない」

「いや、マキちゃんが思うより、ずっと近くで……見ている」

 言うと、マキちゃんは、夕日が沈んだというのに赤い耳たぶをして、絞り出すような声で、

「え、と。そっそんなの、よくないこともなくってよ!」

 破顔。

 そのとき、車いすロボのことを思いだした。

「おうい! いつまで二人の世界にはいっとるんだ? 自宅に送ってくれるんではなかったのかい?」

 わすれてたよ!

「ま、おとうさんたら、すっかり言葉が回復して。刺激になったのかしら」

 近寄っていくと、真希奈さん父は、ぎょろりと眼光鋭く言ってきた。

「君は、娘ん将来をどう考えているんだ?」

「今、プロポーズして、保留にされたところです」

 まあ! と真希奈さん母は途方に暮れた様子。

「結婚は許さんぞー!」

「何を言っているの、そんなことを言っていたら、孫の顔が見られませんよ!」

「うむ!? そ、そうか……し、しかし」

「しかしじゃありません!」

 これ以上暗くなると冷えて体に悪いだろうから、結婚のお許しは近いうちに外堀から埋めていこうと考えながら、オレは車いすロボに搭乗した。

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